第31話 裁定

天文十八年(一五四九年) 六月 但馬国出石郡此隅山城 山名右衛門督祐豊


「失礼いたします。御屋形様、塩冶彦五郎の家臣である村井治郎左衛門殿がお目通りを求めて参上しております。さらに垣屋播磨守殿、田結庄左近将監殿もご一緒にございまする」


 小姓である虎之助の一言で儂の頭の中に嫌な予感がよぎる。塩冶の家臣が垣屋の倅と左近将監を連れて参上しただと。つまり、その三家は繋がっていると言うことか。下手には扱えんな。


「伊秩大和守を呼べ。それからその三名は丁重に持て成しつつ待たせておけ」

「かしこまりました」


 さて、一体何があったと言うのか。ぱっと考えられるのは陳情に来たと言うことだろう。では、なんの陳情か。何か問題でも起きていたか。


「お呼びでしょうか」

「おお、大和守。いやな塩冶の家臣と垣屋の倅、それから左近将監がこちらに来ておる。何用かわかるか?」

「いえ、某にもさっぱりでござる。ここは赴いて話を聞く以外ありませんな」

「であるか」


 事情が分からなければ対策の立てようもない。が、会わないという選択肢はない。三家に手を組まれたら下克上が起こりかねんぞ。仕方ない。覚悟を決めるとするか。


「お待たせ致した。して、此度は如何な用向きだ。面妖な取り合わせだが」

「はっ。此度は二方郡と七美郡の諍いについて具申させていただきたく急遽、馳せ参じた次第にございます」


 真ん中で平伏していた男が答える。この男が塩冶の家臣か。後ろに控えているのが左近将監と播磨守だな。しかし、二方郡と七美郡で諍いが起きたか。詳しく聞こう。


「ほう、諍いか。何があった?」

「熊波村の者が柤岡村の者を殺めましてござる。発端は水源の争いかと」

「なるほど。其の方らの話を聞くと熊波村の者が悪いのぅ。して、塩冶家は如何望むつもりじゃ?」

「恐れながら我が殿に慰謝料として銭五百貫、もしくは七美郡の北半分を割譲いただきたく存じ上げ申す。これを田公土佐守殿に申し上げるがよろしいか?」

「なっ!?」


 いくらなんでもその条件は飲めんだろう。これは儂とて首を縦に振れんぞ。振ってしまえば同意したと見なされる。なるほど。後ろ二人は証人か。これは良い落とし所を見つけてやらねばなるまいな。


「待て待て。それはあまりにも性急過ぎる。何やら事情があるやもしれんしの。結論は双方の意見を聞いてからじゃ。大和守、田公氏の意見を聞いて参れ」

「ははっ!」


 頭を下げて退出する大和守。これで刻を稼げるはずだ。この間に良い落とし所を見つけねばならんが果たして。田公土佐守に慰謝料を払わせるか。問題はいくら出せるかだな。


「恐れながら御屋形様。そのような悠長なことを仰られている時間はありませぬぞ。我らの民が死んでおるのです! 何卒、厳しいご判決をば」


 村井治郎左衛門。かなり強気で押してくるな。口では下手に出ているが態度は強気そのものだ。それもこれも後ろに大きな二人がついているからだろう。


「まあ、そう急くな。急いては事を仕損じると言うであろう。だが、その方の言も尤もである。こうしている内に大きな戦に発展せぬとも限らん。其の方等も戦は嫌であろうに」

「いえ、塩冶家は領民の為とあらば戦も厭いませぬ!」


 前のめりになりながらそう叫ぶ村井治郎左衛門。これは我を忘れているな。冷静な話し合いができる状況ではない。さて、この場をどう収めるべきか。


「御屋形様。明らかに非が田公土佐守にあるのは明白ですぞ。なにせ領民を殺めてしまった。いくら事情があるとはいえ殺めるのは……」


 確かに左近将監の意見は正しい。が、こうも意見を揃えてくると胡散臭く思えてくる。何か裏があるのではないか、と。そして播磨守は無言を貫くか。


「さて、どうしたものか。播磨守、なにか意見はあるか?」

「はっ、それでは僭越ながら。某は村井治郎左衛門の考えに反対でございまする」

「何をっ!!」


 立ち上がる左近将監を制して播磨守に発言の続きを促す。相も変わらず仲が悪いのう、垣屋と田結庄は。この二家を選ぶとは。塩冶もみる目がない。


「と申しますのは、これはあくまで塩冶と田公の問題。部外者が口を出すのではなく、まずは当事者同士で話し合うべきかと」

「なるほどのう。一理あるわ」


 いやいや。なかなかどうして息子の播磨守も策士よのう。此奴の考えが読めたぞ。塩冶と田公を争わせる気だ。両家の国力はほぼ同等のはず。


 本来であれば塩冶の方が上だが、若狭守が亡くなって家中もまとまっておらん。おそらくは良い勝負になるだろう。そして両家ともに疲弊したところで漁夫の利を奪うつもりよ。


 塩冶家が接しているのは田公家か垣屋家のどちらか。片方の田公家と戦になれば必然と垣屋家との距離が近くなる。こう言う算段であろう。


 であればよ。播磨守の提案に乗ったふりをして我らは田公の領地をもらうとしよう。一つずつ潰していくのが肝要じゃ。全く、戦国の世も楽ではないわ。


「相わかった。播磨守の申す通りである。この件は塩冶と田公で折り合いをつけよ。これにて話は終いじゃ」

「「「ははっ!」」」


 さて、七美郡を獲る用意をせねばなるまいな。但馬国は山名家のものじゃ。

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