第57話 現状

天文二十年(一五五一年) 八月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


 それから事は順調に運んだ。民部少輔も俺が提示した和議の内容に異論はなかったようだ。そして山名はその和議を飲まざるを得ん。民部少輔の顔を立てる形となった。


 今、尼子に全軍で持って因幡を攻められたら防ぎようがないのだ。さしずめ塩冶は山名の獅子身中の虫と言ったところだろうか。


 和議で取り決められたことは翌年の七月まで停戦をすること。それから現在の塩冶の領地を認めることであった。


 これは新たに手に入れた東浜も塩冶の領地として認めてもらえたということ。これは大きい。千石ほどの小さな漁村だが、因幡国に食い込んでいる。


 羽尾に砦を普請しているので、なんとしてでも東浜は我が領地としたかった。これは良しとしよう。


 問題は伊秩大和守の処遇よ。どうやら黄金十五枚というのが引っ掛かっていたようだ。金貨十五枚と言えば約六十貫である。伊秩大和守にそこまで出すのかと他の家臣が反発していたのだ。


 だがしかし、右衛門督からはこれに応じると返答が。家臣を見捨てる主人という汚名は着れないらしい。もちろん伊秩大和守の耳にその事は入れていない。腹を召されるからな。恥じて腹を召すなら返還された後にやってくれ。


「殿、そろそろ」

「うむ」


 南条勘兵衛が俺を呼びに来る。これから民部少輔の仲立ちの元、右衛門督と和議を結びに行くのだ。伊秩大和守の返還もそこに含まれている。さて、問題は和議を結んだその後よ。


 今までのことは水に流し、山名右衛門督と仲良くやっていくか。それとも徹底抗戦の構えを見せ、国人衆を調略して回るか。


 一度、但馬国の現状をおさらいしてみよう。まずは山名右衛門督。彼奴は但馬守護で出石郡を抑えている。石高は二万五千。それでも但馬守護である。兵は五百は動かせよう。


 そして次が垣屋越前守。但馬国の守護代で実質的な主導者というところか。生野銀山を抑えており、右衛門督の銀山という名目ではあるが、いくらか銀を懐に入れてるだろう。


 石高は両郡合わせて三万石ほど。となれば兵数は六百程度か。垣屋越前守と山名右衛門督は以前であれば仲違いしていたが塩冶という共通の敵ができてしまった。ここからどう動くだろう。


 八木但馬守。養父郡を抑えている国人だ。源兵衛が養父郡の村から略奪を行い、付け火もいたした。そのせいで反塩冶の感情が強いはずだ。家中もまとまっておらんと聞く。


 養父郡は二万石ほどであるが、村人たちは逃散し青田刈りもされている。一万石あれば良い方かもしれない。今は二百も動員できぬだろう。


 それから朝来郡の太田垣土佐守だ。ここも反山名の気があるが、今はどうなっているか。朝来郡自体は石高が二万石。兵数は四百前後のはず。塩冶からの距離も遠く、何を考えているか今一つ掴めん。


 むしろ今は八木を狙っているのではないだろうか。そんなに日下部氏の長者になりたいというのだろうか。やはり家格を上げたいのか。


 最後は田結庄左近将監。城崎郡二万石を治めている国人衆だ。左近将監は右衛門督からも越前守からも快く思われていないだろう。引き込む隙はあるはずだ。兵数は日本之介が抜けた分、減っていると思うが読めんな。


 そして最後に我ら塩冶。二方郡と七美郡。それから因幡の岩井郡の一部を治めておる。それでも石高は二万石を超えた辺りだ。


 平地を広げるため住居を移し、塩水選や正条植えなど必死に農地改革を行っても二万石と少し。どれだけ厳しい土地かわかるだろう。


 もし、但馬国全てを敵に回したら二千名が攻めてくることになる。この状況は変わっておらん。であれば、左近将監と太田垣土佐守をこちらに引き込まねばなるまいな。


 我らの兵は五百は固い。農民を集めればさらにだ。左近将監も土佐守も四百ずつはある。となれば味方が千三百と敵方が千三百。ちょうど五分に持ち込める訳か。


 狙ってみるか。急がなければジリ貧になるのは我らだ。なにせ奴隷とは言え石高以上の兵を集めているのだ。このままでは金が増えん。種子島を買い揃えられぬどころか、銭を失い仰向けに高転びよ。


 これからどんどん毛利が台頭してくるはずだ。そして毛利は左右にどんどん膨れ上がっていくはずである。不味い、これは非常に不味いぞ。


「殿……殿!」

「お、おう!?」

「到着しておりますぞ? 如何なされた?」


 勘兵衛が訝しみながらそう問いかけて来る。思案していたらいつの間にか和議の場である因幡の龍徳寺に到着していた。


「済まぬ、少し考え事を。そういえばこの辺りは南条氏の羽衣石城の傍であったな。今少し辛抱してくれ。済まぬ」

「謝りなされますな。某が殿を信じたのです。戻ること叶わなければ信じた某の目が節穴だったということ」


 勘兵衛が子をあやすように俺に語りかける。そうだ。俺はやらねばならんのだ。そう覚悟を決めて和議の場である龍徳寺に乗り込んだのであった。

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