第53話 誠久

天文二十年(一五五一年) 六月 因幡国邑美郡 尼子 式部少輔 誠久


 全く。なぜ俺が兵を出さねばならんのだ。俺たちは西出雲に居るのだぞ。因幡など遠いでは無いか。伯耆のさらに向こうだぞ。


 俺は兵を二千ほど率いて因幡の鳥取へと向かう。さすがに甚四郎を放ってはおけん。それに此処を落とせば民部からも文句は言われまい。


 全く。どいつもこいつも役に立たん癖に口ばかりは一丁前に聞きやがる。末次讃岐守なんか口どことか鼻も偉そうだ。我らは尼子一門、新宮党だぞ。


「誰かあるか?」

「はっ」

「左衛門大夫に先駆けを務めさせよ。さっさと鳥取を落とすぞ」

「承知仕った」


 弟であれば上手くやってくれるはずだ。あとは近隣の村々で略奪と放火をさせよう。どうせ鳥取を獲ったとしても民部に全て持っていかれるだけよ。


 であれば、略奪して我らの物にしてしまった方がなんぼか良いと言うもの。そうだな。領民たちも捕らえ人売りに売り払おう。


 しかし、甚四郎は一体何をやっていると言うのか。お前を塩冶に送り込んだのは塩冶家を乗っ取らせるためだぞ。お前には新宮党の後ろ盾があるのだ。


 しまったな。甚四郎にまずは塩冶を継がせれば良かった。確か叔父である宮内大輔興久も塩冶を継いでいたはずだ。謀反で粛清されたが。


 塩冶は出雲が本拠であったはず。出雲奉公衆だからな。但馬の塩冶はその分家のはずだ。それであれば出雲の、本家の塩冶を名乗らせて正当性を主張しても良かったはずだ。


 今少し時間があればそれが成っていたものを。愚図な民部が。なぜもっと頭を使わんのだ。くそっ、俺が当主であれば。


 いかんな。時間があると嫌な方に考えを流してしまう。少し俺も村を焼いて来るか。手頃な女が居れば攫ってくるのもありだな。


 どうせ山名は当分は攻めて来ない。いや、来れないだろう。憂さ晴らしにせいぜい暴れさせてもらうとしようか。


◇ ◇ ◇


「御注進! 前方より敵方がこちらに向かっております。旗印から山名中務少輔、山名右衛門督の軍にございます! その数は千五百!!」

「あいわかった。急ぎ全軍を集めよ」


 ようやく来たか。だが一足遅かったようだな。主要な村はすべて襲わせてもらった。青田も刈り尽くしてやったわ。立て直すのに骨が折れるだろう。ざまあみろ。


 さて、ここからどうするか。正直、もう旨味はない。因幡に留まっている意味はないのだ。どうせ俺の領地にはならんのだから。


 かと言ってこのまま下がるのも癪だ。この俺が山名に怯えているみたいではないか。それだけは断じて許されることではない。


 が、我が兵を無駄に損なうことはしたくはない。であれば罠に嵌めるのが上策だな。そうだな、やはり燃やすか。


「左衛門大夫」

「何でしょう。兄上」

「白兎神社を燃やしてこい。連中が出て来るよう、盛大に燃やせ」

「承知!」


 左衛門大夫に兵を五百預ける。その間に俺は残りの兵を伏せる手はずを整えた。奴らが左衛門大夫に攻めかかれば伏兵で包囲する手はずよ。


 白兎神社は左右が山となっており隘路になっている。包囲されたら人堪りもないはずだ。山から駆け下りて奴らの驚く顔を見てやろう。


 もし、伏野の城から出て来なかった場合は腰抜けと罵ってやるか。そして国を焼かれても何もできない領主と吹聴してやろう。そうすれば調略がしやすくなる。


 そうなれば撤退しても民部に言い訳できる。それで民部が調略に失敗したら盛大に笑ってやろう。この能無しが、と。


 どちらに転んでもらっても俺は一向に構わん。さて、どうする?

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