第32話 前触れ

天文十八年(一五四九年) 六月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


 治郎左衛門が戻ってきた。いの一番に俺の元へ報告に上がる。この報告で今後の動きが変わってくるわけだが、果たして。


「ただいま戻りましてございます」

「よう戻った。して如何であった?」


 報告の前に白湯を口に含む治郎左衛門。もったいぶるな。さっと結論を話せ。その治郎左衛門はほうっと一つ息を吐いてから本題を切り出した。


「上々にござる。垣屋の嫡男である垣屋播磨守と田結庄左近将監のお二方が同行いただけましてな。この件は塩冶と田公で折り合いをつけよと御屋形様の仰せです」

「承知致した。それで、こちらの要望を田公土佐守に伝えたか?」

「それは左近将監殿が買って出てくださいました。条件は七美郡の北半分の割譲、もしくは慰謝料として銭を五百貫のどちらかをと。馬鹿なと一蹴されるでしょうがな」


 はっはっはと笑う治郎左衛門。そんなものはどうでもよい。我らと田公のみで決着をつけるか。それで良いのであれば、これほど楽なことはない。


「よくやった」


 しかし左近将監が買って出るとはな。詳しく話を聞くと色々と浮かび上がってくる。垣屋播磨守に良いところを持って行かれたので少しでも食いこむためにしゃしゃり出てきたか。両方で良い顔をする気か?


「まあ良い、では我らは返答を待つだけだな。念のため、柤大池砦に兵を入れよ。南条勘兵衛と其の配下の弓兵九十名だ」

「ははっ! 命じておきまする」

「大将は南条勘兵衛だ。五郎左衛門が彼の指揮下に入るよう伝えてくれ」

「承知」


 弓兵と工兵を合わせれば百名の兵が砦に詰めていることになる。これを落とすには三倍の兵、つまり三百の兵が必要になるだろう。これですぐには落ちないはずだ。電撃的に攻められても問題あるまい。


 南条勘兵衛が敵兵を引きつけてくれているのであれば俺は弥太郎と共に田公氏の本拠である城山城を落とすか。それもありだな。


 ただ、領民だけには手を出したくない。その後の統治が大変になってしまう。であれば一つだけ策を弄しても損はないな。


 蒲殿衆を使って『塩冶の殿様は怒っているが、領民に向けてではなく田公氏に対して怒っている。領民は謝罪すれば許すつもりである』と言うことを広めてもらおう。


 あとは兵糧の手配だな。腹が減っては戦はできぬとも言う。これは四郎兵衛に任せるとしよう。はあ、やはり銭は貯まらんな。いや、我慢だ我慢。此処を凌げば領地も広がるはずである。


 そうなれば今よりも余裕が出てくるはず。そして夢の鉄砲隊を組織するのだ。さっさと掛かってこい、田公土佐守。返り討ちにしてやろう。

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