第20話 上京

天文十八年(一五四九年) 二月 但馬国二方郡芦屋城


 雪の止まぬ中、中尾四郎兵衛が俺を訪ねて芦屋城へとやってきた。上機嫌であるところを察するに、良い報告が聞けるのだろう。


「四月に公方様に拝謁する手配が整いましてございます」

「そうか! よく手配した!」


 俺は膝を叩いて喜んだ。公方様には武力はないが権力はある。御屋形様も公方様の家臣。何かあった時の保険のために公方様の覚えをめでたくしておいても良いだろう。


 そう喜んでいる俺だったが、四郎兵衛が笑みを崩さずにおずおずと俺に話しかけてきた。


「まだ金子はございますか?」

「あるが……如何した?」

「実は米が高騰しておりまして」


 どこかで戦支度でもしているのだろうか。米を買い込んでいるに違いない。となれば、高騰している米を買いますのは悪手だな。


 とはいえ、米を買い足さないと少年少女たちの食べるものが底をついてしまう。治郎左衛門が領民を上手く説得している。今年の十月まで乗り切れれば何とかというところか。


「仕方ない。米ではなくソバの値はどうだ?」

「ソバ、にございますか? それであればそこまで高騰しておりませんし、米よりも安価にございます」

「そうか。ではそれを買えるだけ買い込め」


 もちろん、それ相応の対価は渡さなければならない。俺は傍に控えていた源兵衛に命じ、抱えるほど大きな袋に入った干し椎茸を四郎兵衛の前に置く。


「これが我らが今出せる全財産だ。高値で売りさばいてくれ」

「なるほど。この干し椎茸を売って、その銭でソバと公方様にお渡しする金子を用意せよ、そう言うことですな」


 俺の意を汲みましたよと言わんばかりにドヤ顔でこちらを見る四郎兵衛。残念だが、それだけでは俺の意を汲んだとは言い切れないな。


「いや、それだけではない。その方の取り分もである」


 そう言ってニヤリと笑みを浮かべる。最初はぽかんとしていた四郎兵衛であったが、俺に一本取られたと言わんばかりに額を叩いて笑い始めた。


「委細、承知致しました」

「うむ。公方様の元には共に参ろうぞ。浜坂から船の手配を頼めるか?」

「もちろんにございます。荷は運ばなければなりませんし、人間の四、五人など構いませぬよ」

「忝い。そう申してくれると助かる」


 さて、公方様への手土産を手配しなければな。とは言っても俺が用意できるのは金子と干し椎茸くらいしかない。これが小さな国人の弱いところである。


 ただ、重要なのは金銭の寡多ではない。公方様を敬っているということを何らかの形で表現することが重要なのだと考えている。


「源兵衛、翌月に京へのぼるぞ。供を致せ」

「ははっ」


 京へ向かうのに俺と源兵衛だけでは心許ない。弥太郎に頼んで優秀な少年を数人分けてもらうか。彼らにも良い経験になるだろう。


「京の情勢は如何か」

「昨年は荒れておりましたな。三好筑前と細川右京大夫の戦。そして公方様も右京大夫によって京を追われましたが和睦し平穏を取り戻しているかと」

「そんな平穏は仮初めであろうよ」


 この時代の京が平穏なわけがない。どうせすぐに荒れるに決まっている。やはり、もう少し兵を分けてもらうべきか。いや、足元をしっかりと固めなければ。最小限で向かおう。


「頭が痛いな。とりあえず公方様に献上する品を用意するか」


 こうして俺は京へのぼる用意をするのであった。

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