沖田総司の三段突きと天然理心流の話~ツワモノガタリを読みながら~

 奇水です。

 電撃文庫などで書いてました。担当様はKADOKAWAを退社されたので、もう書けるかどうか解んないんですけど。


   ◆ ◆ ◆


 最近は時代小説熱がでてきて、それに挑戦中なのですが、今ひとつ実を結び予感がありません。

 どうなるんでしょうね?


  ◆ ◆ ◆


 現状の時代小説の世界では剣豪モノとか今ひとつ……というか、売れている一部の人に独占されている環境のように聞きますけど、全てがそうでもなく、今後もどうなっていくのかは流動的なように思います。

 あと、時代小説ではなく漫画の方では、相変わらず新選組や剣豪がでてくる作品はそれなりに人気があるようです。 

 特に最近は、新選組が活躍している感じがありますね。

 新選組には本当に最近までたいして興味がなかったのですが、剣術史を語る上では外せない存在ではないかと思い、最近は折を見て関係資料など見たりしています。

 まだそんなに詳しいわけではないのですが、とにかく情報量の多さに圧倒されてしまいます。

 沼る人たちがいるのも納得ですね。 

 深い。

 そんなに情報量が多い存在ですから、当然、フィクションにされる時の切り口は幾つもあって、最近でも私の知る限りでギャグ風に試衛館(最近は試衛場といわれる)の面々の若き日の生活を綴る『新選組といっしょ』、少年の視点から見た京都の新選組を描いた『青のミブロ』、戊辰戦争以降の土方歳三の戦いを描く『星のとりで~箱館新戦記~』、登場人物たちがみんなヤンキー漫画のノリの『ちるらん 新撰組鎮魂歌』、司馬遼太郎先生の不朽の名作のコミカライズ『燃えよ剣』……

 他にもいっぱいあるんですが、私がすぐ挙げられるのは、このくらいですかね。

 そんな中で最近私が注目しているのが、『ツワモノガタリ』です。

 ある夜の新選組の面々が、「この国で最強の剣客は誰か?」と近藤勇から言われて皆で自分たちの知る限りでの最強の敵たちを語るという筋立てで、これがとても楽しい。

 作中での戦いは虚々実々、史実と掠るところもあれば、まったくそんなことはあったわけでもない……しかし、もしかしたら、ありえたかもしれない――

 そんな戦いの数々。

 そうして幕末の剣士たちを語るという、連作短編集的なものですね。

 こういう切り口で、色んな剣客たちを紹介するというのはとても面白いですね。作中で紹介されている剣術の蘊蓄も楽しい。毎回webでの更新を楽しんでいます。

 今(注1)は全話無料でwebで読めるので、この機会に興味があれば読んで見るのもよいかと思います。


 さて。

『ツワモノガタリ』で最初に紹介されているのが、沖田総司の天然理心流と、芹沢鴨の神道無念流ですね。

 ここらの戦いの詳細は作品を読んでいただくとして、迫力がある戦いでした。

 そして当然のように出てくる、沖田総司の〝三段突き〟――

〝三段突き〟は新選組に興味がそんなになかった私も知っていたくらいの有名な必殺技で、沖田総司がそれを使うと、三回の突きが一本の糸を引くように見えた……みたいな文章を何処かで読んだ記憶があります。今となっては何処で読んだのかは忘れましたが、何か印象に残ってました。

 実際にどんな技だったのかの詳細は知らず、想像力を掻き立てられた私は、かつて知人に頼まれて書いた剣豪の戦闘オムニバスでも登場させたことがあります。

 その時に描いたのが、


 沖田総司が半歩進むと同時に、平正眼に構えた切先が下段に滑り落ち――

 そこから刷り上がるように刃は敵の喉へと向かった。

「やっ」

 掛け声。

 そこから重ねて二回、声は発せられた。

 その度に伸び切った腕は引かれ、二度延びた。

 一度目の突きにて、すでに敵の戦闘力は奪われていたが、それにも構わず彼の突きは繰り返される。

 敵が立っていようが構わず、突きとあれば三回を繰り出す――

 これこそが沖田総司にのみ可能な絶技、〝三段突き〟であった。


 ……こんな感じです。

 記憶で再現しているので、実際はもうちょっと緊迫感がある戦いの描写だったと思いますけども。

 これを書いたのは20年前ですが、この時の私は、さらにその十年前くらいに時代小説エッセイで読みかじったような〝三段突き〟の記憶と、色々と脳内で描いたイメージとをごっちゃにしつつ、適当に整理して書いたものです。

 一度下段に刃を落とす、という以外はだいたい既存のそれの通りですが、なんで下段からの刷り上げる突きとしたのか――そこまでは覚えてません。

 多分、何かで「下段からの突きはとても防ぐのは難しい」という剣道知識を聞きかじっていたのだと思います。

 そうでないのなら、その方がフォームとしてとてもきれいだったから……みたいな、そんな理由からだったと思います。

 今、新選組小説を書いて、沖田総司の〝三段突き〟を描くとしても、だいたいこのラインは外さないと思います。

 しかし実際のところはどうだったのかは、ずっと気になってました。

 そもそも〝三段突き〟とは何を典拠にする技なのか?

