斎藤一が左利き? という話。
奇水です。
電撃文庫などで書いてました。もう4年も書いてませんし、今後はどうなるか解りませんが。
プロフィールに書きましたけど、私は宮本武蔵が好きです。
武蔵の何が好きかと言われると困りますが、とにかく武蔵が好きです。
武蔵の色々なものが好きで、武蔵の史実も、武蔵の伝承も、武蔵の創作も好きです。
なわけで、当然のように武蔵の時代の剣術流派なんかも好きです。さすがにここらまで広くなると、全部が全部好きというのではなく、「興味がある」くらいなのですが。
しかし同じ剣術でも、幕末のそれにはそんなに食指は動きませんでした。一般教養程度にはらさらっと知ってたのですが、なんというか、型、組太刀の剣術とか真剣や木刀での戦いにはロマンがありますけども、竹刀防具での試合というのは、つまりは剣道と同じなわけで、いきなり身近なものになってしまいます。
ロマンというのは現実から遠いところに見出すもので、身近なものからは感じ難いものです。
なもので、現実にすぐそばにある武道……剣道柔道には、今ひとつ興味が沸きませんでした。小学生から中学生にかけて少し柔道をやっていたというのもあって、ロマンの欠片も現代武道にはないと思い知っていたというのも、あるかもしれません。
身近なものに続いている、それはそれで、だからこそ面白い――という風になったのは、つい最近、ここ数年のことです。
そんなわけで、幕末の剣術ですが……
ここで出てくるのが新選組なわけです。
新選組――新撰組……どっちが正しいとかはよく知りませんけど、幕末の剣術を語る上では外せない存在です。
なにせ彼らは竹刀剣術全盛の時代に、真剣を手にとって京都で戦っていたわけですから。
その結末までも含めて、大変興味深い存在ではあります。
私も彼らのことをそれなりには知っていましたが、改めてこの沼を覗き見ると、たいそう広く深いもののようでした。
今でも怖くて、とても手を出すのを躊躇ってしまいます。
そんな沼でも、幕末剣術に興味がでてきたからには避けては通れないと、最近はちょくちょく記事のチェックなどしていたわけですが……
『斎藤一は左利きだった』
という記事がでてきました。
斎藤一と言えば、漫画『るろうに剣心』にも登場した元新撰組隊士で、生き延びて明治にも藤田五郎の名前で警察官となったり、剣術の師範などしてたりと活躍していた――という程度のことは知ってました。
あとは斎藤一の流派は無外流だ直心影流だ一刀流だ聖徳太子流だ……とか色々と言われているという話も、以前に何処かで聞いてたりしてました。
しかしそれ以上の興味があるわけでもなく、
へー、そうなんだーとその記事を読んで見ました。
具体的に誰が書いたとか、いつ頃の記事なのかということはぼかしますけど、その該当記事の典拠は子母澤寛の『新撰組始末記』でした。
子母澤寛という時点で、今の新撰組研究とかしている人からしたら「あー…」とかなるのは、新撰組研究には無知である私も伝え聞いてたので、その時点でいろんな意味でアレでしたが、その記事では、斎藤一が左片手突きが得意であったということから、左利き説を唱えていたようでした。
……この時点で色々とバカバカしくなってきましたが、まだ続けます。
まあなんでしょね?
正確な記事の引用をすると、特定されてなんか面倒くさいことになりそうなので、掠る感じに言い方を変えてみますが……
武士は左利きだろうと矯正されるから、得意技は右手で使うはずで、それなのにわざわざ左手の突きを使うのは、左利きの可能性が高い――
みたいな話でした。
あと史上左片手突きの技で有名になったのは大石進であるとかなんとか。
大石は左利きだったとかで。
大石が左利きだったとか、私は知らないですが……(注1)
色々と書いてて本当にバカバカしくなったというか、しんどくなってきたというか、この記事自体、前半を何ヶ月も前に書いてそのまま放置していたのを、今見つけて続きを書いていますけども、なんというか、剣道についてちょっと知識がある人間からしたら、「何いってんのこのひと?」となるような内容だったのです。
いやね、左利きを矯正しない剣士はいなかった、というのはまあ正しいでしょうけど、それと左片手突きと左利きを結びつけるというのは、安直にすぎるというか……
――そもそも左片手突き、普通に右利きの剣士でもやる技ですよ?
