嫌われるためのA to Z

「それでは師匠、今日もお願いします!」

「いやあのね、日野さん。昼休みは一人になりたいから帰ってくれない? あと同年タメだし師匠はやめて」


 俺が中庭の端にある誰も使わないベンチで、優雅にお昼を取っていた。入学当初からこの時間が間違いなく心休まるものだった。

 なのに最近は、食事を始めると数秒もしない間に自称弟子のコイツが隣に座り出してしまうのだ。


「日野さん、いい加減俺を一人にさせてくれないかな。俺は平穏をとにかく愛していて、」

「なるほど! そうやってのらりくらりとしゃべることで相手を退屈にさせて嫌われるわけですね。勉強になります!」

「おーい、話聞けやちょっとぐらい」


 日野サクラ、学年内での知名度は高く。誰からも信用に置かれている。頼まれた仕事は必ずこなし、どんな頼みでも無理ノーとは言わない。最強のお人好しがコイツだ。

 で、そんなヤツがなぜ俺のところ何ざに来ているかと言うと……、


「それでは今日も、嫌われるための術を色々観察させてもらいます!」


 こういうことである、訳が分からない。いや訳は分かる、最初俺を付きまとい始めた頃に言っていたから。

 彼女は自分のお人好しな性格を直したいらしい。ちょっと手伝うくらいなら良いが宿題を写させるなどは少し違う。でも断れない。

 それをどうにかしたいというのは分かった。だがそれがどうして嫌われようとすることになったのか。そしてよりによって学校一の嫌われ者である宮藤征治くどうせいじを追い回すことになるのか理解しがたい。 


「ところで今日はサンドイッチなんですね。美味しそうですね、私は海苔弁です。二十日連続でこれなんですよ」

「……そんなに物欲しそうに見られてもあげないからね」

「――ッ! なぜそんなにあっさりと拒否を」


 やたら大層に驚いてるが普通だからね。あげたくないからあげないだけだし。ってか何で二十日も海苔弁食ってんだよ。弁当屋のヤツなんだから他にもあるだろ。

 そんな俺の考えを知ってか知らずか、驚きで固まっていた日野はハッと体を震わすと、コチラを上目遣いで見ながら語り出した。


「いやですね。このお店のおばあちゃんが『朝は人が多くて作るの大変だから、学生さんは全員楽な海苔弁にしてくれないかな』と頼まれたのです。でもさすがに二十日はキツクて……」

「おい日野、良いこと教えてやろう。そのばあさんの発言は百冗談だ」

「えっ、笑いながら言ってましたけど冗談なんですか!? なら明日から海苔弁以外にも」

「あぁ買っていい。ってか笑いながらなら二億パーで冗談だ」


 それを聞くと両膝を地面に付け、まるで天にいる神に捧げるかの様に海苔弁を掲げながら涙をポツリと流していた。気のせいか日野の周りだけ光が強く射し込んでいるかのように見える。


「あぁ、明日は私絶対に鶏飯を買います。あの甘辛そうなタレを食べてみたいのです」


 感嘆の息を洩らしながら大げさに下らないことを言っている。そこまで追い詰められるほど海苔弁を食べるとは。やたら海苔弁食べてるなとは思ったけど、貯金してるのかよっぽどお金が無いのかと思ってた。

 人がいないため、日野の奇行は誰にも見られてはいなかった。もし見られてたらどんな噂が新しく飛ぶかは想像できない。まぁ今のが海苔弁からようやく解放されての喜び表現だとは誰も分からないだろうが。


「さすが師匠、相手の発言が嘘かどうかを話を聞いただけで分かるとは。だてに裏で鬼畜や外道と言われているだけはあります」

「ちょっと待って、俺裏でそんな言われようなの。自分が知り得てた範疇を越えてる悪口教えるのは止めてくれないかな」


 他人の意見は全てカスだと考えてる俺でもさすがにショックは受けるよ。あと誰が言ってたかを必ず特定して復讐しないといけなくなってしまった。

 とりあえず特定したらバレンタインの日にでもハートの箱一杯にワカメ詰めて下駄箱に入れておこう。


「いやいや私は褒めているんですよ。その嫌われ様はホントに羨ましい限りなんですから」

「褒めてないからそれ。ってか別に俺は嫌われようなことしてないのにコレだから。逆恨みなんだよ全部」


 またまたと言いながら笑ってる。どうも信じてなさそうだ。だがこれは間違いなく事実だ、勝手に自滅しておいて人のせいにする。クズの極みだね。まぁ多少は悪いと思ったこともある。

 小学校の頃ガキ大将気取りだったヤツの鉛筆の芯を毎日折ったり、上履きを毎朝若干湿らせたり、机にコンパスで穴を開けてプリントを書きにくくしたり。あまりにもこの方法は粘着質過ぎた。

