第43話 尼子
天文十九年(一五五◯年) 三月 出雲国月山富田城 尼子 民部少輔 晴久
西には大内、南には三好、東には山名と浦上が控えておる。しかも西側の毛利の動きも怪しいと見える。西に集中したいのだが東と南をどうするか。
そう思っていた矢先に但馬塩冶家の家臣である村井何某という男が儂の元を訪ねてきた。大層に低頭して。手土産として銭を五十貫と干し椎茸をこちらに献上してきた。なんでも塩冶の干し椎茸といえば公方様も愛する食べ物なのだとか。
それを儂に献上してくるとは、何か願い事があるのだろう。良く良く調べさせると塩冶は七美郡を獲り山名右衛門督に睨まれ八方塞がりになっておる。つまり、儂に助けてもらいたいというのが願いだろう。
村井何某は城に待たせてある。さて、そろそろ会ってやっても良いであろう。その前にどうするか方針を決めねばな。
「牛尾遠江守と佐世伊豆守を呼べ」
小姓に命じて彼らを呼び出す。彼らも自分の領地があるため流石に直ぐに来ることはできない。到着したのは明朝であった。早速二人を呼び出す。
「お呼びでございますか。御屋形様」
「うむ。少し相談があってな」
彼らに塩冶家の家臣が儂に目通りを願っていること、相当の貢物を持ってきていることを告げた。もちろんだが、まだ目通りして用件を聞いてはおらんことも。
「其の方等、如何見る?」
「はっ。やはり御屋形様に後ろ盾になっていただきたいのでしょうな。鉢屋に聞けば塩冶も山名と仲違いしている様子。我らも塩冶を東の抑えに起き西に注力するのが得策かと」
先に答えたのは佐世伊豆守であった。やはり考えは儂と一緒だな。そして牛尾遠江守も伊豆守に同意しつつ自身の意見を付け足した。
「某も伊豆守殿の意見と同じでござる。また、東を新宮党に任せて見るのは如何か?」
「ふむ。新宮党か」
新宮党。それは一門による精鋭集団の総称だ。最近、これが増長してきてほとほと手に焼いておるのだ。家中も親新宮党と反新宮党に別れておる。このままでは毛利や大内に付け入る隙を与えてしまうであろう。
「そうじゃな。新宮党に塩冶と連携して因幡に居る山名中務少輔を討たせるか。新宮党の目を内ではなく外に向けるのよ。なに、但馬からの怨嗟は塩冶が我らの盾となってくれる。その隙に因幡を掌握すれば良いのだ」
「御屋形様、某は反対にございまする。それでは新宮党がさらに増長いたしますぞ!」
「待て待て遠江守殿。それはそれで良いではないか。外敵が減り領地が増えるのは喜ばしいことである。そもそも上手く因幡国を手中にできるとお思いか?」
さて、どうするか。ただ、塩冶と手を結ぶこと自体は二人とも反対ではないらしい。それであれば、まずはそこまで話を進めても良いのではないだろうか。誰を東の抑えに置くかは後で皆を交えて話せば良い。
「わかった。誰を東に当てるかは一旦留め置こう。二人とも塩冶と手を結ぶことに相違無いな?」
「事実上、傘下に降ったようなものでしょう。異存はありませぬ」
「某も相違ござらぬ」
どうやら二人とも正式に傘下に加えるつもりはないらしい。そうしてしまうと山名が積極的に動いて来ることになる。それに正式に従属なんてしたら、しっかりと援軍を派兵せねばならん。ここは暗に同盟するのが最良だ。まあ、伊豆守の申す通り事実上は降ったも同然だが。
「それでは使者殿に会いに行くぞ。供をせよ」
「「ははっ」」
小姓に使者に会うことを告げてから衣服を整え用意をする。それから二人を引き連れて使者が待って居る部屋へ入った。低頭していて顔は見えない。
「苦しゅうない。面を上げよ」
「はっ。此度はお目通りの機会をいただき誠にありがとうございまする。某、塩冶彦五郎の家臣である村井治郎左衛門と申す」
儂は席に座りそう話しかける。四十手前の壮健な男だ。使者として寄越されるところを見るに塩冶の重臣なのだろう。
「して、此度の用は?」
「我が殿は尼子民部少輔様と盟を結びたいと考えておりまする。お近づきの印に心ばかりではございますが」
「金と干し椎茸だな。お心遣い痛み入る。儂も盟を結ぶことに異存はない。ついては共に因幡の山名中務少輔を潰そうではないか」
「恐れながら当家は山名右衛門督、垣屋越前守に睨まれており援軍などはとても……」
「わかっておる。其の方等は防備を固めておけ。必ずや援軍に駆けつけようぞ」
この儂の言葉に難色を示す村井。流石に儂を信じよと言うのは無理があるか。伊豆守に視線を移す。首を横に振っていた。さて、どうしたものかと頭を悩ませていると、その村井が儂に話しかけてきた。
「恐れながら甚四郎様か善四郎様のどちらかを当家に迎えたく。もちろん、それなりにお礼はさせていただきまする」
ふむ。見捨てられぬよう金で質をとろうと言う訳か。それも儂の子ではない。儂の従兄弟で新宮党の党首の息子、式部少輔の子等を寄越せと言うのか。次男以降であれば構わんであろう。
こっちの事情を知ってか知らずか。渡りに船の人質である。であれば次男の甚四郎を差し出させるか。これで新宮党の戦力も削げる。少しは大人しくなるだろう。そして奴らの目を東に向けることができるのだ。
伊豆守と遠江守を見る。二人とも小さく頷いておった。これで決まりじゃ。
「良かろう。寄騎として甚四郎を連れて行け。当主である彦五郎殿と同年代のはず。良き相談相手となろう」
「ははっ。ご配慮忝い」
わかっておらんな。儂は甚四郎など直ぐに見捨てられるわ。それで金も手に入る。悪いが儂は損なぞ一切しておらんぞ。その分、新宮党は動くだろうがな。
「今後ともよしなに頼むぞ」
「ははっ」
今日は良き日じゃ。東は新宮党に任せて西に集中することができる。大内、毛利め。首を洗って待っておれ。
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