第46話 内輪揉め
天文二十年(一五五一年) 一月 但馬国出石郡此隅山城 山名 右衛門督 祐豊
「御屋形様、明けましておめでとうござりまする」
儂に村井治郎左衛門が言葉短かに新年の挨拶を告げる。白々しい。下げている顔はどのような表情をしているのであろうな。
だが儂も阿呆ではない。このような場で声高に村井を糾弾しても詮無きことであろう。笑顔で挨拶を受け入れる。贈り物も喜んでいただこうではないか。
「して、彦五郎の加減は如何か?」
「ただの風邪にございましょう。めっきり寒くなりましたゆえ。ご心配いただき忝い」
おそらくは仮病だろう。儂に害されると見て登城を拒んだに違いない。それとも家臣たちが向かわせなかったかのどちらかだ。それよりも追求するは尼子のことよ。勝手に臣従するなど断じて許せる出来事ではない。
「さて、塩冶には一つ伺いたいことがある。何故勝手に尼子に臣従したのか。申し開きにによっては、わかるな?」
「それは誤解にございまする。我ら尼子から甚四郎殿を迎え入れたまで。臣従などしておりませぬ。我らが臣従するは御屋形様のみにございますれば」
全く、鼻持ちならぬ男よ。もう儂から心は離れていような。であればこちらとしても好都合。塩冶を遠慮なく滅ぼせると言うものよ。
塩冶よ、悪手だったな。尼子と結んだせいで、我らは大義名分を得たわ。そのお陰で全軍をもって塩冶に当たれるというもの。
それに尼子の援軍は来ないわ。どうやって芦屋城まで援軍を送るというのだ。浜坂の湊から送り込む。これは現実的じゃないぞ。西から尼子が来る前に滅ぼしてくれる。
村井を下がらせ垣屋越前守、八木但馬守、太田垣土佐守、田結庄左近将監を呼び出す。話し合うのはどうやって塩冶を滅ぼすかだ。
「正月からすまんな。話というのは他でもない塩冶のことである。彼奴等はあろうことか尼子に下りおった。尼子が叔父である左馬助の代わりに塩冶をこちらへの先鋒にしてきおったのだ。看過するわけにはいかん」
今までは儂と越前守、弟の九郎の問題としてきたが、こうなっては背に腹は変えられぬ。叔父である左馬助も尼子と通じておった。久通などと偏諱を受けて改名しおって。
「御屋形様。それは構いませんが我々にはどんな得があるのでしょうや」
そう口にしたのは田結庄左近将監である。確かに彼奴と太田垣土佐守は塩冶と接してないゆえ領地を分け与えることはできんな。
「貴様! やはり塩冶と繋がっておるのではないか!?」
「異な事を申すな! 繋がっているわけがなかろう!!」
左近将監の言葉に越前守が目ざとく反応する。やれやれ、こやつらはいつも仲違いしておるな。さて、落とし所を何処に持ってくるか。
「左近将監と土佐守には銭を百貫渡す。塩冶の領地は儂と越前守、但馬守で山分け。これで如何か?」
「……銭を百五十貫で手を打ちましょう」
銭は一時的なものだが領地は半永久的なもの。そう易々とは動いてくれないか。だが、二人合わせて銭三百貫か。まあ払えない額ではないな。これも銀山のおかげよ。
「わかった、払ってやろう。土佐守もそれでよろしいか?」
「はっ。某には依存ござらぬ」
よし、これで全員の同意は得られたな。後はどの時期に攻め込むかだ。九郎とも連携しなければならん。今少し刻はあった方が良いだろう。
「御屋形様。南の浦上と赤松に不穏な動きがございます。それゆえ某の兵はそう多く動かせませぬ」
そう述べたのは八木但馬守。何を申すか。其の方の兵の損耗を抑えたいだけであろう。が、無下にする訳にもいかぬ。確かに南だけは備えなければならぬのだ。
東の一色は儂が嫁を貰っておる。岳父は完全に儂の味方よ。西も弟の九郎じゃ。そう、南だけが危ういのだ。これを放置するわけにはいかん。
「わかった。では八木但馬守は南に備えるため、小勢で構わん」
「ありがたき」
「よし。では田植えが終わった後に攻め込むとする。各々、抜かりなく用意いただきたい」
「「「「ははっ」」」」
後はどう攻め込むかよ。西から九郎が、南から儂と八木但馬守と太田垣土佐守が。そして東から越前守と左近将監か。
いや、東の二人の相性が悪すぎる。どちらが先鋒を務めるかで揉めるは必至。こうなると三面攻撃が成り立たなくなるな。
南から攻め上がるのを但馬守と土佐守の二人に任せて儂も東から攻め込むか。二人の間を取り持てるのは儂しかおらんであろう。
となると、南から攻めあがる二人がきちんと働くかが心配だな。儂等が塩冶を落とせば戦は終わる。であれば南にある城山城は睨み合えば十分と思うかもしれんな。目付をつけるか?
いや、待て待て。八木と太田垣は日下部氏の長者がどちらかで揉めていたはず。この二組を一緒にするのは不味いぞ。であれば、組み合わせをどう変えるか。いっそ、八木には留守をさせるか。
であれば太田垣も留守を守らせるか。東の波多野は怖くはない。養父郡と朝来郡が播磨と接しているのが気掛かりじゃ。兵だけ出させ、将はこちらで用意する。つまり、両名の兵を銭で買うのだ。これで行こう。
今からでも頭が痛い。が、国主としてこれはやらねば成らんことよ。これを許せば次々と他家と結ぶ国人衆が出てきよう。
悪手であったな、彦五郎。いくら囲まれたとはいえ他国を頼ればこうなることは必至。田植え終わりが楽しみよ。くっくっく。
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