 天然理心流に由来するものなのか?

 しかし天然理心流の型には、三段突きはないとかあるとか、この技がそうではないかとか、様々な意見があります。

 剣術蘊蓄が豊富に描かれる『武装少女マキャヴェリズム』でも〝三段突き〟は登場して、この技がそうではないかのような解説がされてましたが――


 と、こんな風に意味深に書きましたけど、〝三段突き〟の典拠については子母澤寛の『新選組遺聞』だと、今は解っています(注2)。その中で佐藤彦五郎の子佐藤俊宣の談話として見えているものだそうで、以下の引用を、さらに転載してみますが(万里閣書房、昭和4年版に拠る。仮名遣い等は適宜改めたそうである)。



 この流の「突き」は必らず三本に出る。しかも刀の刃を下とか上とかへ向けていく大ていの剣法と違って、勇をはじめ、刀を平らに寝せて、刃は常に外側に向け、突いて出てもし万に一つ突き損じても、何処かを斬るという法をとった。


 やッ!といって一度電のように突いて行って、手答えがあっても無くても、石火の早業で、糸を引くように刀を再び手元へ引くと、間一髪を容れずにまた突く、これを引くともう一度行く。この三つの業が、全く凝身一体、一つになって、即ちこの三本で完全な一本となる事となっている。(p.86)


 や、や、やと足拍子の三つが、一つに聞こえ、三本仕掛けが、一技とより見えぬ沖田の稽古には同流他流を問はず、感心せぬものはなかった



 ……はい。

 最初の一行目から解説しますと、「この流では」とは天然理心流では、という意味ですね。

 つまりは、これは沖田総司だけの技というのがまず間違いだったと。

 これだけで色々とアレなんですけど、「糸を引くように」などの文章は、以前に私も見覚えがあるもので、昔読んだエッセイか何かは、ここらを見て書かれたもののようですね。もしかしたら、それにも、沖田総司だけの技ではないようなことが、書かれていたかもしれませんが。今となっては解りません。

 恐らくですが、ここらの引用が雑に繰り返されていくうちに、

 

 沖田総司の三段突きは殊の外見事だった→沖田総司しか三段突きは使えなかった


 みたいな転訛が、何処かの段階で起きたものなのだと思います。 

 その犯人(?)が何処の誰かを探すのは私の役目ではないので、この問題はここまでにします。

 しかし必ず三回突くというのなら、天然理心流の型に入ってないのはどういうことでしょうか?

 それは勿論、子母澤寛の記すことがとにかく胡乱であると言われたらそれまでのことですが――


 これについては、実際の天然理心流がどういう剣術だったのかについて、みんみんぜみさんがこう述べられてました(注3)。


https://twitter.com/inuchochin/status/602492598205304832

 天然理心流のイメージ→史料から見えてくる姿

・剣術は勿論棒術や柔術もある。実戦技の形稽古重視。試合では最弱クラスで他流に助けを求めた

→近藤勇の系統は一部形を除いて棒や柔はない。形の本数こそ多いが竹刀稽古重視で竹刀で他流試合も盛ん。試合重視の幕府講武所の師範になった人もいる。


 なるほど。

 あんまり多くを引用するとアレなんでこれだけにとどめますけども、要するに天然理心流という流派のイメージそのものが、かなり創作によって変化してしまっているということですね。 

 特に試合重視で幕府講武所の師範になってもいるということは、今の剣道にかなり近いスタイルのものだったということは、想像に難くありません。

 そもそも突き技というのが重視されたのは、大石進が天保年間に江戸で大暴れして以降のことですからね。

 ということは、「この流では」と三回の突きをさせるというのは、「竹刀で稽古/試合をする場合」と考えてもよいと思います。実際に、三段突きの沖田の話は、稽古を見てのものですからね。

 それに試合に使用する技と型が乖離しているのは、北辰一刀流なんかでもそうです(注4)。

 沖田総司の〝三段突き〟を現存する天然理心流から判断しようとしても、できないはずです。

 私はあまり詳しくないですが、今の剣道でも何回もの連続突きをするのは、稽古の時でも珍しくないようです。

 だからまあ、沖田総司のそれも、構え方などは今とは違いますが、現代剣道のそれと大差はなかった――というのが実際のところだったのだろうと思います。


 まあそれはそれとして、沖田総司を私が小説で描く時は、先述したように〝三段突き〟を描きますけどね。

 

 何せ、その方がカッコいいので。




注1 2022年11月23日現在

https://yanmaga.jp/comics/%E3%83%84%E3%83%AF%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%82%AC%E3%82%BF%E3%83%AA/e5a1c12ca2657c847738462416638730


注2 酒徒行状記

https://sake-manga.hatenablog.com/entry/2020/03/25/125536


注3

史料や記録から見えてくる天然理心流の姿https://togetter.com/li/828151


注4

剣道の技の体系と技術化について―北辰一刀流「剣術68手」の成立過程を中心として―

https://www.jstage.jst.go.jp/article/budo1968/26/1/26_24/_article/-char/ja/

一刀流にない片手突きの技がある。


@inuchochin様と

@syutoyoshikaze様

お二人の知見を参考にしてこの記事は書かれました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る