第59話 大寧寺
天文二十年(一五五一年) 九月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎
俺は今、芦屋城でゆっくりと横たわっている。久し振りの落ち着いた一日だ。ここ最近、戦だなんだと忙しかった。民部少輔も急ぎではないと言っていたので年明け、年始の挨拶と共に伺わせてもらうことにしよう。
戦が終わってからというもの、バタバタとしていた。まずは論功行賞を行わなければならない。今回の一番手柄は伊助だ。伊助には苗字を与えて正式に士分とすることにした。といっても下士ではあるが。
佐々木近江守が用いていた太刀と鎧兜を褒美としてそのまま伊助に渡す。これから彼は奴隷の身分ではなく俺の家臣となるのだ。泣いて喜んでいたな。
それから部隊に名前を授けることにした。ずっと奴隷部隊だのイェニチェリもどきだの呼んでおくわけにはいかない。授けるなら赤備えみたいな格好良い名前が良いよな。いや、もしくは母衣衆のように呼ぶべきか。
そこで俺は彼らに『山衆』という名を与えた。対になるのが奈佐日本之介が率いる『海衆』である。単純だがわかりやすくて良いだろう。彼らは山野を走って強くなってきたのだ。
そして、伊助という成功者を生むことで彼らでも立身出世が出来るのだという例を作り上げたのだ。名字は近くの地名からとって諸寄、仮名を伊助とし、諱を高之と名乗ることにさせた。
それらが終わって、さらにようやく稲刈りが終わって落ち着けているのだ。少しくらいゆっくりしてもバチは当たらないだろう。
今季の収穫は思いの外であった。やはり農業改革を行ったのが功を奏したのだろう。それにソバの実を栽培させたのは正解であった。山でも育てることができるので二方郡と七美郡にも適している。青田刈りされなくてよかった。
冬の間は山を開墾させよう。平らな土地を少しでも見つけてそこでソバを作るのだ。それを日持ちする乾麺の蕎麦に加工するも良し。焙煎してそば茶にするのもありだな。これもすぐに四郎兵衛に売らせよう。
「殿!」
「なんだ?」
まったりしているところ、弥右衛門が慌てた様子で俺の部屋に飛び込んできた。また厄介ごとが起きたか。座り直し居住まいを正す。
女中の菊にそば茶を二人分頼む。話はそれからと思ったのだが、弥右衛門は居ても立っても居られなかったのか、要件をすぐに切り出した。
「陶尾張守、逆心にございまする!」
「なに!? 大内兵部卿を討ち取ったと申すか!?」
「左様にございまする」
西の雄である大内が崩れた。しかし、これは好機だ。但馬国まで影響は出ないはず。兵は神速を貴ぶと言う。すぐに動かなければ毛利右馬頭に全てを持っていかれてしまう。
「確か大内の調略を頼んでいたな。進捗は?」
「はっ。陶尾張守、吉見式部少輔、弘中三河守、仁保右衛門大夫がこちらに好意を示しておりまする」
吉見式部少輔は同じ吉見の出自。おそらくあちらが石見吉見氏の本筋だろう。一門の家格で迎えればこちらに靡いてくれるか。
しかし、妻は大内兵部卿の姉だ。復讐に燃えているだろう。難しいか。いや、まずは勝てまい。陶尾張守といえば『西国無双の侍大将』だぞ。妻が兵部卿の姉ということは大内の一門だ。命が危ないと伝え、こちらに逃げてきてもらおう。それが無理であれば諦める。
弘中三河守は智勇兼備の武将として名声高い男だ。是非とも召し抱えたい。どうやら陶尾張守に同調して共に挙兵したらしい。このままでは惜しい人材を亡くすことになる。なにせ西の桶狭間で毛利に負けるのだから。
仁保右衛門大夫も陶尾張守と共に立った人物である。まだ三十にも届かない青年であろう。まだ伸びしろがある。こちらに好意を示しているのであれば、放置はしたくない。
「今は陶尾張守が優勢のご様子。如何なされますか?」
「……そうだな。急ぎ進物を贈ろう」
ここは陶尾張守と結ぶべきだ。彼には毛利の抑えとして長く毛利と争ってもらわなければならない。であればだ。民部少輔と尾張守を結ばせて毛利右馬頭に当たらせるのも有りか。
俺は所詮は二万石を超える身代である。しかし、人材は多いに越したことはないのだ。これから西の鳥取を奪う予定なのだから。これが成れば岩井郡、法美郡、八東郡、邑美郡を抑えて六万石ほど加増となる。
まあ、あくまでも夢物語だがな。そのためには南の浦上、赤松と結ばねばならんだろう。いや、唆すだけで問題ないか? 今、八木郡はガタガタになっているはず。その情報を漏らして浦上の兵を誘い込ませる。
そうすれば山名右衛門督はその対応に当たらねばならぬだろう。その隙に俺が西進するのだ。しかし、因幡の山名中務少輔は東因幡一帯を抑えている。それは八万石はあろうな。
二万石対八万石。分が悪い。悪過ぎる。が、尼子民部少輔が動けば五分に持っていけるはずだ。しかし、まずは陶尾張守だ。
「弘中三河守、仁保右衛門大夫の二人から切り崩せ。主君を討ち、儒の教えに背いた罪は重いと煽るのだ」
「はっ、吉見式部少輔はよろしいので?」
「良くはないが陶尾張守に組する以上、敵対勢力だ。どうすることもできんだろう。……いや、待てよ。吉見式部少輔に子は居るか?」
「確か一人。吉見大蔵大輔と申す者が。齢は十五かそこらにございます」
「ふむ。そやつを預かって参れ。共に公方様の元へ連れ行くとな。公方様の直臣に推してみようではないか」
俺としても同じ吉見氏が公方様の元に居てくれるのは心強い。俺自身は公方様の傍に居たくないがな。これで駄目なら吉見氏は諦めよう。
「では早速」
弥右衛門に銭と干し椎茸、灰持ち酒にそば茶と色々持たせて西へと立たせる。これで最低でも一人は召し抱えたいところだ。それから尼子民部少輔にも文を出さねば。
民部少輔の目を陶に持っていかれては困る。あくまでも民部少輔の敵は毛利よ。ここから毛利の快進撃が始まるのだ。問題は如何にして陶尾張守と尼子民部少輔の手を組ませるかだな。
また一気に中国が慌ただしくなってきた。一難去ってまた一難とはまさにこのこと。だんだんと焦れてくるな。残されている時間はそう多くないぞ。仕方ない。もう少し強引に動くとするか。
―――
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