第45話 唐辛子

天文二十年(一五五一年) 一月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


 あれから山名と垣屋に動きはなかった。あくまでも推測だが山名と垣屋の動き、それから思惑が噛み合わなかったのだろう。あの手紙が一助になって入れば良いのだが。


 こちらにも文について問い合わせがあったが、知らぬ存ぜぬで押し通した。なにせ文に俺の名前は書いていない。あくまで垣屋越前守が芦屋城を攻めたら約定通り背後を突くようお頼み申すとしか書いてないからだ。まあ、文の内容からしたら俺以外ありえないのだが。


 それとも俺が尼子と盟を結んだことによって芦屋城を落とすのは無理と判断したか。いや、正確には盟を結んだわけではないぞ。甚四郎を借り受けただけだ。そのお礼にいくばくかの進物はさせてもらったが。どちらにしてもお陰で良い一年を過ごすことができた。


 ただ、色々とあった一年だったがな。あの後すぐに公方様の御父君である義晴様が身罷られた。そのため、葬儀代の足しにと色々工面してやったよ。そしてまたすぐに三好と戦である。もう公方様のことは知らん。


 それはそうと蕎麦を作ることができた。小麦が一割ほど入ってる蕎麦だが。そして乾麺にもすることができたのだ。これは普通の蕎麦を丁寧に乾燥させて水分を飛ばせば良いだけのことであった。これで食糧事情が少し改善されたぞ。


 ただ、残念なのは醤油がないことだ。干し椎茸とアサリやハマグリから出汁は取れる。出汁は取れるのだが蕎麦の汁がつくれないのだ。魚醤で代用できるか試している途中だ。まあ、こればかりは諦めるほかない。


 そういえば鎌倉時代だかに何処かの寺で醤油が開発されていたんじゃなかっただろうか。余裕ができたら醤油の秘密を探ってみるのも一興だな。


 それから様々な農機具の開発も行なった。大八車に千歯扱き。これらは単純な構造だから簡単に作成することができた。大八車はリアカーに発展させている。これで小荷駄隊も変わってくるだろう。やっぱり知識は偉大だな。あと鉄製の農具に切り替えていきたいが、如何せん金がない。


 農業の発展は国の要だと痛感した。いま必要なのは生産量の向上と作物の長期保存。正直に言うと主食は間に合っている。正条植えや塩水選など近年の農業改革が成功したお陰だろう。ソバもあるしな。あとは合鴨農法を導入すれば完璧だ。やれるだけのことはやったと思う。


 問題は野菜類だ。炭水化物ばかりだと栄養バランスが偏ってしまう。我が領内で栽培しているのは大根に茄子、大豆にはじかみである。


 はじかみ、つまり生姜は俺が栽培を推奨したのだ。身体を温める効果もあるし、殺菌作用もある。栽培しないと言う手はないだろう。それから大豆。味噌はまだまだ価格が高い。量を確保するためにも自領で味噌を生産する必要がある。


 あと、城の周りにきゅうりを植えてみた。治郎左衛門からは何をしているのかと呆れられたがきゅうりの水分量は九割以上。籠城の際に役立つだろう。上手く育つことを祈るのみである。


 さて、目下の問題は山名に正月の挨拶に出向くべきか否かである。山名右衛門督がこちらに敵意をもっているのは明確だ。そんな中、みすみすと正月の挨拶に向かって良いものなのだろうか。


 皆とも話し合ったのだが、ここは病に伏していると称して代理を立てるのが得策だろう。治郎左衛門であれば上手くやってくれるはず。干し椎茸を少し持たせておけば問題なかろう。


 その間に俺は公方様に官位をおねだりする文でも認めようか。この時代、官位に寄る権威付けは必須だ。要らないと言えるのは絶大な権力を持つ武家だけよ。信長とか。


 それに俺は公家衆とも上手くやって行きたい。それには官位が必須だと俺は考える。とはいえ、そんな高官を求めるつもりはない。そうだな、正八位上の隼人佑辺りをもらっておけば良いか。


 と思ったところで筆を止めた。そういや俺、元服してないや。未だ数えで七つである。仕方がないので元服した際にはと文を改めることにした。


 いや、そもそも官位は公方様に強請れば貰えるものなのだろうか。わからん。代わりに唐辛子でも譲ってもらうことで落とし所としよう。

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