 今だったらこんなことはしない。一つ大きいのをやって終了する。

 俺がそんな回想をしながらサンドイッチを取ろうとすると何か違和感を覚えた。そしてすぐに手元の袋を目にやる。


「おい、一個減ってんだけど」

「えっ、しし知りませんよそんなこと。あ、あれですよ気づいてないだけで師匠が自分で食べたんですよ」



 …………………………………。



「カラシマヨ付いてるぞ」

「えっ、ウソ。ホントですか――ハッ!」


 やっぱりコイツじゃねぇか、いつの間に盗んだんだよ。

 あっさりと見破られたからか、やたら慌てふためいている。

 俺はその隙に、一切手をつけずに残っていた磯辺焼きをヒョイと摘まんですぐに口へと放り込んだ。


「あーー! 私がせっかく残していたのに」

「テメェも盗ったのだからこれで平等イーブンだろ。ってかもう飽きてんだから良いだろ」

「それとこれとは違うのですよ」と愚痴たれているが、文句を言う必要性はないし俺のせいではない。


 だというのに、理不尽に睨まれたあと勝手に拗ねて口を開くことはなく黙々と箸を進めている。

 いつか謝るだろうと思っているのだろうが、そんなもので折れるほど俺は甘くない。ってかおしゃべりの日野が黙ることなどできやしないだろう。


「――あのー、師匠には声かけられましたか?」 


 ほらもう話しかけてきた。ってか忍耐無さすぎだろ、もう少し頑張ってみろや。


「で、何声をかけられたって?」

「あれですよ北川くんが先生を驚かせるためにプレゼントを買うお金を集めてるヤツ」


 はっ、プレゼント? なんでそんなのが必要になんだよ。別になんかイベントあるわけでもないし、そもそも違うクラスだから話がくるわけないだろ。


「いや凄いですよね、北川くん。先生にバレたくないからってわざわざ校舎裏でお金を渡す徹底ぶりだし」

「――なぁ日野。それって他のヤツが北川にお金渡すとこやクラスでその話が上がってるのか?」

「いや? バレるといけないからクラスではその話もしませんし。慎重に一人一人もらってるようです」


 バカだろ、いやマジかよ。えっ待って、いやいや無いでしょ流石に。マジでか、えっマジでか。これはお人好しじゃないバカだ。


「ねぇねぇ師匠もカンパ参加してもらってもいいですか?」

「な訳ないだろ。自分のクラスでやっていても金出すことはねぇよ」

「なるほど。なら断った方が好感度下げられたんですね」


 どうしてそこまで好感度下げたいと思ってんだよ。たぶんコイツは嫌われる行為が絶対できないな。

 俺は残りのサンドイッチを口に頬張ると袋をグシャッと握り潰して立ち上がる。

 

「あれ師匠どこいくのですか、私もお供しま、グフグフッ!」 

「付いてくんなトイレだ。あと無理に掻き込まずに味わって食え」


 トイレと言えばさすがに付いてこようとはしない。これで付いてきたらただの変態だ。

 とりあえずここは一人にならないと準備が出来ないからな、まぁそこまで大がかりじゃないからすぐに終わるかな。

 近くにゴミ箱を見つけたので手に持った袋を投げてみた。するとキレイな軌道を描きながらゴミ箱へと吸い込まれていった。

 どうやら天は俺にやれと言ってるようだ。






 ――――数日後



「師匠、聞いて下さい」

「昼に来ないから今日は平穏だと思ってたのになんだ」


 下駄箱で靴を履き、さっさと帰ろうとしていると日野に捕まってしまった。結構急いだつもりだが遅かったか。


「で、なんの様だ」

「これ、これ見てください」


 するとポケットから剥き出しの五千円札を取り出して見せてくる。やたらキラキラした目で見せてくるが何か言ってもらわないと分からないのだが。


「やりましたよ。師匠コレですよ、コレ」

「いや、なんだよ。コレじゃなくて言葉でしゃべれ」

「あのですね。コレは北川くんに渡してたお金なんですけど、なぜか昼に返してきたのですよ」


 あー、そのお金なんだ。ようやく返したんだ。何気に粘っていたがさすがに折れたか、まぁ記録は更新したかな。


「これってあれですよね。アイツの金なんか使いたくないって意味ですよね。なんか態度もよそよそしかったですし。と嫌われてますよね私!」


 なるほどそう捉える訳なんだ。相変わらず都合の良い脳ミソしてくれてることだ。まぁもしかしたら、適当に一人前だとか言えば去ってくれるかもしれない。


「なぁお前はもう十分嫌われ始めてるから、そろそろ」

「いいえ、まだまだです。私は嫌われ者としては師匠の足元にも及びません。なので放課後もお供させて下さい」


あー、もしかしてコレはどんなに嫌われ者になれても付きまわって来るんのは絶対かも知れない。これ卒業まで付きまとわれないよね?


「勝手にすればいいんじゃないか?」

「えっ、あっさりオーケーですか!? 珍しいこともあるですね、それじゃあ早速行きましょうか」

「その五千円でなんか奢れ」

「えー、まぁ良いですけど。そういえばですね師匠、何か北川くんが近づいた時なぜか海藻臭かったんですけど原因分かりますか」

「さあな、知らん」


 短く言い捨てるとそそくさ歩き始める。少し慌てた様に日野が付いてくる。よく付き合ってるのかと言われるがそうではない。勝手に付いてくるだけだ。

 まぁ強いて言うなら師弟関係。それ以上もそれ以下でもない、これだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る