第69話 討ち死に
天文二十一年(一五五二年) 五月 因幡国岩井郡東浜 塩冶 彦五郎
その知らせは突然であった。下瀬加賀守頼定が兵や民を引き連れて我が元へとやって来たのだ。何かあったのだろう。皆を城で休ませ、俺は下瀬加賀守から事情を聞く。
「加賀守、何があった?」
「はっ、吉見式部少輔様がお討ち死にされ申した。無念にござる……」
「なんとっ!?」
どうやら吉見大蔵大輔を芦屋に送り届けている最中に陶尾張守が下瀬城を急襲。父である下瀬頼郷は奮戦虚しく、討ち死に。下瀬城を奪われてしまったとのこと。
下瀬城は堅固な山城。そして吉見氏の本拠である三本松城の備えとなっている。それが落ちてしまったとあらば三本松城で大軍を防ぐのは難しいのだろう。
息子は公方様の元で励んでいる。失うものはないと覚悟を決めた吉見式部少輔は民と若い兵を下瀬加賀守に託し突撃を敢行したのだとか。
「奥方様は如何なされた?」
「殿とともに……」
「そうか。誠に残念でならぬ」
そこで言葉を切り、目を伏せる。奥方も逃げるのを良しとせず果てたと言うのか。生きていればやり直せるとも思うが、添い遂げる者がいなければその力も起きんか。
陶尾張守としても吉見氏を放っておくわけにはいかなかったのだろう。なにせ妻は大内氏の出。その気になれば担ぎ出されてしまうのだ。尼子や毛利に。
人質を取れなかったことも大きいだろう。吉見氏の嫡男は遠い京にいる。それも公方様のお側にいるのだ。手を出すことはできない。
となれば吉見氏を滅ぼすしかなかったのだろう。それで下瀬加賀守がみんなを引き連れて俺のところまで落ち延びて来た、と。やはり陶尾張守への告げ口が効いたのだろうか。少し心が痛む。これは受け入れざるを得ないだろう。
しかし、あれから半年で滅んだか。意外と早かったというのが俺の率直な感想だ。まあ、そもそもの国力が違い過ぎたか。それとも陶尾張守が優秀だったか。どちらかはわからんが流石は西国無双の侍大将の異名をとるだけはある。
「まずはゆるりと休まれよ。これからのことはまだ考えられんだろう」
「忝く存じます。若君の時から世話になりっぱなしで心苦しい限りにございまする」
これを恩に感じるなら是非とも仕官していただきたい。ただ、それを今すぐに告げてしまうと人の心がわからない奴だと思われてしまう。まずはゆっくりと心の傷を癒す時間が必要だ。
彼らが連れて来た領民に土地を与えないといかんな。余っている土地はあっただろうか。ううむ、これは早急に領地を拡大させなければならなくなったぞ。安易に受け入れ過ぎたか。しかし、断ることはできない。
いや、これを機会に椎茸栽培をさせるのはありだな。良い資金源になるはずだ。それから酒造りも手伝わせよう。残念ながら水田に向いている土地は余っていないのだ。
ただ、良いこともあった。連れて来た領民の中に刀工がいたのだ。確かニ王派の刀工だと言っていたな。寡聞にして存じ上げなかったが。
彼らには弟子を奨励しよう。弟子を育てた数に応じて補助金を出すことにする。そして戦の褒美として下賜できる太刀をつくってもらうのだ。
これから因幡を攻めようと思っているのに、とんだ厄介ごとが舞い込んで来たな。流石に下瀬加賀守を因幡攻めに起用するのは難しいだろう。
困った。政とか謀の相談に乗ってくれる家臣が欲しい。なんというか、当家には筋肉で解決する武将が多いんだよな。別にそれが悪いわけではないのだが。
そんな人材、どこかに居ないものだろうか。
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