第8話 武士の本懐
天文十七年(一五四八年) 四月 但馬国二方郡芦屋城
寒い冬も終わり、領内でも田植えが始まり活気が溢れてきた。俺の方も椎茸の栽培に精を出しているところである。結論から言うと椎茸の栽培には成功した。
ただ、成功したのだが実りが良くない。湿度が足りないのか、やはり塩害があるのかはわからない。やはり片道に二時間をかけてでも湯村まで向かうべきか。
それとも芦屋城と湯村の中間で適した場所を探すべきか。ただ、あまり知らない山に足を踏み入れたくないのも事実だ。どこに誰がいるかわかったものではない。
今はこの木に生えた椎茸を見守りつつ記録をつけている。どうやら椎茸は複数回に渡って生えてくるようだ。それであれば菌を付着さえさせれば手間はかからないのだろうか。要研究だな。
とりあえず、収穫した椎茸は試行錯誤して作成した竹炭によって片っ端から熱乾燥させていった。こうして一貫の干し椎茸が出来た。最初にしては上々だろう。
俺は天日干しよりも熱で一気に乾燥させた方が良いと思っている。椎茸も植物だ。収穫された後は鮮度が落ちる一方だろう。それであれば早く乾燥させるべきである。それに天日干しだと天候に左右されてしまうのが難点だ。
問題はこれをどう秘匿するかである。これを塩冶家の独占技術とすることができれば当面の利益は確保できるだろう。養父殿にもどう説明するか悩ましいところだ。まずは源兵衛に相談するかな。
何はともあれ干し椎茸を中尾四郎兵衛に買い取ってもらうとしよう。村井五郎右衛門を使いに出す。その間に源兵衛に相談しておこう。手近な女中に源兵衛を呼び出すよう依頼する。程なくしてドスドスと足音が響いてきた。
「彦五郎様。お呼びでしょうか」
「うむ。これを見よ」
俺は源兵衛に干し椎茸を見せる。源兵衛は二歩三歩にじり寄って干し椎茸を手に取りまじまじと眺める。充分に眺め終わった後、俺の顔を見て一言、如何なされたと問いかけてきた。
「育て、作ったのよ。俺はこれを売り出すぞ。そして銭を得るのだ」
自信満々にそう言うと源兵衛は顎の下に手を置き考え込んでしまった。そして小考したのちに一言。俺に面と向かって言い放った。
「彦五郎様。このことは殿に内密になさりませ」
源兵衛の言い分はこうだ。彼自身は銭を稼ぐことに賛成だが塩冶若狭守は良い顔をしないだろうと。良く良く聞いてみると、なるほど、この時代の考え方が良くわかる。
商いに精を出す。これは武士の本分ではない。行ってはいけない事とされているらしい。養父は昔気質の武士である。この事が白日の下に晒されると大目玉を食らうだろう。
「わかった。だが俺は止めぬぞ。この銭で塩冶をもっと大きくして見せる」
「もし怒られた時は、そうですな。私も腹を召しましょう」
「すまぬ。そうならないよう、細心の注意を払おう」
源右衛門は本気か冗談かわからない発言をしてにやりと口元に笑みを浮かべたのであった。俺はそれに感謝して頭を下げる。
後日、中尾四郎兵衛が俺を尋ねてきた。城では不味いということで最初に出会った芦屋城の麓にある浜、浜坂の港で落ち合うことにした。今回の供回りは五郎左衛門だ。
「ご無沙汰しておりましたな。して、本日は如何様で?」
「うむ。これを」
そう言って干し椎茸を四郎兵衛に手渡す。渡された四郎兵衛は目を丸くしてこちらをみている。俺には驚いているのが手に取るようにわかった。ただ、すぐに笑顔に戻る四郎兵衛。
「いやぁ、たまげましたな。これだけの量、よくも揃えられましたね」
「まあな。これで手に入れて欲しいものがあるのだが頼めるか?」
「物によりますが何でしょう?」
「種子島なる武器だ。手に入るか?」
すると四郎兵衛がこめかみをトントンと叩きながら種子島、種子島と呟いている。どうやらその言葉に聞き覚えはあるようだ。パッと出てこないところを見るとまだ種子島が普及してないのだろう。
「ああ、確か南蛮から持ち込まれたと言う武器ですね」
「うむ、そうだ。それと硝石を買い込んで欲しい」
「承知しました。干し椎茸ですが、また手に入りましたら直ぐにお呼びつけください」
どうやら大量の干し椎茸が相当嬉しかったようだ。ほくほく顔で去っていく四郎兵衛。俺としても悪くはない取引だった。干し椎茸はこれからも手に入る。俺にとっても良い取引だ。
さて、もう一稼ぎするために椎茸の栽培に精を出すとしよう。
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