第7話 浅慮

 俺は屋敷に戻った後、五郎左衛門の父親である村井治郎左衛門に二方郡の詳細を尋ねることにした。四十前のいかつい顔をした面長の男こそ、村井治郎左衛門である。


「それで、伺いたい事とは?」

「うむ。この二方郡のことである。先ほど、五郎左衛門と共に湯村温泉へ行ってきた。あの辺りも我らの領地か?」

「左様にござる。その奥に聳える扇ノ山の向こうまで我らが二方郡でございます」


 なるほど。二方郡が広さの割に石高に恵まれないのは山岳地帯だからだろう。山を切り開く国力も無ければ活用する方策もない。早めに打開策を考えなければいかんな。


「それが如何したので?」

「うむ、五郎左衛門」


 俺が一声掛けると五郎左衛門が地図を持ってきてくれた。と言っても二方郡の、それも大雑把な地図だが。それを元に俺の考えを治郎左衛門に伝える。


「この湯村温泉の川を挟んだ此処に城を築きたい。南の平野を抑えると共に芦屋の後詰めにも使える城だ」


 山の上なのでそれなりに堅固な城が築けるだろう。それに今年は因幡国に攻め込む手筈になっている。向こうの後ろに尼子氏が居る以上、決着はすぐにつかないだろう。国防のためにも必要な城だ。別に俺が温泉に入りたいがためにそう言ってるわけじゃない。


 俺の話を聞いてうんうんと唸る次郎右衛門。どうやら餓鬼の戯言と言わず真摯に取り上げてくれているようだ。それは俺が次期当主だからかもしれないが。いや、だからだろう。


「難しいでしょうな。まず、新城を普請するための金子が足りませぬ」

「それは養父殿、いや御屋形様に出していただくわけにはいかんか? 因幡攻めには必須の城ぞ」


 当家には銭がないのだ。養父殿に工面してもらうのは難しいだろう。では、御屋形様なら如何か。七美郡の田公氏と争いになれば因幡攻めどころではなくなる。抑止力として城が欲しいと言う算段だ。


「厳しいでしょう。御屋形様はご自身の軍備増強に余念がない。銭を城普請に回すのであればそれは馬になりまする。それに必要性を感じませぬ。湯村まで此処より徒にて一刻ほどでしょう。歩けぬ距離ではございませぬ」


 確かにそう言われればそうだ。治郎左衛門すら説得できないのであれば養父を説得することなど能わないだろう。そして御屋形様など夢のまた夢。椎茸の栽培の為に湯村の方へ移動したいのだが、それを話すわけにもいかない。さて、どうしたものか。


「しかし、なかなかどうも考えましたな。幼子がここまで考えるとは。この治郎左衛門、感服いたした」


 みるからに落ち込んでいる俺を慰めようとしてか、治郎左衛門がそう言って頭を下げる。確かに五歳で此処まで考えていたら恐れ入るだろう。すまんな、中身はおっさんなんだ。


「我が家の金子はそんなに心許ないのか?」

「まあ裕福とは言えぬでしょうな。彦五郎様が仰られた通り、因幡攻めが控えております。それを考えれば浪費は出来ますまい」


 そうなのだ。戦というのはお金がかかる。武具の準備から小荷駄の用意まで全て金がかかる。その上、農民を徴兵するとなれば領の農作業が止まってしまう。いくら閑散期とは言え領民に土地を開墾させたりとやれることは山積みなのだ。


「確かに治郎左衛門の言う通りだ。どうやら俺が浅はかだったようだ」

「いえいえ、なかなか良いお考えにございました」

「因幡攻めはいつ頃の予定なのだ?」

「殿曰く、恐らく刈り入れ前になるだろうと」


 刈り入れ前となると六月もしくは七月あたりだろうか。となると半年もないな。急いで干し椎茸の栽培を始めなくては。


 本来ならば湯村温泉のブナの雑木林で試したいところだったが背に腹は変えられん。塩害の少ない芦屋城の南側で試すとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る