『医食同源』は日本人が創作した?の話。
奇水です。
ライトノベル作家としてデビューして十年目です。
うち六年は病気で本とか出せてません。
近年は加齢による体力の衰えもあってか、どうにも体の具合がよくないです。
どうよくないのかというと、「上手く言語化できないけどなんかしんどい」感じです。もしかしたら、同年代の人たちはみんなそうかもなんですが。
もしかしたら、最近までの食事はほぼコンビニ廃棄弁当に頼っていたので、そのせいかもしれません。炭水化物と脂質がやたらと多いですし。
いやま、カロリー制限していると、案外と血糖値の変動はなく、安定しているのですが。
それをお医者さんにいうと「まだ若いからよー」と言われました。
49歳は医学的?には「まだ若い」になるんですかね。
ここまで前説。
食べたものが健康に関係するというのは、大仰にいえば「医食同源」というものですけど、これが日本人が創作した言葉だと先日に伺いました。
そこに至るまでの話が入り組んでいるので、さっくりとどういう経緯で知ることになったのかを説明しますと、とある事情で『考証要集』という本について調べる必要ができたので、とりあえず『X』でこの本を検索してみれば、『医食同源』についての箇所が引用されてポストされ、「『医食同源』は1970年代の日本人が作った」とあるのを見かけたのです。
「それは知らなかった」
と気になった私は、もともとの調べごとを横に置いといて、今度は『医食同源』で『X』検索しました。
そうすると、次々に同様のポストを見かけるではありませんか。
その話の出どころがすべて前出の『考証要集』によるかは不明ですが、その本には
『「医食同源」は1970年代に、健康食品ブームをあおるために日本で作られた言葉。中国・台湾・韓国に逆輸出され、日本人観光客が喜ぶのでレストラン等で使われるようになった』
とあるようです。
重ね重ね、知りませんでした。
しかしそのときの私は、『考証要集』に問題を感じて調べていたわけで……
とりあえず、国会図書館デジタルで調べました。
すると――
いきなり、1963年の本がヒットしました。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2500349/1/49 #国立国会図書館デジタルコレクション
本のタイトルは『香港の味 : 話題からたべる中国料理』。
著者は楊萬里。
以下はウイキペディアらの引用です。
楊 萬里(よう ばんり 1919年9月15日 - 2000年12月18日)は、中国広東省出身で日本の中国料理研究家の先駆者のひとり。中国名は楊博文。1973年日本に帰化、本名は弘農博文。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%8A%E8%90%AC%E9%87%8C
えーと。
なんかもう、いきなり全部――1970年代に日本人が作った――が否定されてしまったというか……いや、帰化したから一応、日本人が作った言葉ということになるのかな。
1963年というのも、大雑把には1970年代といえなくも……。
いや、さすがに無理があるか。
とにかく、調べだしたのっけから、こんな感じです。まだ「楊萬里氏が創作した言葉」という可能性は残されていますが……。
それでも
『「医食同源」は1970年代に、健康食品ブームをあおるために日本で作られた言葉。中国・台湾・韓国に逆輸出され、日本人観光客が喜ぶのでレストラン等で使われるようになった』
には、あんまりかすりません。
その時の私は、ひとまず楊萬里氏についてのwikiの記事を読んでみましたが、
「NHKの「きょうの料理」をはじめ、民放で数多くの料理講習やトーク番組のほか、ラジオ、雑誌で中国料理法、理論、医食同源論、薬膳等を紹介した」
とのこと。
そこまで読んだ時は、私は楊萬里氏が「菜食同源」を「医食同源」と勘違いして使って、当人が気づかずにそのまま遣い続けて…などと考えましたが、wikiではこれ以上のことはわかりません。
ちなみに『医食同源』の記述がある本は、同年にもう一冊、『看護教育4』があり、残念ながら、こちらには国会図書館デジタルでは読めませんでした。もしかしたら、他にもあったのかもしれませんが、国会図書館デジタルに収蔵されていない本は探しようがありません。
とりあえず、 『考証要集』のソースが丁宗鐵『正座と日本人』だと書かれている……と教えていただいた私は、Kindle Unlimitedに登録されているのを確認すると、確認に該当箇所を読んでみました。
そうすると、目新しいことが書いてあったわけではなく――つまりは、すでに『X』が書かれていたことがあったのが確認できました。
それでは、丁宗鐵先生が何処からここらの話を仕入れたのでしょうか?
それについて考える前に、「医食同源」で検索することをまずしてなかったということに私は気付いたのでした。
……なんで忘れてたんでしょうね。
多分、いらん情報がいっぱいあって、そのなかから必要なものを探し出すのがめんどうくさいことになるだろうなあ、みたいな予感があったのでしょう
果たして検索すると、wikiに『医食同源』はあり、その起源などについて詳細は書かれてしました。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E9%A3%9F%E5%90%8C%E6%BA%90
〝「医食同源」という言葉は中国の「食薬同源」の思想が1973年で日本に伝われた時、日本人が作った造語である。「医食同源」は2000年代から発想の元になった中国へ逆輸入されている。
初出は1972年、NHKの料理番組『きょうの料理』の特集「40歳からの食事」において、臨床医・新居裕久が発表したもの(NHK「きょうの料理」同年9月号)。これは健康長寿と食事についてのもので、中国に古くからある薬膳の「食薬同源」を紹介するとき、薬では化学薬品と誤解されるので、「薬」の漢字を「医」に代え、拡大解釈したものであると新居裕久は述懐している〟
はい。
すでのこの記事を読まれている方には既知のことですが、ここに書いてあるのはだいたい事実に反します。
1963年には中国人の楊萬里氏が著書に書いています。
これはどういうことでしょうか?
色々と考えられますが、1963年の本に、今と同じ意味の「医食同源」の記載があり、同年の『看護教育4』にも『医食同源』があるという事実からすれば、1972年に創作され、広まったというのは間違いといえるでしょう。
まあ「色々」とかではなく、新居裕久氏の記憶が曖昧になっていた――では済む話ではあるんですけど。
wikiの記載によるなら、新居裕久氏の述懐は『21世紀の医食同源 - 医者も奨めるかんたん美味レシピ93』にあるもののようで、これは2008年刊行です。つまり、1972年からは36年経過しているわけで、1928年生まれの新居裕久氏は80歳……記憶が曖昧になっていたり変形していたりしても、なんら不思議ではありません。
あと、wikiの『医食同源』の記述を読んでいると、NHKの「きょうの料理」が気になります。
楊萬里氏も、1971年から「きょうの料理」に出ていたのですから。
ということは、新居裕久氏は楊萬里氏と共演していた可能性がでてきます。
まあこれ以上の調査は、ネットだけでは無理そうです。
ここまで書いて〆てもいいのですが、『X』で『医食同源』を検索していて気になるのは、この言葉が中国の言葉としておかしいとか、大陸にはこんな考えはないとかいうポストの数々です。
楊萬里氏が『医食同源』を創作したのなら、とも考えましたが、氏は帰化日本人で、中国語としておかしい言葉になるというのは考えにくい気がします。それとも、これらの評も『21世紀の医食同源 』に書いてあり、それの受け売りを皆はポストしているだけなのか。
あるいは、氏の創作でなかった場合は?
楊萬里氏の出身地である広東では、独自の概念として「医食同源」が生まれていたのでは?
とまあ、新たに疑念は次々と湧いて出るのですが、それこそ今の私には、確認のしようはありません。
とにかく、『医食同源』は日本人が創作した――ではないということが解ったので、よしとして、この回は終わります。
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