第60話 治安
天文二十年(一五五一年) 十月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎
まだ周防、長門は荒れているようだ。その余波か知らんが二方郡にも面倒ごとがやってきた。そう、賊が湧いているのだ。
二方郡と七美郡は国境でもある。そして主に湧いているのは二方郡の方だ。因幡が戦火に見舞われ、荒れているのだろう。尼子式部少輔め、派手に動いてくれたな。このままでは東浜が荒らされてしまう。対策を取らねば。
直ぐに尼子甚四郎吉久を呼び出す。父の責任を子に取らせようという腹積もりだ。ただ、戦はまだ心許ないか。補佐に治郎左衛門を付けよう。彼ならば上手く手綱を握ってくれるはずだ。
「甚四郎殿。賊が岩井の辺りを荒らして回っているらしい。これの討伐を頼めるか?」
「はっ、お任せくだされ。必ずや退治して見せましょう」
「それは心強い。兵数は如何ほど必要かな?」
「まずは、物見を出したく存じまする。兵数はそれからに」
正しい選択だ。実を言うと少し彼を試していたのだ。どのようにして兵数を決めるか興味があった。きちんと理に基づいてきめるつもりだ。
「実はな、既に物見は出してある」
「ご自慢の蒲殿衆でございますな」
「そうだ。敵の数はおよそ五十。所詮は食い詰め者よ。捕らえられるなら捕らえて欲しい。能うか?」
「兵を百ほど与えていただけばやって御覧にいれましょう」
俺はすぐに久作と平太の部隊を甚四郎に貸し与えた。槍が五十に弓が五十の合計で百だ。まあ、兵数でも勝ってるし治郎左衛門もいるから大丈夫だろう。
察してくれたのか、治郎左衛門が離席する直前に「お任せくだされ」と一言呟いてくれた。うん、これならば大丈夫だ。治郎左衛門が上手くやってくれるだろう。
さて、俺は引き続き情報蒐集だ。特に因幡国の情報を集めている。何故そんなことをするのか。もちろん東因幡を荒らし回るためである。
と言っても自分の手で荒らすわけではない。荒らさせるのよ。誰に荒らさせるのか。それを行う人物を今、甚四郎に捕らえさせに行ったのだ。
俺が東因幡を治めるために、人心が山名中務少輔から離れなければならない。それを促すための策の一つだな。中務少輔では駄目だと民衆に思わせなければならない。
なぜ執拗に鳥取に執着するのか。それはその立地にある。海に面した広大な平野。これを欲しがらない者が居るなら阿呆か何かだろう。現代の頃では見向きもしなかった鳥取がこんなに恋しいとは。
問題なのは武田三河守高信よ。彼奴が鳥取城を押さえ、山名中務少輔に味方して居る以上、俺に勝ち目はない。岩井郡と邑美郡を我らの領地とし、法美郡と八東郡、さらに八上郡も武田三河守に割譲しよう。
気多郡と高草郡、智頭郡は尼子民部少輔のままだ。つまり、俺が三万石を取って武田三河守に五万石と少しを渡す。民部少輔は六万と少しの石高は変わらず。これであれば納得いただけるかもしれない。
民部少輔は問題なく了承してくれるだろう。領地は今のままだ。それでいて静観してもらえればそれで良い。問題は武田三河守だな。果たしてこちらに靡いてくれるか。
まずは武田の配下に接触してみるとするか。中島与七郎正義か福田新三郎光信、もしくは矢田七郎左衛門幸佐あたりが有力な候補だ。これは京から戻ってきたら深く考えることにする。どの道、和議で停戦中だ。動けんからな。さて、甚四郎が戻ってくるまで待つとするか。
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