第58話 密談

 龍徳寺には誰も居なかった。西側に座し南条勘兵衛と他の者たちの到着を待つ。我らの次に到着したのは尼子民部少輔だ。彼らは真ん中に陣取った。


 勘兵衛に命じ、伊秩大和守の身柄を尼子氏にあらかじめ引き渡させる。こちらでいつまでも確保しておく必要はない。中立の尼子に渡しておくべきだ。自害などされたら堪らん。


 民部少輔が共に連れているのは江見下総介と三刀屋弾正とのことである。勘兵衛が教えてくれた。民部少輔とお会いするのはこれが初めてだな。心なしか見られている気がする。品定めされているのだろうか。


 それから山名右衛門督、中務少輔の兄弟二人が到着した。供をしているのは中村大炊助と別所弾正忠の二人である。これで役者は揃った。


「それでは、和議を執り行う」


 民部少輔が主導し和議が執り行われる。互いに証文を認め、人質と金銭を交換する。これで和議は終わりだ。さっさと帰ろうとしていたところ、民部少輔に引き止められてしまった。


「彦五郎殿、この後にお時間はお有りかな?」

「もちろんにございまする。民部少輔様の貴重なお時間をいただけるなぞ、望外の喜びというもの」


 本音を言えば早く帰りたいの一言だが、流石にこれは断れん。しかし、俺と一体何を話そうと言うのだろうか。こちらは年端もいかぬ子どもだぞ。


 民部少輔の後を付いていく。民部少輔のお付きの者も居ない。もちろん勘兵衛もだ。そこは龍徳寺の離れであった。


 民部少輔はどかんと座り、俺にも座るよう命じられる。命じられたのであれば仕方がない。ちょこんと肩身狭く座る。すると、その後すぐに食事が運び込まれた。豪勢な食事だ。


 白米に香の物、汁物に煮物、そして主菜は魚の塩焼きである。これを食すべきか。流石に毒は入ってないだろうが……圧倒されるな。それだけ金があることを訴えたいのだろう。


「どうした? 遠慮なく食べてくれ」

「はっ、では相伴に預かりまする」


 汁物に手をつける。貝と干し椎茸の良い出汁が出ており、なんとも言えぬ味だ。久方ぶりにこんな美味いものを食べた気がする。


 俺は全て食べ終えた後、まずは自身の用を先に済ませることにした。それは民部少輔へのお礼である。


「こちら、今回のお礼にござりまする」


 干し椎茸と銭十貫を民部少輔に差し出す。こんなもの、民部少輔にとっては端金だろうが俺にとっては大事な金だ。そして今は戦の直後なので金がない。


「ふむ、忝い。ありがたく受け取っておこう」


 と民部少輔が口を開いた。ただ、表情は芳しく無い。こうなると悲しいかな、俺は黙ることしかできない。沈黙が辺りを支配する。


「済まぬが一つ、頼まれごとをしてくれぬか?」

「は?」


 民部少輔が口を開いたかと思えば俺に頼み事だそうだ。一体何を頼まれるのだろうか。俺に断るという選択肢はない。事実上、俺は尼子に従属しているようなものだ。命令と言い換えても良いだろう。


「勿論にございまする。どのような内容でしょう?」

「なに。公方様に文と進物を届けて欲しいのじゃ。急ぎではないのだが儂はやることが多くてな。聞くところによると其方は奉公衆に任ぜられているようではないか」


 公方様に届け物をするだけであれば何も難しいことはないはずだ。いや、待てよ。これは民部少輔は京に入るのを避けたのか。


 今、京は荒れ果てている。公方様、細川右京大夫、三好筑前守の三者が入り混じっているのだ。そこに尼子民部少輔が出向くと公方様に何か言われるに違いない。


 三好に難癖を付けられるのも勘弁なのだろう。三好と尼子は瀬戸内海を挟んで睨み合っている。そして三好は公方様と敵対している。その敵対している公方様に文と進物、これは京には入れないな。


「承知致しました。民部少輔様の御為、公方様の元へ伺わせていただきたく存じ上げまする」

「おお、そう申してくれると助かる。文と進物は後でお送りする故、よしなに。返事もきちんと貰ってきてくれ。なに、急ぎではないぞ」

「ははっ」

 

 これは、もう少し後に行けということなのか。それとも、早くいけと言ってるのか。うん、前者だな。言葉通りに受け取ろう。こうして俺は再び京へ赴く羽目になってしまったのであった。

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