第40話 不穏

天文十九年(一五五◯年) 二月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


 田公氏を下してからの約半年、俺は領内の政に勤しんだ。まずは七美郡の村長を呼んで彼らの村に危害は加えないこと。年貢の税率は今まで通りとすることを確認した。


 ただ悩ましいのが七美郡は山が多く平地が少ないというところだろう。これでは稲作は難しい。なので七美郡ではソバの実を栽培させよう。ソバは寒さにも強く、山間部にはもってこいの作物だ。


 今期の収穫は例年よりも多く、豊作といっても差し支えないだろう。やや冷夏だったのだが、水田の数を増やしたのと塩水選と正条植えの効果が出たのだろう。発芽率と生育が今までと比較にならないとのことだ。


 それから杜氏を一人召し抱えた。塩冶の新たな産物として目をつけたのが酒だ。米の収穫も増えたし岸田川も矢田川も水質自体は悪くない。その辺りに酒蔵を立て澄み酒をつくるつもりだ。


 澄み酒の作り方はわかっている。灰を入れれば良いのだろう。いわゆる灰持酒というやつだ。灰には菌の抑制作用があるから日持ちする酒になるはず。ただ、それ以上のことは知らんがな。


 また、灰を入れるタイミングもわからん。なので、これは総当たりで試すしかないだろう。なに、数撃てば当たるものよ。


 そして菌といえば石鹸だが、こちらはやはり上手くいかない。やはり牛を育てる、つまり酪農に手を出さなければ石鹸を安定的に作り出すことは俺には難しいだろう。


 これで塩冶領の石高は一万五千石を超えてきた。これであればまだ人を買い込むことができるということで百人の少年を買い増した。


 彼らは例に漏れず弥太郎がみっちりと鍛えている。物になるのはまだ先だろう。これで常備の兵は三百。総動員すれば兵数は五百を優に超えるだろう。金の力は偉大だ。


 問題は食料だが、干し椎茸が売れているのであれば兵糧も買い込むことができる。当面はこれで凌ぐ他ない。


 次は種子島を揃えようか。それと刀鍛冶も呼びたいな。いや、其の前に鶏と家鴨を飼う必要もある。合鴨農法を早く導入しなければ。ああ、やらなければならないことが山ほどある。


 それから領内に寺を建てた。臨済宗や曹洞宗などの禅宗の寺だ。悪いが俺の領地に一向宗は入れたくない。それであればまだ穏健派の寺を先に建ててしまった方がマシというものだ。


 本願寺と結んではいるが、それだけのこと。なに、先に建ててしまえばこちらのものよ。言い訳なんてどうとでもなる。要は俺が本願寺を重要視していれば、さほど気にせんだろう。


「殿、失礼いたしまする」


 入ってきたのは弥右衛門であった。頭と肩に雪が積もっている。それだけで急いで芦屋城まできたことがわかる。はてさて良い知らせか悪い知らせか。


「そう急くな。身体は資本ぞ。此方へ来て火鉢に当たれ」

「はっ」


 二人して火鉢に当たる。身体が温まって来たのか弥右衛門がポツポツと集めた情報を俺に話し始めた。


「まず以前から仰せ付かっておりました毛利の件にございます。どうやら毛利は大内から独立する様子。次男を吉川家の養子とし、三男も小早川家に送り込もうとしているとのこと」


 どうにかして国人の領地を乗っ取り領地を広げる算段か。今からでは両川体制は防ぎきれないだろう。が、できれば邪魔したい。毛利が大きくなるのを止められる気はしないが、出来るだけ遅らせはしたい。


「周辺の有力な国人たちに噂を流せ。毛利は周辺の国人領主たちに息子を送り付けて乗っ取るつもりだと」

「承知仕った。この噂は大内家の膝元にも流しまする」

「毛利家の本拠にもな」


 これで少しでも大内が陶と毛利を警戒してくれれば儲け物だ。それから陶晴賢と近づいておいても良いかもしれない。毛利の抑えとして有効活用しよう。


「それから陶尾張守、いや尾張守を始めとする大内の家臣に近づけるか?」

「殿の名を出してもよろしいので?」

「構わん。そうだ。干し椎茸を大量に持たせてやる。また木陰弥右衛門という商人になって彼奴等に近づけ」

「承知。それから二つ目のご報告にござる。御屋形様が何やら垣屋越前守と密にやり取りをしているとの由。さらに因幡の山名中務少輔様とも」

「御屋形様が垣屋越前守と?」


 おかしい。御屋形様と垣屋越前守は不倶戴天の間柄。其の二人が密に連絡を取っているなど。弟と密に連絡を取るのは納得できるが、垣屋越前守との連絡は腑に落ちない。


「文の内容を急いで洗え。銭も好きなだけ使って良い」

「承知仕った。早急に取り掛かりまする」


 弥右衛門が去った後に地図を引っ張り出して考える。御屋形様と垣屋越前守が繋がるとすれば何故繋がるのか、だ。それは利害が一致するから繋がるのだろう。では利害とは。


 真っ先に思い付くのは田結庄左近将監だ。彼もまた垣屋と険悪な関係にある。そこで御屋形様が折れてでも垣屋と連携して田結庄を潰しに行く……のは考えにくいな。


 となれば、標的は俺か? 垣屋越前守と領地を接しており、七美郡の件で御屋形様のご不興を買った。そして隣の因幡を預かっている弟と密に連絡。これも我が領を攻めるためと思えば。


 待て待て、落ち着け。一度深呼吸だ。こういう場合は最悪を想定して動くべきだ。外れたら杞憂だったと笑えば良いだけのこと。急ぎ治郎左衛門と勘兵衛を呼び寄せた。

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