第61話 右近将監
数日後、宣言通りに甚四郎が賊の頭目を引っ捕らえて芦屋城に戻ってきた。兵にも損害らしい損害は出ていない。父親に似ず、思慮深い青年だ。どうやって捕らえたのだろう。
「甚四郎殿、ありがとうございます。何か褒美を——」
「結構にござる。殿がこれで某に少しでも信を置いてくだされば幸いにございますれば」
どうやら、俺の心の内を読まれていたらしい。まだまだ俺も甘い。とはいえ、これも信を置いてもらうための策かと疑ってしまう。が、ここまでしてくれたのだ。俺も腹を括らねば。
「相分かった。確かに其の方を信じておらなんだ。すまぬ。これからは其方をもそっと信じてみよう。この通りだ」
頭を下げる。これで裏切られたら俺に徳が無かっただけのこと。そう割り切ろう。甚四郎は優秀なのだ。それを腐らせておくのは勿体無い。
「頭をお上げください。某を信じれぬのも至極尤も。其のお言葉をいただけて嬉しゅうございまする」
よし、決めた。年明けの京への供は甚四郎に頼むとしよう。もともと尼子の使いで向かうのだ。甚四郎が居た方が話が捗るというもの。うん、そうしよう。
さて、残る問題はこの男だ。縛られて引っ立てられている男。両脇には久作と平太が目を光らせて待機していた。縛られていては何も出来ないと思うが、念には念を入れて問題ないだろう。
ギラついた目の二十代の男。手足が長くすらりとしている。この時代の人間からしたら身体は大きな方だろう。頰もこけており目の下の隈が気になる。
「さて、其の方の名は?」
「……」
「だんまりか。別に取って食おうというわけではないぞ。むしろ協力いただきたいと思っているところだ。如何か? 腹を割って話そうではないか。もう一度尋ねる。其の方の名は?」
「奈良右近将監宗孟だ」
「奈良右近将監か。なぜ賊などと」
「この戦で領地が燃やされたからな。賊になるしか手が無かっただけよ」
吐き捨てるように呟く右近将監。尼子式部少輔が因幡国に攻め込んだ先のアレか。それで領地を追われたと。遠回しに俺のせいだと言ってるのだろう。さて、どう切り返すか。
まあ、遠因はあるわな。俺が山名に反旗を翻さなければ丸く収まったものを、と考えてるかもしれん。それは事実だ。素直に謝ってみるか。
「そうか。それは済まないことをした。俺にも責の一端はあるだろう。許してくれ」
頭を下げる。俺のせいではないが、彼と向き合うために頭を下げるのだ。するとようやく奈良右近将監がこちらを見てくれたような気がした。
「別に謝ってもらいたい訳ではないわ。さっさと首を切れ」
「まあ待て、そう急くでない。なんだ、死にたいのか?」
「……」
まただんまりだ。黙られると話が進められないので困る。仕方がない、飴をどんどん与えていくとするか。こちらに靡いてもらわなければ困るのだ。
「どうだ? その命、俺に預けてみんか? 悪いようにはせんぞ」
「……どうするつもりだ?」
「なに。東因幡を荒らして欲しいだけよ。順を追って話そう。嵌める訳ではないと理解して欲しいからな」
俺はその場にどっかと座り、腰を据えて話を始める。そして先ほどの考えを右近将監に懇懇と伝えた。だんだんと彼の顔つきが変わって来るのがわかる。そこで平太に右近将監の縄を解かせる。そして女中に指示を出し、灰持酒を持って来させ右近将監の前に置く。
「好きにやれ」
「……忝い」
盃に移さず、そのまま口をつけて飲む。少しでも俺のことを信頼してくれているだろうか。毒は疑っていないようだが。もう少し様子を見てみよう。それともつまみでも持って来させるか。
「わかった。お前に手を貸してやろう。荒らしたものは如何する?」
「そのまま懐に入れて構わんぞ。その代わり捕まるのは許さん」
「わかってる。そんなヘマをするか」
よし。話は纏まったな。奈良右近将監はこのまま俺の便利な将として何でもさせていこう。汚い仕事ができる将は重宝するのだ。どいつもこいつも誇りだけは一人前なのだから。
地図で荒らす場所を指定する。岩井郡、邑美郡、法美郡、八東郡、八上郡の五郡だ。その中でも法美郡、八東郡、八上郡の三郡は重点的に荒らしてもらおう。
「必要な物があれば遠慮なく言え。用意できるものがあればこちらで用意しよう」
「承知」
あとは海衆である奈佐日本之介と連携させよう。荷は海運で運ばせるのが一番だ。さて、これが功を奏すか。こうなったら、いよいよ本当に山賊だな。そう自嘲めいた溜息しか出ないのであった。
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