第21話 公方

天文十八年(一五四九年) 三月 但馬国二方郡浜坂の湊 塩冶彦五郎


 あれから一ヶ月後、公方様に拝謁するために京へと向かうことにする。そして、芦屋城下にある浜坂の湊に四郎兵衛の姿があった。後ろには大量の俵が山積みになっている。中身はソバの実だろう。


「これはこれは塩冶の殿様。まずはお約束の品をば」

「ソバの実だな。中を改めさせてもらうぞ」


 そう言って適当な俵を紐解く。中にはソバの実がぎっしりと詰まっていた。質も悪くはないな。これを芦屋城に運び込むように命じる。


 俺も今では芦屋城に寝泊まりしている。屋敷なんてあっても無駄だ。家族もいるわけじゃなし、城の方が便利だし安全だ。


「さて、荷下ろしも済んだことだし京へ向かうか」

「「ははっ」」


 浜坂の湊から小浜へと向かい、そこからは徒歩で京へと向かう予定だ。四郎兵衛が用意してくれた関船に乗り込む。


 俺の他に源兵衛、それから弥太郎の元から将来が有望そうな伊助と田七、平太と久作の四人も護衛として帯同させてる。


 伊助は兄貴肌で面倒見の良い男の子だと言う。歳は十三だそうだ。彼は将来の隊長候補として扱って欲しいと弥太郎からも頼まれている。田七は槍働きに自信のある十二歳の男子。少し先走る気があるのを抑えて欲しいらしい。


 平太は落ち着いている十三歳の男子だ。冷静な判断に定評のある彼もまた隊長候補だろう。残りの久作は図体の大きな男の子である。年齢は彼もまた十三歳。だが、身長が頭一つ抜けている。


 そしてその久作に箱を持たせる。人の頭が入るほどの大きさの箱だ。その中にはびっしりと干し椎茸が入っている。


「お前たちは船は初めてか?」

「は、はい。初めてにございますだ」


 代表して伊助が答える。目上の者に対しても物怖じせずに答えるのは好感が持てるな。後は俺に諫言することができれば満点だ。


「揺れるだろ。船酔いには気をつけるのだぞ」


 と言っても船酔いに気をつけろと言われても対策を立てることなんざ出来やしない。酔い止めの薬なんてないのだから。


「この船旅はどれほど続くのだ?」

「一日もかからないでしょう」


 そうか。対馬海流に乗っていけばそう時間がかからないと言うことだろう。ただ、その速度の代償として揺れてしまうんだが。


 当然のことながら小浜に着く頃には護衛として選出されていた四人はグロッキー状態になっていたのであった。ま、仕方あるまい。良い経験をさせたと思うことにしよう。


 それから二日かけて京の街へ向かった。上京の方はまだ見れるけど、下京の方は見るに耐えない惨状だ。荒れて荒れて仕方がない。


 京を守らなければならない公方様に力が無い以上、この荒廃はどうすることも出来ないだろう。伊助たちも顔を強張らせている。現実を突きつけられたと言ったところだろうか。


「さて、それでは公方様の元へと向かうとしましょう」


 四郎兵衛の先導で公方様のお屋敷に向かう。その際、四郎兵衛の懇意の店で直垂に着替えさせてもらってからだ。流石にはしたない格好で会うわけにはいかない。


 屋敷の前で下人に取次を願う。そして源兵衛たちを待機させ、俺だけが公方様の元へと向かう。


「塩冶彦五郎殿がお見えになりました」


 襖を挟んだ向こうでそう話している声が聞こえる。「通せ」と言う言葉が聞こえてくると足音がこちらへ近づいてきた。いよいよだ。心臓が高鳴ってしまう。


 入室して真ん中あたりに座り、そして平伏する。左右にも多くの人が並んでいた。おそらくは三淵に細川、和田に米田あたりだろうか。どれが誰だかわからないが。


 そして真ん中に鎮座しているのが公方様だろう。その公方様も大層お若い。伊助たちと同い年くらいだろうか。武家の棟梁だけあって精悍な顔つきである。まあ、年齢が一桁の俺が言うことでもないが。


「苦しゅうない。楽にせよ」

「はっ、この度は拝謁の栄誉を賜り誠に恐縮にござりまする。お初にお目に掛かります、塩冶彦五郎と申しまする。塩冶と姓は変わりましたが元は吉見の出自。公方様の御為、粉骨砕身の思いにて懸命の働きを致しますれば。こちら、少ないですがどうぞお納めくだされ」


 つらつらと口上を述べる。それから公方様の前に俺が献上したものが運ばれてきた。銭が百貫に干し椎茸が三貫である。それを見た公方様が頰を緩める。


「その方が塩冶彦五郎か。よう来てくれたの。吉見氏と言えば同じ清和源氏、家紋も二つ引であったな。その様な者が馳せ参じてくれたことを嬉しく思うぞ。先に倣ってその方も奉公衆に任命致す」

「ははっ」


 吉見氏は室町幕府の奉公衆に任じられていた家だ。俺もそれに漏れず奉公衆に任じられた。とはいえ、このご時世に命じられたとて意味のない代物ではあるが。


「これだけでは申し訳ないの。何か持って参れ」


 そう発するや否や、家臣の一人が公方様に何やら耳打ちをしてから離席する。公方様は大きく頷かれていた様なので、それで良いと言うことになったのだろう。


 程なくして一振りの刀を持ってきた。大きさから脇差だろう。俺の身体のサイズに合わせてくれたとも言える。そして鞘から抜いて刀身を確認する。一つ頷いてから鞘に戻した。


「これをその方に授ける。正利の脇差じゃ。これで幕府に仇なすものを討ち取ってくれ」

「ははっ」


 正利か。確か板倉関派の刀だったな。剣豪将軍と揶揄されているくらいだ。持っていてもおかしくはない。おかしくはないが、胸に引っかかるものがある。


 正利は朝敵である楠木正成の子孫だったはず。つまりは要らない刀を下賜されたと言うことだろう。新参者の弱小勢力にはそんなもんか。


「他に何かあるか?」

「はっ。であれますれば本願寺に参りたく存じます」


 その一言に公方様たちは目を丸くしていた。どうやら俺を敬虔な仏教門徒だと勘違いしているようだ。悪いが俺は仏教どころか宗教は信じていない。ただ、本願寺の勢力が肥大化する前に誼を通じておきたいだけだ。


「そうか。それであれば余が手配をしておいてやろう」

「有り難き幸せにございまする」

「うむ。これからも励め」

「ははっ」


 こうして、俺の初めての公方様への拝謁は滞りなく終わったのであった。

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