第52話 日本之介

「お待たせ致した。此度は我が方に呼応していただき感謝致す」


 日本之介は部屋の真ん中にどかんと座り、当家ご自慢の灰持ち酒をがぶがぶと飲んでいた。まあ、それくらいは許すとしよう。高価な酒なんだが、許すとしよう。


「なに、気にすんな。田結庄んところは五月蝿くて敵わなかったんだ。アイツ、今頃泡食ってんだろうな」


 ケラケラと笑い始めた。なんと言うか、良くも悪くも自由人だな。流石は海の男。左近将監も扱いにさぞ困っていたのだろう。


 そして俺もこの男の扱いに現在進行形で困っている。まず、俺と日本之介との関係をはっきりさせなければならない。


 対等なのか、それとも主従関係なのか。対等な関係なのであれば約束通りの謝礼、銭十貫を払って終わりだ。追加で酒など欲しいものを与えておけば満足してくれるはずよ。


 銭の他に欲しいものがないか聞いてみよう。日本之介は敵に回すと面倒臭そうだ。味方にいても扱いに困りそうではあるが。


「さて、此度の後詰めのお礼に何を要求されますか?」


 そう言うと酒を呷っている盃をピタリと止めてこちらをジッと見始めた。何か言いたいことがあるのだろうか。


「お前も俺を疎んじるのか?」


 その一言に心臓を掴まれる気持ちがした。取り繕うか。いや、彼はそれを望んでいないだろう。本音で向き合わなければ。


「そう……だな。確かに疎んじているかもしれん。というよりもどう扱って良いのかわからんのだ。俺とお前はどう言う関係なのだ?」


 腹を据え、腹を割って話す。もう俺の腹は滅茶苦茶だ。でもそれが功を奏したのか。最初は俺の口調の変化に戸惑っていた日本之介だったが、ニヤリと笑って居を正して俺に向き合う。


「なるほど。お前さんがどう思ってるのか良くわかったぜ」


 悪寒が走る。選択肢を間違えて怒らせてしまったか。確かに好き勝手話し過ぎたかもしれない。年下に舐められた口を聞かれるのは我慢ならないはずだ。


「確かに、お前の言う通りだな。実を言うと俺もこの後、どうするべきかわからんのだ。なあ、俺はどうしたら良い?」


 日本之介から返ってきた言葉は意外なものであった。懇願の混じった瞳でこちらを見て来る。そうか、彼も自分を慕って付いてきてくれた者たちを食わせなければならないんだ。


 だが、日本之介はその術を持っていないのだろう。そして他所から奪うだけで生活ができるとも思っていない様だ。寄り掛かる大樹が彼には必要なのだ。


「日本之介、俺のとこに来るか? 禄は高くないが飯は食わせてやれるぞ。全員のな」


 そう思うと自然とそんな言葉が出ていた。確かに短慮かもしれない。増える食い扶持、日本之介の才能や性格、左近将監や越前守の反発など考えられることは山ほどある。


 それでも俺は日本之介を召し抱えたいと思ったのだ。それであれば召し抱えるべきである。それに海賊衆は役に立つ。これから海運を強化するのだ。そういった意味でも召し抱える価値がある。


「……良いのか?」

「構わん。用が済んだから終わりなど、俺の性に合わんからな」


 そう言って日本之介に笑いかける。すると彼は頭を下げ「よろしく頼む」と短く一言だけ俺に告げた。重みのある、ただ一言を。


「配下はあの五十だけで良いか?」

「ああ、あれだけだ」


 五十か。養えるだろうか。一旦、落ち着いて整理してみよう。まずイェニチェリもどき。彼らが合わせて三百。彼らにも名前をやらねばいかんな。いつまでも奴隷兵とかイェニチェリもどきとか言ってられん。


 それから元から芦屋城に居た兵が百。兵の数は合わせてだ。それに家臣が村井親子に雪村源兵衛、南条勘兵衛に木陰弥右衛門。そして新手に加わった尼子甚四郎吉久と奈佐日本之介だ。


 いくら領地の石高が増えたとはいえ、まだ二万石ほどだ。本来であれば四百が良いところ。それに農民も駆り出してしまった。今年の収穫は落ち込むかもしれない。養えるか?


 いや、大丈夫だ。干し椎茸と灰持ち酒を売った金で彼らを賄おう。そしてそれらを運ぶ商船を呼び込むのだ。それで少しだけ税をもらう。日本之介を護衛に当てる代わりに。


 うん。やれる。まだ大丈夫だ。あとは治郎左衛門がどこまで獲得できるかに寄るな。頼むから岩美の浜まで抑えてくれ。

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