第47話 軍議
天文二十年(一五五一年) 五月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎
「殿。山名右衛門督に動きが」
「ほう? ようやっと来たか」
俺が今期の収穫を試算していると木陰弥右衛門が俺の元にやってきてそう述べた。弥右衛門の表情は変わっていない。
「右衛門督、越前守、但馬守、土佐守、左近将監、さらには因幡の中務少輔が戦支度をしている様子」
とうとう来たか。これで山名のみにあらず丹後の一色と管領の細川まで間接的に敵に回したことになる。山名兄弟の嫁は一色と細川よ。つまり、丹後と丹波も敵だ。
「兵数は如何程か?」
「多くはありませぬ。右衛門督側は全軍合わせて千四百ほど。中務少輔側は四百といったところにござる」
合計で約二千ほどか。二千……。思ったより少ないな。さて、どうするか。芦屋城に籠って尼子の援軍を待つのが得策だろう。
「諸将を集めてくれ」
「承知仕った」
弥右衛門に皆を集めるよう指示を出す。その間も思考は止めない。尼子がこちらに援軍に来ずとも因幡を攻めてくれるだけで助かるな。
二千、いや千で中務少輔の因幡東部を攻めてくれれば彼奴は引き返さざるを得ぬ。それだけでは足りず、もう五百ほど援軍を出すだろう。いや、因幡にも兵は残しているはず。やはり尼子には二千で来てもらいたい。
そして山名右衛門督の兵が千人になれば勝ち目は十分にある。芦屋城と城山城に敵方の兵を分散させるのだ。あとは我らがどれだけの兵を動員できるかが焦点だな。
皆が塩冶の芦屋城に集まったのは翌日であった。流石に城山城に居る源兵衛を無視して話を進めるわけにはいかない。
「皆、集まったか。事情は聞いているな?」
「はっ。伺っておりまする」
「ならば良し。どうするか皆の忌憚ない意見を伺いたい」
まずは皆の意見を聞く。俺もある程度の考えは練っているが、皆がどう考えているか知りたいのだ。それに有効な意見は最後に取っておきたい。皆が疲れて来たときに出すのよ。
「某は撃って出るべきかと。なぁに、我が槍にかかれば千の兵も一叩きにござる」
そう言うは弥太郎である。本人はいたって真面目な意見なのだろうが、流石にこれを採用するわけにはいかない。ただ、撃って出るのがいけない訳ではない。
「撃って出る、か。全面的に採用とは言い難いが、一部であれば認めることもできよう」
その俺の言葉に反応したのは治郎左衛門と源兵衛であった。この二人が激しく反対して抵抗する。治郎左衛門が声を荒らげて俺を諌めた。
「なりませぬ! なりませぬぞ、殿!!」
「わかっておる。何も無策に正面から突撃しようと言う訳ではない。そこは俺を信じてくれ。それよりもだ。城山城は籠城が能うか?」
源兵衛の目をじっと見る。予想よりも兵の数が少なかったから欲が出て来たのだ。城山城も失いたくないと言う欲が。ただ、城よりも源兵衛達の方が大事だ。彼らが無理だと判断するのであれば潔く諦めよう。
「地図を」
源兵衛が地図を要求する。中央に地図を広げ、それを皆で車座になって囲む。源兵衛が脇差の鞘を指示棒代わりに説明を始める。
「攻めてくるとするなら全軍で襲ってくるでしょう。西から中務少輔、南から八木但馬守と太田垣土佐守。東から垣屋越前守と田結庄左近将監でだと推測しまする。問題は右衛門督が何処から来るか」
「それであれば東からであろうよ。越前守と左近将監だけでは軍はまとまらぬ」
「お待ちくだされ。南から来ると思いか。播磨への備えをどういたします?」
「来ない分には構わんだろう。な、源兵衛」
「殿の仰る通りに」
悩んでいる源兵衛に助言を与える。この右衛門督が南から来るか東から来るかで大きな違いがあるのだ。なぜなら右衛門督が一番兵を連れているはずだからだ。
