第17話 縁切り

 「確かに」と言い残して四郎兵衛は立ち去っていった。それと入れ替わりというわけではないが、源兵衛を呼び出す。用は道の整備である。


 本来ならば城を築きたいところではあるが、歩いて二時間の距離に城がいるだろうか。この芦屋城も海運が使えるため立地は悪くない。それであれば湯村温泉、そしてその南にある平野へのアクセスが良くなるはずだ。


 岸田川を使って芦屋城に物資を集積する。うん、これはこれで悪くない。となると芦屋の浜から敦賀、いや小浜に着ける船が欲しいな。


「道の整備でございますか?」

「そうだ。そして浜を整備しゆくゆくは湊にするのだ」


 湊にするには平地が少なすぎる気もしないでもないが、こればかりは仕方がない。売れる商品が増えれば寄る船も増えてくるだろう。


「承知しました」

「よろしく頼む」


 源兵衛は承ったとばかりに頭を下げるも一向に立ち上がる気配を見せない。俺が訝しんでいると源兵衛は意を決したように覚悟を決めてから口を開いた。


「最近、殿が怪しげな集団と会っているとの報告がございます。家臣たちの中には不信感を抱いて居る者も多々見受けれらますれば。家臣を集めて今一度、今後の方針などをご説明いただきたく存じまする」


 怪しい集団とは恐らく蒲殿衆のことだろう。確かに側から見れば怪しい集団だわな。これは何も説明せずに事を急いた俺の失策だ。


「確かに源兵衛の言う通りだな。皆を蔑ろにしていたかも知らぬ。この通りだ、済まない」


 源兵衛に頭を下げる。自分に少しでも非がある場合は下手に言い訳せずにまずは謝った方が良いだろう。何も敵対しているわけではないのだから。


「頭をお上げください。わかってくだされば良いのです」

「源兵衛にも気を揉ませてしまったな。皆に説明をする。評定の間に集めてくれ」

「承知仕った」


 はぁ。組織をまとめるというのも楽ではないな。特に俺と家臣達とでは文化や考え方が違いすぎる。織田信長もこんな気持ちだったのだろうか。


 一呼吸入れてから評定の間へと足を踏み入れる。そこには村井治郎左衛門安貞とその息子の五郎左衛門安行、それから養父殿の代からの忠臣である米山弥太郎信行が待っていた。そして最後に雪村源兵衛清蔵が入ってくる。


「これで全員にございます」

「え?」


 おかしい。家臣はもう少し多かったはずである。いくら戦に敗れたとはいえ(厳密には負けていないのだが)これはいくら何でも少なすぎるだろう。こちとら八千石の大身だぞ。


 その俺の戸惑いを察したのか源兵衛が口を開いて答えとした。曰く、他の家臣達は暇乞いもしくは逐電したのだとか。なんで俺が聞いていないの?


「それは殿がおかしなことばかりやっているからにございます。みな、某の元へ参るので代わりに請けておきました」


 そう言って書状の山を俺の前に差し出す。縁切り状のようなものだろう。なぜ話を通してくれなかったのかと抗議したいところだが、俺が悪いのだろう。


 物の分別がつかないであろうほど幼く、奇天烈な行動ばかり。逆にこの四人が残ってくれただけでもありがたいのかもしれない。これは源兵衛を責めることはできない。彼らまで敵に回してしまう。


 いや、今は戦国時代だ。強き主人に使えるのは普通のことであろう。忠義者が持て囃されるのは江戸時代からだ。今は「七度主君を変えねば武士とは言えぬ」時代なのだろう。


「相分かった。源兵衛には俺の知らぬところで色々と苦労をかけてしまったな。済まぬ」

「某にできることはこれくらいなれば。殿をしかと教育できなかった某の落ち度もございましょう」


 本気でそう思っているのか、それとも嫌味でそう言ってるのかはわからない。ただ、源兵衛とはそう言い合える良い関係を築いてこれたと思っているし、だからこそ現にこの場に残ってくれているのだと思う。


 他の者も同様だろう。俺のことを信じて残ってくれた者達だ。そんな彼らを冷遇できるだろうか。そう思うと込み上げて来るものがある。


「まず、俺はここに宣言をする。この塩冶を大きくし、天下にその名を轟かせてみせると」


 そして四人の顔を眺めていく。みな、表情は強張ったままだ。俺には一門衆が一切いない。これは大きなビハインドだ。俺の場合は譜代と子飼いを増やしていくしかないのだ。


「そのために力を貸してくれ。この通りだ」


 頭を下げる。今の俺は彼らに報いることができない。これくらいしかできることはないのだ。でも、このままだと俺は確実に大国に潰されて殺されるだろう。ならば強くなるしかないのだ。


「頭をお上げくだされ」


 そう言ってくれたのは一番の老臣である村井治郎左衛門であった。姿勢を正し、彼の言葉に耳を傾ける。


「我らは此処に残りました。それは殿と心中する覚悟があるからにござる。ご随意のままに振舞われませ。何処までも付いて行きまする」


 そう言って頭を下げる。皆もそれに続いて頭を下げた。塩冶家への義理か、それとも先代の若狭守への義理なのかはわからないが、彼ら忠臣が残ってくれたことは非常に心強い。


 泥臭くても構わない。誰に馬鹿にされようとも力強く醜く生きよう。そして彼らにも俺の家臣で良かったと言わせてやるのだ。


「忝い。皆の忠義に感謝する。これから共に塩冶を盛り立てていこうぞ! まずは弥太郎」

「はっ」

「その方には兵を鍛えてもらおう。いま暫くしたら此処に子供らが到着する手はずとなっている。彼らを一人前の武士に鍛え上げよ。武器の手配も済んである」

「ははっ」

「治郎左衛門は来年の田畑の差配をせよ。土地をもっと広く使うため、平地にある家は山中に移動させよ。移動の銭はこちらで用意する。空いた土地に次男と三男の田畑を用意するとも言っておけ」

「かしこまりましてござる」

「源兵衛には道の整備を申し付けていたな。それでは各々方、抜かりなく頼む」


 これでこの場はお開きになる、はずであった。五郎左衛門が俺を呼び止める。いや、わかってる。みなまで言わないでくれ。


「殿! 某の役目は!?」

「あー、そうだな。人材……人材を探してきてくれ。家臣が減ってしまったからな。貴賎を問わずに有能な人物を迎え入れたい」

「承知しました。某が驚くような人物を連れて参りましょう!」


 こうして、俺を担ぎ上げた新たな塩冶家が立ち上がったのであった。

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