告白攻防戦
喫茶店にはある男女の客が一組いた。恐らくデートをしていたのであろうがどうも雰囲気がおかしい。
何かお互いまずいことが起きたように浮かない顔をしている。それはその通りにお互い別々に問題を抱えていたからだ。
まず男の方。名前は久光士、職業は漫画家。彼は今日が誕生日である彼女にプレゼントを贈ると同時に結婚を申し込もうとしていたのである。
彼はあまり顔には出さないが彼女のことを愛していた。自慢になれるよう作品にも力を入れ、長期連載コースも確定した。
これはもうこの日に結婚してくださいと言うしかなかろうが! 一念発起し指輪も買い準備した、あとは海辺の公園で告白しようとしていたのだが問題が発生した。
それは彼女が公園とは反対の夜景がキレイなビルへ行こうと言い出したのだ。
あまりどこか行きたいなど言わない彼女がこう言ったのだ、無下にはできない。だがこのままだと今日に告白できない。
彼氏の方はこのように悩んでいたが彼女の方、水口明奈は何を悩んでいるのか。
彼氏は連載が長く続いている。そしてきっとこのあとも日夜眠らずに働くだろう。
ならそんな人を誰が支えるのだ。東京に上京してきた彼を支えるのは誰なのか? 私ではないか。
男から結婚を申し込むのが常識だろう、だが彼がそんなオシャレなことをする余裕などないだろう! だから私が告白する。
シナリオはこうだ。まず夜景のキレイな高層ビルに行く。ここにはいい感じの展望台がある。室内全面ガラス張りの場所なのだがあまり知られていない。
そこでしばらく話した後に私が誕生日プレゼントが欲しいと言う。そしたらきっと「何が欲しいの?」と聞くだろう。そしてこう言うのだ。
「貴方とずっと一緒に居られる権利を下さい」
完璧だ。あまりオシャレなことが苦手な私だけどかなり自信がある。指輪も買った。店員さんには驚かれたがそれで良い。
なので後は展望台に行くことなのだが、ここで問題が出てきた。普段はどこかへ行きたいなどと言わない彼がなぜか海辺の公園に行きたいと言ったのだ。
彼の将来を祝いたい気持ちもあるし、滅多に行きたい場所など言わない彼が言うのだから行ってあげたい。(まぁお互いがアクティブじゃないので上手く行ってるのだが)
しかし展望台と公園は真反対である。今からの時間だとどちらか一方にしか行けないだろう。
展望台で決めてしまったので他の場所だと人も居るだろうし恥ずかしい。このままだと今日中に告白することができない。
――――つまり今、俺が(私が)すべきことは、なんとかして海辺の公園(高層ビルの展望台)に誘導して告白することだ!
この状態になり最初に動いたのは士の方だった。
「そういえば……さ、確か前に美味しいケーキが食べたいって言ったよね」
「えっ、確かに言ったけどかなり前の話だよ?」
「良いから良いから」
この話を明奈が覚えてくれていて良かったと、心の中で軽くガッツポーズをする。何とかこのまま流れを持って行きたい。
「なんか最近マリンシティーの近くで新しいケーキ屋さんが出来たらしいよ。その場で食べれるらしいから行ってみない?」
心引かれる誘惑だったが明奈はなんとか耐えた。私が言ったことを覚えていたことも嬉しいし、正直行きたいけどそれは結婚してからにしよう。
マリンシティーは公園近くにある商業施設。行ったらそのまま公園に行くことになるだろう。
なるほど、そっちがそのように誘ってくるなら私も遠い記憶を引っ張りだしてこう提案してみた。
「あっ、でも確か士くんの漫画で大人をもう少し出して欲しいって言われてたよね」
「ん? まぁ確かに子どもばっかりだから大人の色気が欲しいと言われたな」
よし、これから長期化していくのならキャラも当然増やさないといけなくなる。今後の展開も含めるなら取材は少しでも多くしたいだろう。
「私が行きたいビルにいい感じのバーがあるらしいよ。お酒もお互い好きだけどまだ行ったことなかったよね、一回行ってみない?」
「確かにそれは良い…………、いやいやまだ俺には場違いな雰囲気だよ。それに俺の仕事に付き合わせる訳にはいかないよ、誕生日なんだから」
「誕生日なんだから、私の行きたいところに行かせてよ、ね」
しまった、士はまずそう感じた。このままだと向こうのペースに持っていかれてそのままになってしまう。どうにか話をこちら側に戻さないと!
焦りを見せていた士の前に、ケーキが二皿持ってこられた。
お互いコーヒー以外は頼んでいないので急に置かれたケーキに戸惑っていた。しかもイチゴにチョコレート、そしてチーズの三種もある豪華さ。こんなのメニューにも載っていなかったはず。
二人はコレを持ってきたマスターに目を向けると、渋く立派な髭をもったマスターはニッコリと笑った。
「いえお話が聞こえてきましてね。どうやら彼女さんが誕生日だそうですね。これは私からのプレゼントですのでお代は結構ですよ。それにお客様はお二方だけで暇でしたしね」
『『格好いい!』』、思わず二人は心の中でそう叫んでしまった。
白い髪ながらも老いた面持ちはなく、オシャレで白くしているかのようなマスターは立ち去ろうとしたときに足を止め、そうそうと前置きをしてから話始めた。
「何か思いを伝えるというのはどうせなら良い格好をしたいと思うのは当然でしょう。ですが、何より気持ちをどれだけ伝えれるかが一番大事なのではないでしょうかね?」
ポカンとしている二人を見て再び微笑むと、「しばらく私は洗い物をするのでお会計の時はベルを鳴らして下さい」そう言ってそのまま裏へと行ってしまった。
――――そこから二十分ほどした頃にベルが鳴らされた。
マスターは幸せそうな二人の笑顔と、お互いの指に付けられた二つの指輪をみながら笑顔を見せた。
伝票を受けとると、世間話をするようにこんなことを言った。
「私の知り合いがやっているお店なのですが、海がキレイに見えるバーを経営しているのですよ。あまり人も多くはありませんし行ってみてはどうでしょうか」
全ての会計を済ませレシートとお釣を渡す時、静かで温かみのある声で「おめでとうございます」と、新しい夫婦を祝福したのであった。
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