第44話 寄騎

天文十九年(一五五◯年) 四月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


「尼子甚四郎吉久にござる。以後、良しなにお頼み申す」


 治郎左衛門が帰ってきた。授けた秘策通り尼子一族の子を連れて。尼子甚四郎吉久は当主である尼子晴久の甥にあたる。俗に言う一門の子だ。どうやら、こちらに来る前に元服してきたようである。


 甚四郎吉久は新宮党の中枢を担っている尼子式部少輔の次男だ。年齢は十かそこらであろう。俺よりも少し年上といったところだろうか。しかし、まさか次男が来るとは。


 これは疎まれてやってきたのだろうか。しかし、寄騎か。これは俺の配下に加わったとして扱って良いのだろうか。目付けではなく寄騎で良いんだよな。


「俺が塩冶彦五郎だ。こちらこそよろしく頼む」


 舐められないよう、あくまで強気に接する。内心はドキドキだ。彼が居る以上、新宮党は俺の味方になってくれるはずだ。あくまでも新宮党だけだろうが。


「治郎左衛門。俺が尼子家と盟を結んだことは山名右衛門督と垣屋越前守の耳に入っているかな?」

「入っているでしょうな。ご警戒あそばされ」

「そうだな。もし今すぐに攻め込まれたら城山城は捨てる。芦屋城に籠城して尼子家の援軍を待つぞ」

「ははっ。承知いたしてござる」


 攻めてくるとしたら多く見積もって三千と言うところだろう。対してこちらが五百。うん、このままだと落城するな。であれば落ちないように城の守りを固めるだけだ。


 まずは篭城に備えて兵糧庫を拡張せねば。そしてネズミ対策に猫も飼おう。正門も四脚門に改修して板塀から土塀に変えるのだ。これは全て五郎左衛門に差配させよう。


 それから水瓶を地面に埋めることもさせる。これで金堀衆が土竜攻めをしてきた際、水瓶の水が揺れることによって察知することができる。


 あとは弓矢を大量に買い込まねば。それから投石用の石も場内に運び込んでおかなければ行けない。ああ、またお金が飛んでいく。


「仕方ない。せこせこ貯めた銭を吐き出すとするか」


 城の防備は五郎左衛門。人買いした少年たちの調練は弥太郎。源兵衛は城山城の城代として政務に励み、治郎左衛門は七美郡の村々を回って正条植えと塩水選を伝えてもらっている。


 勘兵衛は奴隷兵の中でも見所のありそうな者に対し、兵の率い方を教えている。最終的に百の兵を率いることができれば重畳よ。


「某は何をいたしましょうか?」


 そう尋ねて来たのは甚四郎だ。正直に言うと何もして欲しくない。なにせ尼子の者だ。椎茸など金のなる木の秘密を暴かれるのは困る。どう扱えば良いのか本当に悩むな。


「ご案じなされるのも尤もにござる。されど塩冶家の家臣となった以上、塩冶に尽くす所存にござる」


 俺の不安を看取ってそう述べる甚四郎。これが本心からなのか、それとも取り入るための方便なのか判断に悩むところである。


「失礼した。別に他意はない。そうだな。甚四郎殿は勘兵衛の元へ行き、塩冶の兵の率い方を学んで欲しい。百や二百ではなく、行く行くは千や五千を率いる将になってもらいたいのだ」 

「はっ。承知いたしました」


 これは甚四郎というよりも勘兵衛のためだな。甚四郎の人となり、それから癖などを勘兵衛に覚えてもらうためだ。勘兵衛は尼子嫌い。尼子の情報を聞き出して集めてくれるだろう。

 

 さて、俺は殖産しなければな。澄み酒の生産を増やして干し椎茸ももっと作らねば。それからスルメイカを乾物にして保管するのも良いな。昆布は無理だとしてもワカメや岩のりなどの海藻は手に入れたい。どこで手に入るんだ?


 それからそろそろ蕎麦を開発しよう。今年の目標は乾麺の蕎麦を生産することだ。乾麺にするには蕎麦をただ乾燥させれば良いだけなのかな。試行錯誤やっていくか。


 山名と垣屋が攻め込んでくるとしたら刈り入れ前の七月、もしくは刈り入れ後の十月あたりか。今は田植えの時期だから募兵できないはず。であれば一年かけるつもりで取り組めば良いだろう。


 今だに蒲殿衆から連絡がこないということは戦支度は行っていないはず。もし、行っていたら俺の不手際として潔く討ち死にしよう。


 念のため、両者を入念に蒲殿衆に見張らせよう。動きがあれば直ぐに篭城だ。それから一計を案じる。田結庄左近将監に文を出すのだ。


 内容は垣屋が攻め込んで来たら約定通り背後を襲ってくれと言う内容だ。もちろん、そんな約束はしていない。左近将監がこれを受け取っても意味がわからないだろう。


 それでも良い。何故なら左近将監に送るわけじゃないからだ。そう、この文を左近将監ではなく垣屋越前守の手に渡らせるのだ。


 なに。弥右衛門ら蒲殿衆を敵兵に扮装させて手紙を垣屋越前守に渡せば良い。それで越前守は疑心暗鬼に陥るだろう。全軍をもってこちらに向かうのは無理だ。


 左近将監の備えに兵を三百は残しておきたいところ。であれば、自由に動かせるのはあと三百と言うところである。これでさらに生き延びる芽が出てくるぞ。


 後は天に祈るのみよ。人事を尽くして天命を待つ。そう思いながら酒造りに精を出すのであった。

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