第55話 引き際

 数日、そんな確認ばかりをしていると治郎左衛門が帰って来た。弥太郎は戻って来ていない。兵の数も五十しか連れていないところを見ると何かあったか。


「殿。只今戻り申した。そして誠に申し訳ございませぬ。岩美を落としきれませんでした」


 治郎左衛門がその場に座し、両の手をついて深く頭を下げ始めた。俺は治郎左衛門から如何みられているのだろう。それくらいでは怒ったりせんが。まさか、弥太郎に何かあったか。


「弥太郎は如何した。兵も少ないではないか?」

「東浜は落としましたゆえ、弥太郎に守らせておりまする。羽尾に砦を拵えておりますれば」

「そうか。それであれば五郎左衛門を送った方が良いな。声をかけておいてくれ」

「ははっ」


 よかった。何事もなかったようだ。普請であれば五郎左衛門にやらせた方が良いだろう。彼の経験にもなるし、より強固な砦ができるはずだ。そして対因幡の前線基地になるはず。


 来年には難しいだろうが、再来年には尼子と協力をして因幡を攻略したい。流石に三方を敵方に囲まれていては生きた心地がしないからな。


 今回の一件で山名の家中も安定はしないだろうから直ぐに攻め込んでくる心配は無いと信じたいが。そうだな、田結庄を勧誘してみるか。もう山名の中では居場所がないだろう。


「そうだ。治郎左衛門、軽々しく謝るな。岩美を落としきれなかった程度で怒ったりせんわ。何かあったかと思うたわ」


 そう言ってから治郎左衛門に笑いかける。これで少しは気を楽にしてくれると良いのだが。確かに岩美が欲しいとは言ったが、それよりも将兵の命の方が大事だ。


「失礼仕った。心に留めておきまする」

「五郎左衛門の元に向かった後、俺の元を尋ねよ。兵の被害状況を教えてくれ」

「ははっ」


 一度、席を外す治郎左衛門。しかし、そうか。岩美は落とせなんだか。それであれば尼子と因幡を挟撃する際、鳥取を尼子に。そして岩美を俺が貰うとしよう。それであれば動いてくれるはずだ。


 程なくすると治郎左衛門が戻って来た。五郎左衛門の尻でも叩いて来たのだろう。それから俺に兵の被害状況と戦況を語ってくれた。


 兵の被害状況は大きくはないとのこと。死人は十一名、怪我人は四十七人となっているようだ。それから源兵衛の城山城の被害状況も入ってきている。


 こちらも大したことはないらしい。というのも八木但馬守も太田垣土佐守も兵の損耗を恐れて積極的に攻めてこなかったと見える。城山城を落とせそうもないと見たか。


 まあ、源兵衛たちを引きつけるだけでも役目としては十分か。山名右衛門督の率いていた兵数であれば芦屋城を落とせる算段だったのだから。


 そして山名右衛門督から但馬守と土佐守の両名の兵に西へ援軍に向かう指示が出た後、源兵衛は独断で養父郡に攻め入ったらしい。


 ただ、源兵衛たちだけで八木城を落とせるわけではない。養父郡の村々を焼いて奪っていたようだ。もちろん、旗も掲げず顔を隠して。


 これは妙手だと思う。養父郡はすぐに手中に収めることはできない。それであれば力を削いで八木但馬守の動きを封じようということだろう。当分は兵を動かせまい。八木氏の家中もさらに荒れよう。


 そして問題は因幡の戦況である。山名右衛門督は兵を七百ほど引き連れて弟の中務少輔の援護に向かったようだ。合計で兵数は千五百ほど。


 対する尼子式部少輔の兵は二千。地の利は山名にあるが人の数は尼子というところだろう。結論からいうと尼子は鳥取を落とせなかったようだ。いや、落とさなかったという方が正しいか。


 式部少輔は周辺を荒らすだけで積極的に攻めてこなかったようだ。ただ、中務少輔もそれを黙ってみている訳にはいかない。沽券にかかわる。


 なので、一当てしに行ったようなのだが、それは式部少輔の罠だったようだ。しかし、中務少輔もそれは見越していたらしく、両者痛み分けの結果に。


 山名兄弟は兵を二つに分け、最初に弟の山名中務少輔が突撃した。そして尼子式部少輔がそれを包囲すると、兄の右衛門督がさらに突撃し、尼子兵の後ろ半分を包囲したのだとか。兵の損耗を嫌った式部少輔は直ぐに引き上げていったとのこと。どちらも被害はでたであろうな。


 ここで尼子式部少輔が勝っていれば岩美まで俺も抑えられただろう。口惜しいことよ。ここら辺が今回の戦の落とし所だ。尼子家の当主、尼子民部少輔晴久に和睦の仲立ちをしてもらうとしようか。


 今回は俺と山名の戦に尼子が俺に呼ばれて参戦した形だ。公方様にお願いすることも考えられたが、そうなると金子を使う。民部少輔も式部少輔も中務少輔の三少輔が、ともに和睦を望んでいるはずだ。もちろん、俺も山名右衛門督もである。


 使者を尼子民部少輔に派遣しよう。誰を立てるべきか。ここは尼子甚四郎吉久に向かって貰うしかないか。民部少輔とは既知の仲であるはずだ。


「甚四郎殿。済まぬが民部少輔様の元へ使者として向かっていただけまいか?」

「かしこまった。して、言伝の内容は?」

「うむ。それは書に認めるゆえ、それをお渡し願いたい」


 言伝だと内容を改変される恐れがある。それだけは避けたい。内容を確実に伝えるなら文が一番だろう。問題は認める内容だ。こちらの条件を書いておこう。


 和睦したい旨。停戦期間を設けたい旨。現在の所領を安堵してもらいたい旨。伊秩大和守を解放する代わりに金を支払って欲しい旨。それくらいか。


 賠償を求めても良いのだが、それだと山名が負けたという印象が強くなってしまう。あくまでも引き分けであると言い張れる条件にするのだ。


 なので、捕虜返還代に賠償金が入ってると捉えてもらおう。うん、それが良い。最後に花押を書き込む。俺の花押は清の字だ。清く正しく道を歩む。いずれは印も作ろう。この文を甚四郎殿に手渡す。


「月山富田城の近くまでは船を出そう」

「忝うございまする。文の内容を拝見しても」

「構わぬぞ」


 民部少輔から文の内容について質問が来るだろう。何故こう考えたのかを甚四郎に伝えておく必要がある。と言っても良さそうな落としどころだと思ったから、としか伝えられんが。


 この戦が終わったら民部少輔にいくらか渡さねばなるまいな。せっかく山名の支配を抜けたかと思うたら次は尼子か。自立は夢のまた夢なのか。


 強くならねば。信長が攻め込んで来るまであと二十年しかないぞ。頭が痛いわ。

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