第51話 後詰め

天文二十年(一五五一年) 六月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


「御注進! 山名軍、全軍で陣を払うようにございまする!」


 呑気に湯漬けを食していた時、兵のひとりからそう報告が上がった。大根の漬物が美味いなんて言ってる場合じゃない。


「全軍を集めよ。追撃すると触れて回れ」

「ははっ」


 さて、俺の用意した全ての策は出し切った。その結果がこれであろう。どの策が上手く嵌ったかはわからんがな。そして好機が巡ってきおった。


 俺も出る用意をする。と言っても鎧兜を身につけるわけではないが。せいぜい屈伸して走る用意をするだけである。


「弥太郎! 治郎左衛門! 用意は!?」

「暫くっ!」


 兵が集まるまでの間、考えを巡らせる。右衛門督は西に赴くだろう。越前守と左近将監はどちらだ?


 いくら何でも殿軍は置いて行くはずだ。であれば殿軍の将は殺さずに捕らえさせる。そして身代金をせしめるとしよう。賊の如き所業。上等じゃないか。


 問題はその後だ。どこに攻め上がるべきか。西へ追撃して山名右衛門督を叩くか。東の越前守の領地を荒らすか。はたまた南の城山城にいる源兵衛と合流し八木但馬守の養父郡を攻め取るか。


 そういえば八木には日本でも有数の金鉱山が眠っていたと記憶している。但馬国には鉱山が多いんだったな。掘り当てることができるかどうかは別だが。


 山が多く田畑が作れないが、鉱山は多い但馬国。これを良しととるか悪しととるかは領主の力量よ。


 では養父郡に兵を進めるか。そうすると播磨と接するな。赤松氏とは反山名で連携が取れる。であれば今急いで南下する必要はないか。


「殿! 用意が整いましてござる!」


 治郎左衛門と弥太郎が俺の元に来る。一旦思考を中断して麓の山名右衛門督を蹴散らすことに専念する。


「よし、じゃあ出陣するぞ!」

「お待ちを! 殿も御出馬なられる心積もりか」

「当然である。後ろで踏ん反り返るなど当主のすることに非ず」


 そう言うと治郎左衛門がどうしたものかと頭を抱えだした。それを見かねた弥太郎が俺に対して確信を突く一言を吐いた。


「殿。はっきりと申し上げますれば邪魔でございまする。それは殿の自己満足に過ぎませぬぞ。殿が御出でになるのであれば守りに兵を割かねばなりませぬ。おわかりか?」


 これを言われると辛い。確かに俺のこの出陣は俺自身の体面を保つために過ぎない。弥太郎の言う通りだ。戦力になるわけがない。俺のような孺子が出ても兵の士気が上がるわけではないのだ。


 それであれば臆病者の汚名を被ってでも大人しく留守を守っておくのが得策なのだろう。なんとも歯痒い。


「……そうだな。すまぬ。弥太郎にも嫌な役目をさせてしまった。諫言、確かに受け取った」


 その一言で二人はほっと胸を撫で下ろしていた。となれば、今この場で方針を決めなければならない。殿軍を倒した後、どう動くべきだ。


 決めた。西に追撃をさせよう。一度は断った岩井郡を今度こそ手中に収めるのだ。


 岩美、少なくとも東浜の辺りは手に入れたい。そうすれば浜坂、諸寄、居組、東浜、岩美と海岸線を占領することができるぞ。


 そうすれば関銭の収入も入って来る。なんなら関銭を下げてを物流を良くするのもありだ。なにせ干し椎茸に澄み酒と売るものならある。二つだけだが。


「弥太郎、治郎左衛門。まずは全軍をもって殿軍を潰せ。そして殿軍の将は捕らえよ。芦屋城に戻す兵は五十、いや二十で良い。残りを率いて西へ向かえ。岩美を抑えるのだ。最低でも東浜は頼むぞ」

「承知仕る!」

「承った! が、殿。二十というのは些か少ないのでは」

「気にするな、兵はこれから増える当てがあるのだ。それから大将は治郎左衛門だ。弥太郎は治郎左衛門に従ってくれ」

「は、ははっ」


 これで伝えたいことは全て伝えた。治郎左衛門の諫言を一蹴する。少しでも追撃の兵は多くしておきたい。それに、予定通りなら弥右衛門たちが来てくれるはずだ。後は二人が上手くやってくれることを願うばかりである。


 ここに居る兵であれば心配ないだろう。全員が常備兵で弥太郎が厳しく鍛えた兵である。雑兵に負ける彼らではない。


 そしてやはりと言うか、案の定と言うかあっさりと殿軍の将である伊秩大和守を捕らえて来た。縄で縛られていた。簡単に抜け出せそうもない縛り方だ。


 戻って来た兵二十名に芦屋城の門を全て閉じさせる。少し怖いが、俺の策ではもう少しであいつらが来るはずである。


「塩冶彦五郎か。会うのはこれで二度目であるか」


 いつの間にか目の前で胡座をかいて座っている伊秩大和守。斬首にでもなると思って居るのだろうか。何か言いたげに話しかけて来た。


「如何にも。伊秩大和守殿、ゆるりと過ごされよ。其方を切るつもりはない。金をせしめさせてもらう」

「賊が如き所業だな」

「何とでも吠えてくれ。俺を信じてくれる奴らを食わせなければならんのでな」


 大和守と視線を合わせることはせず、彼の雑言も飄々と交わす。幼児にここまでされるのは屈辱であろうな。良い気味だ。


 賊と呼ばれるのは俺にとって褒め言葉よ。なんといってもこちらは成り上がり者だからな。金になることはするし、金にならないような無駄な殺しはせん。


「上手くしてやられた。田結庄左近将監とは繋がっていたのか?」

「もちろんだ。勝てない戦はせん」


 これは嘘だ。大和守がこちらの内情を探って来ているのがありありとわかる。稚児だと思って舐めてかかっているな。これは許せん。


 開放すると言っているのに情報を漏らすわけがないだろう。虚実入り混じった情報を与えてやろう。せいぜい混乱するが良い。


「殿! こちらに向かって来る一団がございまする!」

「旗印は?」

「三つ盛木瓜にございます」

「それは味方よ。入れてやれ」

「ははっ」


 こちらに駆けて来た兵にそう伝える。そう、これが俺の隠していた秘策である。向こうからやって来たのは奈佐日本之介率いる海賊衆と木陰弥右衛門であった。その数はなんと五十。今の俺からしてみればありがたい援軍だ。


「弥右衛門、上手くやってくれたな。感謝するぞ」

「もったいなきお言葉にございまする」

「それから日本之介殿もよう来てくれた。まずはあちらで休まれよ。誰か! 日本之介殿を案内せい」


 日本之介を奥へ連れて行く。ここは不味い。と言うのも大和守がいるからだ。俺はあくまで田結庄左近将監の配下である日本之介を引き抜いた訳であって田結庄左近将監と手を組んだ訳ではない。


 つまり、左近将監は裏切ってないのである。裏切ったのは日本之介。言わば左近将監も被害者であろう。これは大和守にバレてはいけない。


「弥右衛門。着いて早々に悪いのだが大和守を丁重にもてなしてくれ。大事な銭……じゃなくて人質だ」

「承知致した」


 大和守は弥右衛門に任せて俺は日本之介の元へ行くとしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る