第50話 交渉 <外伝>

天文二十年(一五五一年) 六月 出雲国月山富田城 村井 五郎左衛門


 平伏して民部少輔様の言葉を待っている。脇には重臣の方々がずらりと並んでおり、なんとも場違いな場所に迷い込んでしまった、と使者になったことを後悔している。


 身体の震えが止まらぬ。しかし、塩冶家の未来は某の双肩にかかっているといっても過言ではないだろう。絶対に援軍を送ってもらわなければ。


「面を上げよ。その方が塩冶の使者か」

「はっ。村井五郎左衛門と申しまする」

「ほう。村井治郎左衛門の息子か。顔がよう似ておるわ」


 民部少輔様が声を噛み殺しながらくっくっくと笑っておられた。そんなに似ているだろうか。自分ではそんなつもりはないのだが。


「して、本日は如何された?」

「はっ。山名右衛門督が我が塩冶家に攻めかかりましてございます。何卒、お助けいただきたくお願いに伺った次第」

「ふぅむ。そうよのぅ」


  いまいちピンときていない様子。嫌な汗が背中を流れる。もしかして、我らを見捨てるおつもりなのであろうか。我らの元には尼子甚四郎吉久殿も居られるのだぞ。


「其の方らを助けたとして、我らにどんな利がある?」

「我らを東の備えとしてお使いくださいませ。西の大内、毛利に対抗うするのであれば東に兵を割くのは得策ではござらん」

「しかし、我らと貴殿らとの間には因幡に山名が居るであろう」


 確かに。援軍に来るのであれば因幡の山名を抜くか船で浜坂に着けるしかない。あまりにも効率が悪くて兵を出せないと言う訳だろうか。


 であれば援軍を出す代わりに見返りを寄越せということなのだろうか。銭か黄金か、はたまた銀か。しかし、出せる余裕は当家にない。


 仕方がない。ここは殿が仰っていた通りに民部少輔様を説得することにしよう。絶対に援軍に動いてもらわねば我らは確実に滅ぶ。


「それであれば我らと共に因幡山名氏を滅ぼしましょう。今、我が方に山名中務少輔が向かっております。因幡東部はがら空きですぞ」


 その一言に考え込む民部少輔様。殿が仰るにはこれで民部少輔様が動くのだとか。確かに因幡を制圧できるのは大きいだろう。


 我らも山名中務少輔が居なくなれば芦屋城の落城は免れるだろう、おそらく。多分。もし尼子が動けば兄である山名右衛門督も援軍を出さざるを得ない。


「あいわかった。それであれば軍を動かしてやろう。佐世伊豆守、新宮党を動かせ。子の危急だとな」

「ははっ」


 脇で控えて居た男の一人が頭を下げて退出する。それをみてふぅと息を吐き出してしまった。役目を果たせて気が緩んでしまったのだ。それを見た民部少輔様がお笑いになる。


「くっくっく。根を詰めておったか。そこまでせずとも援軍は送っていたものを。考えても見よ、盟を結んだ相手を見捨てたら世間から儂は何と言われる」

「あ」


 確かに民部少輔様が仰られる通り、塩冶を見捨てたとあらばどの国も、どの領主も尼子のことを疑うだろう。離反も起きるかもしれない。


 であればそれを防ぐには援軍を出すしかなかったのだ。しかし、それを焦って某が潰してしまった。山名中務少輔を攻めるだけで良いと言質を取られてしまったのだ。


「正直に答えよ。この策は其の方が考えたものか?」

「いえ。我が殿が民部少輔様が山名中務少輔を攻めるだけで良い、と」

「そうか。ならば案ずるな。其の方の主君はそれで助かると見ているのだろうよ。良い経験となったな」


 確かに某は殿に言われたことをしっかりとこなせた。及第点ではあるだろう。が、それでしかない。これは苦い経験となった。交渉とはこんなにも難しいものなのか。肩を落とさざるを得なかった。

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