第19話 引き抜き

天文十七年(一五四八年) 十一月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶彦五郎


 今日も弥太郎が子供達を厳しく鍛えている。年長の子は甲冑を身に付けたまま、年少の子は衣服のままで城の周りを走らされていた。と言っても芦屋城は山城である。それだけで過酷さがわかるというものだろう。


 俺は弥太郎にある命を出していた。小手先の技術だけではなく、基礎の基礎から叩き込むようにと。その点を弥太郎はきちんと理解していた。戦というものはどれだけ走れるか、どれだけ槍を振り下ろせるかが勝敗を決めると言っても過言ではないだろう。


 この子たちは他の兵よりも一回りは大きくなるに違いない。十分な食事も与え、休息もしっかりと取らせている。そのため男子を二十組に分け十組ずつ隔日で訓練させている。


 訓練のない日は休みと言いたいところだが、実際は椎茸の栽培に駆り出していた。と言っても作業自体はそう難しくはない。ほぼ休みと言っても差し支えないだろう。弥太郎一人で見るのにも限界はあるからな。


 つまり、男子は交代で合わせて十組、そして女子が十組の合計二十組が椎茸栽培に精を出していた。後々は石鹸作りも命じるつもりだが、俺には作り方がわからん。これは南蛮人を捕まえて聞き出す他ないか。


 いや、灰と油でつくるんだったか。なんか小学校か中学校の理科の授業で実験と称して実際に作った記憶はある。余裕ができたら試行錯誤してみるとしよう。


「殿、弥右衛門にございまする」

「入れ」


 弥右衛門が音もなく部屋に入り込んできた。流石は忍びといったところだろうか。後ろには通も控えていた。なんとなく用件が読めたぞ。


「準備が整いましてございます」

「そうか。では参るとするか」


 俺は弥右衛門に先導され弥太郎の元へ向かう。そこでは少年たちが柔軟体操を行なっていた。これは俺が弥太郎に教えた怪我防止の一つだ。


 身体の健と筋を伸ばす。それから柔軟性を養う。身体が硬いと怪我しやすいからな。病院がない以上、不用意な怪我は避けなければならない。


 少年たちが俺の方をチラチラと見ている。それもそうか。自身の殿様がやって来たら気にもなるわな。しかし、それを許さないのが弥太郎である。少年たちに怒号で喝を入れ直していた。


「殿。こちらには何用で?」

「うむ。この者は弥右衛門と申してな、椎茸栽培を手伝ってもらっておる。して、何やら少年たちに用があるらしい」


 そう言って俺は弥右衛門に発言するよう促す。すると弥太郎は少年たちの注目を集め、弥右衛門が発言しやすい環境を整えた。


「その方らに椎茸の栽培を手伝ってもらっている。がしかし、この中に栽培した殿の椎茸に手をつけた不届き者がおる」


 その一言に少年たちは震えた。そしてその者の名を読み上げる弥右衛門。「与助」と。呼ばれた与助と言う男は顔色ひとつ変えていなかった。いなかったのだが、尋常ではない汗の量だ。


「そやつを引っ立てろ。先に宣言した通り、椎茸に手を出した者、厳罰に処す」


 そう。俺は子供たちと事前に約定を交わしていた。栽培している椎茸に手を出してはいけないと。もし、手を出した場合、厳罰に処す。最悪の場合は斬首するとも。


 遠くから与助の声が聞こえる。嫌だ、助けてくれ、俺じゃないと言った叫び声が。そしてその悲痛な叫びが聞こえなくなった頃、俺はこう切り出した。


「しっかりと俺に誠意を持って仕えれば、それに見合った報酬を渡そう。三平、此処へ」

「は、はいっ!」


 信賞必罰と言うからにはそれだけでは無い。もちろん褒美も用意してある。と言っても相手は奴隷でしかも子供だ。金子や銭を渡したところで使い道があるわけでも無い。となれば渡すのはひとつだ。


「これをやる。構わん。食らい付け」

「あ、ありがとうございます!」


 握り飯を二つ手渡した。水筒にはキンキンに冷えてる水も。玄米でもなければ粟や稗が入ってるわけでも無い。精米された白米の握り飯である。


 夢中になって齧り付く三平と言う少年。俺はそれを満足そうに見つつも、周囲の状況を入念に伺った。別に相互監視をさせたいわけでは無いのだが、これで不正が減ってくれればそれで御の字だ。


 懸念すべきは疑心暗鬼になってお互いに信頼できない仲になってしまうことである。その対策として組の人員を定期的に入れ替えている。味方となれば信も置けるようになる。


 一度、味方になっていれば信を置いた仲だ。そう疑ったりもせんだろう。そして、仲間の仲間も自身の仲間だ。そう教え込んで行けば全体が一つの集団として機能するはずである。


「うむ、これからも励め。皆の者もである! 俺は誰だろうとなんだろうと差別はしない! 手柄がある者には褒美を、不正を働いた者には等しく罰を与える。努努忘れるで無いぞ!」

「「ははっ!!」」


 全員が返事をしたことに深く頷いて、俺はこの場を立ち去る。そして向かった先は弥右衛門と与助が居る、城の脇なる古びた小屋だ。


 中に入ると与助は静かに座っていた。この落ち着きぶりようを考えると、どうやら弥右衛門から既に事情を聞いているようだ。


「事情は説明致し申した。与助も納得してくれておりまする」

「そうか。済まぬな、与助。その方が武士になる機会を奪ってしもうた」

「いえ、お気遣いは要りませぬ。おいらも弥右衛門様から話を聞いております。必要としてくださる、こんな嬉しいことはございませぬ」


 なるほど。弥右衛門が欲しがるわけだ。物分りが良い。このように優秀な少年少女をそれぞれ十名ずつ蒲殿衆へと加入させた。彼らが育てばもっと情報が滞りなく集まるだろう。


 蒲殿衆に加われば訓練している彼らと接する機会は当分の間なくなるはずだ。処されたと伝えても差し支えは出ないはず。同じような手立てを使って蒲殿集に男児を十名、女児を十名引き抜いた。


 こうして蒲殿衆が二十三名、イェニチェリもどきが百九十名となるのであった。

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