第9話 種子島
天文十七年(一五四八年) 五月 但馬国二方郡芦屋城
一月後、中尾四郎兵衛が俺を尋ねて芦屋までやってきた。どうやら種子島が手に入ったらしい。源兵衛を伴に連れて芦屋のいつもの浜で四郎兵衛と合流する。
「お待たせしました。こちらが種子島にござります」
そういって片膝をついて恭しく種子島を捧げる四郎兵衛。確かに種子島だ。しかし、今の俺の身体では持てないので源兵衛に代わりに持ってもらう。そしてそのまま四郎兵衛に尋ねた。
「して、使い方は?」
「今お教えしまする」
源兵衛が四郎兵衛に扱い方を習っている。その最中、俺はある種の違和感を覚えていた。と言うのも四郎兵衛が軽装なのだ。一貫もの干し椎茸を渡したのだが。
そう思慮に耽っていると真横で轟音が鳴り響いた。心臓が止まるかと思った。耳がキーンとしている。そしてあたりが静まりかえり、浜に居た皆がこちらをいている。
「とまあ、このような使い方にございます」
苦笑いでそう伝える四郎兵衛。種子島を放った源兵衛もその威力に驚いているようだ。俺としては史実通りの威力だと感心するばかりである。問題は連射できない点だろう。
「それよりも四郎兵衛。種子島は何丁買えたのだ? それと硝石は?」
「種子島はそれだけに。そして硝石はこれに」
そう言うと四郎兵衛が拳ほどの腰巾着をこちらに渡した。中にはぎっしりと硝石が詰まっている。つまり、そういうことなのだろうか。確認のため四郎兵衛に問いかける。
「種子島はこれだけか? 硝石も?」
「ええ、左様でございます。やはり値が張りますなぁ」
けらけらと笑って居る四郎兵衛。干し椎茸が儲かると聞いて栽培に精を出していたのだが、それをもってしても種子島一丁しか買えんのか。一月に一丁のペースでは数を揃えるのは何年後になるか。やはり一人では限界があるな。
「して、今回も干し椎茸をお譲りいただけるので? あの種子島、高価過ぎて全く利益が出てないんですよ」
俺が頭を押さえていたのを気にも止めず、四郎兵衛は泣き真似をしながら俺と源兵衛の後ろにある干し椎茸に視線を動かしていた。抜け目のない商人だ。それだけに頼もしくもあるが。
「そうだな。銭に、黄金に替えよ。今少し蓄えることにする」
「かしこまりました。こちら、有り難く預からせていただきまする」
これは困ったな。問題は種子島が高価で手に入らないことだ。であればどうするか。種子島自体を作るか金を稼ぐしかないだろう。どちらも一人では限界がありそうだ。
「源兵衛、領の鍛冶師に種子島の製造が能うと思うか?」
「……難しいでしょうな。緻密な絡繰が多数使われていると存じまする」
作るのが難しいとなれば、やはり買うしかあるまい。となれば銭を用立てなければならん。干し椎茸の他に稼ぐ算段を考えなければならんな。ふむ、米でも買い漁るか。
米を買って必要な場所に高く売る。これから毛利や長尾は戦となるはずだ。米が必要になってくるだろう。豊作の国から買い付けて不作の国に売り付けても良いな。その場合は甲斐武田に売りつけるのも面白いか。
ただ、それを行うには情報が要る。となれば細作を雇う、いや召し抱えたいところである。細作について本腰を入れて調べるとしよう。
芦屋城に戻ったあと、俺は村井治郎左衛門を呼び出した。父親の方である。そして細作、忍、素っ破など何でも良いのでそれらしき情報を知らないか尋ねてみた。
「そうですな。隣国の尼子は鉢屋衆なるものを重用していると耳にしたことがありますぞ」
「当家でも細作を召抱えたい。なんぞ当てはあるか?」
そう言うと治郎左衛門はゆっくりと首を横に振った。流石にそんな当てがあるはずもないか。同様に源兵衛にも尋ねてみたが駄目であった。こうなっては甲賀や伊賀から召し抱えるか。しかし銭がない。
皆には「何か細作の手がかりがあれば伝えよ」とだけ言い残し、しばし思案に暮れていたところ、養父殿から呼び出しが掛かった。待たせるわけにもいかないので直ぐに向かう。
「お呼びでございますか」
「おお彦五郎、来たか。もう少し近う寄れ」
そのまま数歩躙り寄る。それをみた養父殿がゆっくりと口を開いた。
「その方、細作を探しているようだな」
「はっ。戦が近くなりました故」
嘘も方便とは良く言ったものだ。本当は違うのだが因幡攻めは刻一刻と近づいてきている。これを理由に細作を探していると考えてもおかしくないだろう。養父殿も「そうか」と小さく呟いた。
「しかしな、当家には細作を雇う銭はない。それから因幡攻めは刈り入れ前に出陣と決まった。今回は儂と雪村源兵衛、村井治郎左衛門と米山弥太郎にて出陣いたす。その方は村井五郎左衛門と此処の守りを固めよ」
「はっ」
養父殿から釘を刺されてしまった。しかし、出陣は刈り入れ前か。となると七月あたりが濃厚だろう。この戦、勝ち目はあるのだろうか。徒らに兵を浪費されるのは困る。賠償なども大変なのだ。
「そう案ずるな。この戦、我らの勝ちよ。因幡の武田が御屋形様に寝返っておる」
俺の不安そうな表情を察してか、養父殿がそう説明する。因幡の武田と言えば因幡山名氏の重臣だったはずだ。それが味方しているとなれば勝ったも同然であろう。
「それを聞いて安心いたしました」
「余計なことをせんでくれ。その方は跡取りとしてドンと構えてくれれば良いのだ」
「承知いたしました」
養父殿の前を辞する。そう言うのであれば今回の因幡攻め、俺は何も考えなくて良さそうだ。金稼ぎに徹していよう。とは言え、未だ良い方策は見つからず八方塞がりであることは否めない。こう言う時は気分転換に温泉に浸かりにいくとするか。
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