右衛門督が南から来た場合、それが主攻、本隊となる。城山城にそれを受け止める余裕はないだろう。だが、南から来る隊が助攻、別働隊であるならば話は別だ。
そして横やりを入れたのは五郎左衛門だ。着眼点はよかったが、俺と源兵衛に一蹴されてしまう。なに、来なければ源兵衛が後詰めに来てくれるはずだ。
「待て待て。東の垣屋と田結庄も仲は悪いが南の八木と太田垣も争っておるぞ。そちらに山名右衛門督が居るやもしれん」
「それであれば東の軍を仲違いさせて各個に撃破する。そして直ぐに城山城へ後詰めすれば良いだけのこと。問題なのは組み合わせよ」
治郎左衛門の質問には俺が答える。確かに彼の言う通りだ。だが、どちらも仲違いしている以上、勝機は常にある。もし、仲違いしていない組み合わせになる場合、移動距離が伸びる。
そうなったら手を打てば良い。移動距離が伸びると言うことは時間が掛かると言うことだ。これも各個撃破する芽が出るというもの。
「それであれば城山城にて支えること能いまする。八木但馬守と太田垣土佐守であれば多くても五百、いや四百かと。それであれば二百もいれば防げましょう」
二百か。であれば、農民兵を中心に二百を預けることにしよう。常備している兵のうち、五十も源兵衛に預けることにする。問題は源兵衛の補佐に誰を付けるべきか。治郎左衛門か勘兵衛のどちらかだな。
「すまんが勘兵衛、源兵衛の補佐に回ってくれんか?」
「承知仕った。お任せくだされ」
「城山城のことは二人に任せる。間違っても死ぬでないぞ。落城しても構わん。死ぬことだけは許さんと肝に銘じよ」
「「ははっ」」
ここは塩冶の二兵衛に城山城を預けることにする。装備や兵糧などは準備が済んでいる。右衛門督が動くことはわかりきっていたからな。農民兵と常備兵を合わせれば二百五十。これであれば優に持ちこたえられるはずだ。
源兵衛は即座に此処を立ち去って農民の募兵に動き始めた。少しでも多い兵を集め、少しでも長く訓練しておきたいからであろう。彼らならば大丈夫だ。そして勘兵衛が此処に残れば十分だと考えたのだろう。いつの間にやら信が芽生えておる。良い傾向だ。
「もし俺の予想に反して右衛門督が南から来た場合、迷わず城山城を捨てよ。そして芦屋城で籠城するぞ。弥右衛門、本隊が何処から来るかわかったらすぐに全軍に伝えるのだ」
「承知いたした。お任せくだされ」
「五郎左衛門は民部少輔様に援軍を求めに行け」
「承知!」
「我が方への援軍が難しいと仰せなら因幡山名家を攻めるよう伝えよ。此処を乗り切れたら相応の礼はすると。少なくとも二千は出させよ」
これで尼子は動くはずだ。待て待て、慌てるな。しっかりと敵の兵数を計算するんだ。まず南からは多くて五百。だが、これは源兵衛達が防いでくれる。
西からは四百だろうな。山名と家臣の武田、中村辺りが出張ってくるはずだ。だが、俺の推測ではこれもすぐに引き返す羽目になるはず。戦線に加わらないと見て良いだろう。
問題は東から来る兵だ。本隊であれば千は連れて来るだろう。右衛門督が四百で越前守と左近将監が三百ずつと言うところだろう。千を三百で防がなければならないのか。まあ、悪い勝負ではないが長くは持たんぞ。
これは一計を案じなければ防ぎきるのは難しい。鍵を握るのは伊助と平太が率いる弓兵だ。
何をするのかと言うとゲリラ戦術を取るつもりである。芦屋は山城だ。隠れる場所はいくらでもある。あ、それであれば抜け道を用意しておかなければ。
それに伊助たちは弥太郎に訓練と称してこの芦屋の山を走らされている。熟知していると言っても過言ではないはず。
後は越前守と左近将監をどう仲違いさせるかだな。そうだ、アイツがいたな。あれにやらせることにしよう。うまく行けば儲けもんだ。
俺は溢れる笑みを抑えきれなかった。
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