私は現代剣道について無知ではありますが「右手で振るな、左手で振れ」と教わるとはよく聞きます。
これは単純に左手だけで振るという意味ではないようですが、なんだかんだと左手を意識して鍛錬するのですから、当然に左手が強くなる傾向があるようですね。
それもあってか、剣道で片手上段は左手で行われることが多いようですし、二刀流でも逆二刀……左手に太刀を持つ人が多いようです。それは右前足の運足の都合なども関わるようですが――
というか、片手突きといえば、左片手突きのことを指しているようですね。
しかし、
『それは現代剣道の場合で、幕末の剣道では違うのでは?』
という疑問は当然生じるでしょう。
実際、「剣道と違い、剣術では右手で振る」と主張している流派も、知らないではないです。古い絵巻などでは右手に刀を持っている者を見かけることも多いです。
斎藤一の頃の剣術は現代剣道と違い、左片手突きは珍しかったのではないか――とはいえ、斎藤一とほぼ同世代の二刀流の使い手、奥村左近太は奥村二刀流を創始しましたが、これは逆二刀の剣術だったと言います。
奥村と同じく二刀流の使い手で、こちらは武蔵流の剣士だったという三橋鑑一郎は、右手太刀の正二刀流だったそうですが、一刀で試合する時は左片手突きの名手だったとのことです。
他に斎藤よりやや年下で、撃剣日本一と謳われた北辰一刀流の下江秀太郎も左片手突きの使い手だったという話です。
前出の右で振るという流派の主張が歴史的に正しいかはおいといて、少なくとも斎藤と同時代の剣士で左片手突きの名人の話は幾つもあるのは間違いないようです。
そういうのを一切無視して、なんで大石だけもってきて、斎藤一を史上数少ない左片手突きの(しかも左利きの)使い手ということにしたのか……。
読んでも、よく意味が解らない文章でした。
単純に、剣道や剣道史についてはあまり調べてないのかもしれませんけども。
先述しましたが、一応、斎藤一が左利きであるということは典拠があるようでしたが、それは
斎藤は、
『槍の先生が、お突きをみごとにやられているね、篠原君』という。
篠原も、
『左お突きさ、相手は君と同じに、左利きの遣い手だよ』
『君と同じはよしてくれ』
二人が笑って、籠へ死体を入れて引揚げて来た
というやりとりであるそうです。
なるほど。
まず左片手突きが左利きの技であると、そういうことが典拠ありで示されているから、それに引きずられてよく調べもせずに書いたと。
子母澤寛の評価などはさておいて、そういうことのを読んで適当な記事を書いてしまったのだなと、それだけで済めばよかったのですが、この文章にはさらに続きがあるのですね。
近藤は黙っていた。土方も黙っていた。そして書記方から、守護職への届書には、
「七番隊組頭谷三十郎儀、祇園石段下に於て頓遂げ候」
とあった。
篠原泰之進翁(明治四十四年八十四歳で病死)が嗣子泰親氏へ語り残したところによると――
谷を斬ったのは、どうも斎藤が、近藤勇の密命をふくんでやったのではないかと思うな。あの見事な突きぶりといい、われわれ検視に行くちょっと前に斎藤が外出から戻った。おまけに私が変なことをいっても、斎藤はもう察しているのかというような調子でむきにならなかったことや、周平の関係で、やかましくいいそうな近藤も(後略
傍点は私がつけました。
これは、この資料を提供いただいた町田さんがすでに指摘されてますが、この「変なこと」というのは、『左お突きだから左利き』という部分にかかるってませんかね?
勿論、
『左お突きさ、相手は君と同じに、左利きの遣い手だよ』
という文章の中では『君と同じに』の部分を指している可能性もありますが……。
当時の剣術をまともにやっていたら、左突きだから左利きというのは明らかに変なことです。
そしてそれを、同僚の斎藤一と結びつけるのはなおさらに変です。
言葉全部が変と言えば変で、何処もツッコミどころと言えます。
まあこの文章は、斎藤一の左利きと左突きを強引に結びつけているという意味で変なわけですから、斎藤が左利きの傍証とはいえるかもしれませんけど。
子母澤寛の書いてることを真に受けていいのかというのはさておいて、そこに剣道についての半端な話を持ってきて証拠として語るものですから、話の胡乱さが増しているという、そういう話でした。
特にオチはありません。
作中の資料、知見については、
@orange_kinoko さん
@machida_77 さん
お二人のご教示を得ているところが大きいです。
ありがとうございました。
注1
『剣道の発達過程に関する研究-槍術との関係再考』https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/4185/1/jinbunkagakukiyo_63_101.pdfを読むと、大石進が左利きであるという前提で述べられている説が多く参照されていることが確認できた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます