第5話 山名

天文十七年(一五四八年) 二月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶彦五郎


 芦屋の冬は寒かった。海沿いと言うことも影響したのだろう。夜は死ぬのではないかと思うほどに寒かった。早く防寒具が欲しいところだ。そう思いながら床に就いてこの数ヶ月間を振り返る。


 冬の間、俺は武に文に大忙しであった。源兵衛からは徹底的な走り込みと素振り。それが終わると手習いであった。武士は文字が書けんといかんようだ。


 源兵衛曰く、俺は飲み込みが早いらしい。それもそうだ、中身はおっさんだぞ。字は上手く書けないが識字は順調に覚えている。何せ同じ日本語だ。だが、字は難しい。最初はミミズにしか見えなかったからな。


 それから正月を迎えた。この国での初の正月だ。それは実に質素なものであった。武士であるが故に質素倹約を常としているのか。それともただ単に銭が無いだけなのかは悩ましいところだ。


 身内での正月を祝い終えると、次は主君の元へ祝いにいかなければならない。そして、これには俺も同道した。なんせ塩冶家の次期当主だからな。主家筋に顔を見せておくのも大事だろう。


 但馬国を治めているのは山名右衛門督祐豊である。名門の山名氏で良い御屋形様なのだそうだ。俺には接点がなく、ピンとこないが。そして裕福のようでもある。それは城下町や城を見ればすぐわかった。


 話によると山名氏は銀山を持っているようであった。数年前に生野で銀山が見つかったらしい。そりゃ裕福になる訳だ。


 しかし、金子回りとは裏腹に山名家の内情は素晴らしいものではなかった。山名右衛門督が完全に掌握出来ているのは但馬国の出石郡のみである。何ともお粗末な結果だ。これは先代からのツケだろう。


 それ以外の郡は国人たちに抑えられているのだとか。朝来郡には太田垣土佐守輝延、養父郡に八木但馬守豊信、気多郡と三含郡には垣屋越前守続成、城崎郡には田結庄左近将鑑是義。彼らが山名四天王と呼ばれているようだ。


 残りの七美郡には田公土佐守豊高、二方郡に我らが塩冶氏が居を構えていると言うところだろう。色々と突っ込みどころが多すぎて困るな。


 まず、なんで同じ官位が二人もいるんだよ。そんなに土佐守にこだわっているのか。土佐にいるわけでも無いのに。そして山名氏は国人衆を統制できているのだろうか。名前だけ聞くと八木但馬守が但馬国守護にも聞こえるんだが、何故こうなった。


 生野銀山は太田垣氏が管理してるし、守護代の垣屋氏は主君よりも多い二郡を支配してるぞ。これで良く家中を纏めることができるな。いや、纏めてると言うことはやはり傑物ということなのだろうか。いや、本当にまとまっているのだろうか。良くわからなくなってきた。


 おそらく、現代人の俺には直ぐに理解できない何かがあるのだろう。ただ、明らかに論理だっていないのだけは理解できる。名誉や家名など、この時代の学ばなければいけないことが山積みだ。


 そしてさらに俺の中では成果もあった。と言うのも山名家の内情を知ることができたことだ。どうやら家臣団は一致団結しているわけでは無いらしい。一枚岩では無いのだ。


 山名四天王の垣屋氏と田結庄氏の仲が良く無いらしい。一つ、何か爆弾が落ちれば争い始めるだろう。順当にいけば垣屋氏が勝つだろうが果たして。


 それと、我らが御屋形様はもう一つ嫌な話をしていた。今年は因幡国に出陣すると。どうやら因幡国を治めている親戚筋の山名左馬助久通を討つのだとか。


 この山名左馬助だが、本来は誠通と名乗っていたようだ。これは御屋形様の父上である誠豊の諱を貰っていたのだが、尼子氏に従属したため、名を久通と改めたらしい。


 流石にこれは許せなかったようだ。それもそうだ。山名氏の諱を捨て尼子氏の諱である久を取り入れているのだから。あとは出兵時期が何時になるかが問題だが、稲の刈り入れ前か刈り入れ後だろう。


 もちろん我らも出兵しなければならない。これは養父が赴くだろう。やはり自領を富ませなければ。火種はあちこちに落ちている。海と山が大部分を占める二方郡でどうやって米を実らせるか。


 やはり一筋縄ではいかないようである。

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