第30話 暴発

天文十八年(一五四九年) 六月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


「殿、一大事にござる! 熊波村の者が柤岡村の者を殺めたとの由!」

「真か!?」


 弥右衛門の配下になった伝造が息を切らしながら伝える。彼もまだ垢抜けない少年だ。しかし、とうとう動いたか。向こうがこちらを殺めたのだ。事情はどうあれ非の重さは向こうにある。


「治郎左衛門を呼べぃ! 伝造はこのことを五郎左衛門に伝えよ!」

「ははっ!」


 ここで焦って攻め込んではいけない。まずは外堀を埋めて行く作業が必要だ。今の状態で方々から攻め込まれてみろ。あっという間に滅亡エンドだ。


「お呼びでございますか」

「治郎左衛門、知らせがあって田公の領民が我が領民を殺めたようだ。其の方は御屋形様の元へ向かえ」

「ははっ! 鶴城と鶴ヶ峰城に寄ってから向かいまする」


 流石は治郎左衛門。俺の意を汲んでくれるわ。それであれば手土産を持たせた方が良いな。ここは確実に決めておきたいところだ。


「流石は治郎左衛門よ。銭と干し椎茸を必要な分だけ持っていけ。くれぐれも目的を誤るでないぞ」

「ははっ。では直ちに向かいまする」


 おそらく治郎左衛門の考えはこうだ。治郎左衛門一人で御屋形様に直訴しても印象が弱い。しかし、そこに垣屋氏と田結庄氏の者がいたらどうなるか。


 山名四天王の二人、そして片方は最大勢力を誇っている守護代の垣屋氏だ。無下にはできないはず。そこで田公氏に無理難題を吹っ掛けてそれを圧力で呑ませる。そしたら後は自然と暴発するのを待つだけである。


 本当は太田垣も誘いたいところだが生憎と伝手がない。今から用意するとなれば時間がかかり過ぎる。今回は諦めるとしよう。


 暴発するとするとなれば、向こうから攻め込んでくるのは自明の理。鍵となるのは五郎左衛門が普請している柤大池砦の完成度だ。少し見に行くとしよう。伴は……そうだな。


「勘兵衛はおるか?」

「はっ」


 稽古場に向かうと南条勘兵衛国清が配下の弓兵たちの指導にあたっていた。流石は勘兵衛だ。亀の甲より年の劫とはよく言ったものよ。もう配下の兵は一端の弓兵になっている。


「よくここまで鍛え上げたな。驚嘆するぞ」

「やはり子供は飲み込みが早いですな。めきめきと上達してござる」

「そうか。では有望な者を四、五人連れて伴をせよ。五郎左衛門が普請している砦に向かうぞ」

「ははっ」


 勘兵衛と其の配下数名を伴って柤大池砦へ向かう。歩いて二刻と言ったところだろうか。そう遠くはない。道中で勘兵衛にも戦をすることを伝える。流石は経験を積んでいるあって全く動じていなかった。


「そういえば勘兵衛。子が生まれたそうだな」

「はっ。この歳になってようやく嫡男を授かることができ申した」

「それはめでたいな。大きくなったら小姓にするのは如何か?」

「よろしいので?」


 勘兵衛は目を丸くしていた。新参者の自分の子を小姓にするのが忍びないのだろう。俺は別に構わない。というか今、俺の元に小姓も近習も居ないのだ。そんな余裕は我が家にはない。たかだか八千石の身代なのだから。


 それにそもそも人材が居ないのだ。養父殿が死んで家臣も離れていった。周りの者共は塩冶を取り込む好機だと思っているだろう。その鼻っ面を明かしてやる。


「まあ、それも戦に勝って領地が増えればだ。今はまだそんな余裕はない。もっと強くならねば。聞けばまた公方様は京から追い出されたらしい。いくら威光があろうとも弱ければ何の意味もない。そのためにも勘兵衛には期待している。力を貸してくれ」


 公方様からの文によると細川右京太夫と、その家臣である三好筑前守が江口で争ったらしい。三好家の内紛ということだが、細川右京太夫に連れられ坂本まで避難させられたと書いてあった。


「某にはもったいなきお言葉。一所懸命の働きをお見せいたしましょう」

 

 そんな絵に描いた餅のような未来の話をしながら柤大池砦へと向かう。柤大池の北西に砦を普請していた。うん、悪くない場所だ。


 さらにその北西に田畑が広がっている。ここに侵入させてはいけない。ただ、人数が五郎左衛門含めて十一人しか居ないのだから進捗は五割と言ったところだろうか。


「五郎左衛門、励んでいるようだな」

「そりゃもう! まさか砦の普請を任されるとは思いませなんだが。強固な造りになっておりまする」

「そうだな。だが刻をかけ過ぎだ。相手はそこまで大勢ではない。多くて二百そこそこだろう。それを想定し、期日に間に合わせる方が先よ。それから余った時間でどんどん強固にしてゆけ」

「はっ!」


 欲を言うのであれば今の七割の強固さでも構わないから先に仕上げて欲しかった。既に戦となっていたら今の出来だと役に立たない砦だぞ。


 なにせ塀も柵もないのだから。このままだと少し小高い丘に建てられた家だ。それを恐怖に感じる武士がいるだろうか。


「勘兵衛、ここで田公氏の兵を迎え撃つことになるだろう。何か改良する点はあるか?」

「そうですな。それであれば出入り口を四方に設けていただきたい。敵も小勢であれば兵を分散させるは下策にございますれば」

「なるほど。五郎左衛門、聞いたか?」

「しょ、承知致した」


 これは中々に捻った手だ。小勢で砦に押し掛けた場合、狙えるのはせいぜい一つの門だろう。隊を分けて複数の門を狙わせたりしたら各個撃破の良い的だ。


 そして自身は別口から敵の側面や後方を急襲することができる。兵数の多い我らだから取れる手だろう。そもそも勘違いしているのだ。誰も彼も。


 養父殿が亡くなり家臣も減った。これで塩冶は弱体化しているだろうと田公氏のみならず御屋形様や垣屋氏、田結庄氏も思っているだろう。


 だが現実は全くの逆だ。常備兵を二百も有し、それの訓練に明け暮れている。確かに家臣の数は減ったが蒲殿衆と南条勘兵衛を得た。負ける要素がないだろう。


 いや、敵を知り己を知れば百戦殆うからずだったな。自分のことだけじゃなく田公氏のことも洗っておかねば。これは蒲殿衆に依頼することにしよう。


「さて。この砦だが、あと何日で完成する?」

「あと十日ほどいただければと……」

「十日は長過ぎる。五日で済ませ。なに、全部仕上げろとは言わん。五日で塀と柵を拵えよ。門も急造で構わん」

「はっ、はい!」


 後は治郎左衛門が上手いことやってくれるのを願うばかりだ。

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