第16話 蒲殿衆

天文十七年(一五四八年) 八月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


 弥右衛門が二人の人間を伴って戻ってきた。一人は年老いた、つまり老人の男性だ。頭は禿げ上がっており腰は曲がっている。もう一人は女性だ。年齢は……妙齢とだけ言っておこう。とても艶やかな女性だ。三人とも傅いている。


「こちら助三郎と通にございます。我が両腕としたく迎え入れました」

「うむ、良きに計らえ」


 一度は言ってみたい台詞ランキングの上位に食い込むであろう言葉を発する。言ってみたかったんだ。っと、それどころじゃない。しっかりと現状報告をしなければ。


「それはそうと人が足りていない。なので奴隷を買うことにした。その数は少年少女入り混じって三百。良い人物がいたら引き抜いて育てよ」

「承知仕った」


 弥右衛門が頭を下げるとそれに合わせて後ろに控えていた二人も頭を下げる。それともう一つ大事なことを伝えなければ。


「それと、これから其の方たちは『蒲殿衆』と呼ぶことにする」


 それを聞いた弥右衛門は小声で「蒲殿衆、蒲殿衆か」と口の中で何度も呟いていた。そして俺の方を見て小さく頷く。どうやら意味を汲んでくれたようだな。


「当分の任務は三つだ。一つは後進の育成。それともう一つは安芸国の毛利氏を探ってくれ。最後は尼子氏と接触できないか試して欲しい。俺にできることがあれば協力するから遠慮なく申してくれ」

「はっ」


 中国地方で一番気にかけなくてはならないのが毛利氏だろう。できる限り彼らの侵攻は遅らせておきたい。そのためにも尼子と協力する必要はあるだろう。


 そして領地を広げるのであれば御屋形様率いる山名氏とは手を組めない。まずは食らう必要のある家なのだ。遠からず毛利はやってくる。それまでに身の振り方を考えておかなければ。


「それと、当分は蒲殿衆の存在を悟られるな。誰にもだ」

「承知。それでは御免」


 そう言うと三人は散り散りに去っていった。さて、俺はこれから四郎兵衛と会う約束がある。今回は正式な商いとなっているので芦屋城で商談する予定だ。


「殿、中尾殿がお見えになりました」

「うむ」


 俺が城に戻って素振りをしている最中に四郎兵衛がやってきた。それを五郎左衛門が伝える。手早く手拭いで汗を拭き取ってから四郎兵衛の元へ向かった。


「久しいな、四郎兵衛」

「これはこれは彦五郎様。この度は御愁傷様でございました。いや、おめでとうございますると申し上げた方が?」


 目を細めて口には笑みを浮かべたままそう発する四郎兵衛。やはりこいつも食えない男だ。俺が怒らぬ、いや怒れぬと見ての発言だろう。ただし、その発言を聞いて五郎左衛門は眉を顰めているがな。それで揶揄ってやろう。


「滅多なことを申すな。五郎左衛門が睨んでおるぞ。そんなことを申す商人からは当家としては何も買えんな」

「これは失言でしたな。失礼をば。勉強させてもらいますので何卒ご勘弁を」

「だそうだ。如何する、五郎左衛門」


 出来レースの様に話がスラスラと進んでいく。ここまでお膳立てされたら五郎左衛門は首を横には触れないだろう。「殿のご随意に」と口にするだけであった。


「良かった良かった。お許しをいただけて何よりです。して、本日はどのような用件で?」

「ふむ、近う」


 そう伝えると四郎兵衛がずりずりと躙り寄ってきた。まだ遠い。それを察してもう少し近づいてくる。まだだ、まだ遠い。そう、そこだ。


「人を買いたいと思っている。少年少女併せて三百。少年の方を多く頼む。それから米だな。刈り入れが終わって値が下がったら米を買ってくれ」

「人買いでございますか。そうですな、三百であればすぐに用意できましょう。何やら細川と三好の雲行きが怪しいようですので」


 なんでも三好筑前守が家臣で親族の三好越後守を親の仇と称して討とうとしているらしい。が、主君の細川氏が討伐の許しを与えないため、その辺りの関係が拗れているのだとか。


 この時代、奴隷の売買は大名であれば誰しもが手を染めている行為だ。義に篤いと言われている長尾景虎ですら行なっているのだから世も末である。しかも、一人当たり二十銭だというのだから破格としか言いようがない。


 問題はそちらではない。後者の米の方だ。三百人もの食い扶持が一気に増えるとなるとそれなりに食料を用意しなければならない。それも継続的にである。彼らを使って椎茸を栽培させるか。それであればやはり拠点が必須だな。


「準備が出来次第こちらに運んでくれ」

「かしこまりました」

「ああ、それから公家衆や公方様に伝手はあるか?」

「公方様、にございますか?」


 俺の質問の意図が汲めなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする四郎兵衛。そんなに難しい話ではないだろう。公家衆も公方様も味方にして損のない人たちである。


「そうですねぇ。そちらは今しばらくお時間をいただきたく」

「構わん。繋がり次第、干し椎茸をお送りしておいてくれ。それはこちらで用意する」

「かしこまりました。他にご用命は?」

「そうだな。弓と槍を百ずつ用意してくれ。もちろん矢もだ。とりあえずはそれだけだな」

「かしこまりました」


 頭を下げた四郎兵衛に金子を渡す。前金で全額をである。商いは信頼が第一だ。伝手の少ない今、四郎兵衛を手放すのが惜しい。多少リスクはあるが前金で払って損はないだろう。


 「確かに」と言い残して四郎兵衛は立ち去っていった。

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