第75話 『乾杯!!』

〇里中健太郎


『乾杯!!』


壇上でグラスを掲げると、会場には大歓声と労いの声が溢れた。



夏の陣が終わって二週間。

間は空いたが、何とか社員全員での打ち上げを開催する事になった。


まあ、間が空いたのは…アレだ。


高原さんの、退院待ち。



大トリ、F'sのステージが凄過ぎて。

夏の陣。

もう、これは成功以上だ。


なんて…俺は浮かれていたんだと思う。



周りで何が起きているか気付かなかった。

まさか高原さんが救急車で運ばれていたなんて…



「気付かなくて当然だよ。コッソリ搬送してもらったんだから。」


さくらさんはそう言ったけど…



「まだ落ち込んでんのか?社長。」


挨拶を終えて飲み物に手を掛けた所で。

ふいに、神が俺の肩に寄り掛かる。


顔に出してないつもりなのに…

どうしていつも気付かれてしまうんだ?



「そんなわけない。今日は存分に飲んで楽しんでやるっ。」


「おー、珍しいな。その調子その調子。」



ポンポンと背中を叩かれて。

今、酷く猫背になっていたらしい俺は、神のさりげない気遣いに少しだけ泣きそうになった。



「里中、お疲れやったな。」


「ケンちゃん、あっちに美味しい物たくさんあるよ。」


「里中さーん。」


「社長、どうぞどうぞ!!」



立ってるだけでも人が集まって。

数年前の俺からは想像も出来なかった今を噛みしめる。



…このまま、なんて…あり得ないとしても。

どうか、このまま…と、願わずにいられない。


高原さんが築き上げたビートランドには。

主である高原さんがいないと…



『みんな、ちょっといいか』


その声に、会場がざわめいた。


壇上を振り返ると、そこに高原さんが。



「毎年恒例の『存分に楽しんでくれ。以上』かしら。」


スタッフ同士が笑顔でそう言ってると


『今日は存分に楽しんでくれ。以上。と言いたいところだが』


今日は…



続きがあるようだ…。





〇高原夏希


「今日は、少し長く話す。ああ、もちろん食べたり飲んだり自由にしててくれ。」


会場を見渡して言うと。


「正座したい気分です!!」


「俺も!!」


固まって飲んでた映像班の辺りから、そんな声が上がった。


「ははっ。まあ、楽に聞いてくれ。」


俺はステージの裾から椅子を引っ張って。


「さあ、語るぞ。」


少しだけ笑いながら言った。


「ああああ…なんてレア…」


予想以上に静まり返ってしまった。

特に話す内容を決めてたわけじゃないのに…これはしまったな(笑)


ただ、感謝を伝えたいだけなんだが…





〇高原さくら


『まず、夏の陣。トラブルもあったが…大成功だった。みんな、ありがとう』


そう言って、なっちゃんは…みんなに深く頭を下げた。


『千里風に言うと、このビートランドという城を築けた事を改めて誇りに思う』


その言葉に、会場中が笑顔になる。

だよね。

こういう場で、ちゃんと言葉にするなんて珍しいもん。


だって、なっちゃんって…昔から『それだけ!?』ってぐらいしか喋らなかったし。



『俺の体調の事で…みんなには心配や迷惑をかけた。本当にすまない』


そう言って、もう一度お辞儀をするなっちゃん。


すると。


「いちいち頭さげんでええっちゅーの。そんなん、仲間やったら当然やんか。」


マノンさんが、みんなに聞こえるように大声で言ってくれて。

そうだそうだ。って声があちこちから上がった。


高原さんだって、気が休まらないぐらいみんなの心配してるくせに!!って。



『…それもそうだな』


なっちゃんは小さく笑った後、引っ張って来た椅子に座って脚を組んで。


『みんなも気付いてると思うが、俺はもうそう長く生きられない』


突然、みんなを見渡して…ハッキリと言った。


会場中が息を飲んで、なっちゃんを見つめる。


手術を繰り返した辺りから…きっとみんな察してたと思う。

だけど、フェスでのDeep Redを見ちゃうとさあ…

嘘だよね…って…思っちゃうんだよ…



『年齢的にも何があるか分からない。それこそ、俺に限った話じゃない。誰にも明日なんて当たり前に準備されてるわけじゃないからな』


「……」


ゆっくりと、華月のいる方向に目をやる。


…夏の陣が終わって、数日後。

泉ちゃんがカリブ海で消息を絶った。

SSに行ったに違いないけど…それはもう、泉ちゃんという存在ではなくなったってこと。


SS行きの事は言えなくても…海さんと咲華が結婚したことで、消息不明であることは華月も聖も知るところとなった。


…二人とも、ショック受けてた。

特に、華月。

今日も、詩生ちゃんに連れられて、どうにかこの会場には居てくれてるけど…



『生きるという事は、いつか死ぬという事でもある。だから悔いのないように…って言ったところで、人間は危険に晒されないと学習もしないもので…』


「おいおい、何回も死にかけたのに全く説得力ないぜ?」


『あー、ナオト、間違いない。そう。何度も死にかけて思った。それでいいのかもしれないって』


…ん?

それでいい…?


『今まで生きて来た中で、俺はよく自分の行動に理由をつけて正当化してきた。周りから『間違ってる』と思われるのを何とも思っていないようで…怖かったのかもしれない』


「……」


『どんなに精一杯生きても悔いは残るだろう。だったら、なるべく自分の理想の日常を過ごすのがベストなんだろうな』


自分の理想の日常…

なっちゃんは、どんな理想を持ってるんだろう。

そして今、そう過ごしていられてるのかな…



『何度か死にかけた後、強く思ったのは…みんな、よく俺のエゴみたいな方針に従って来てくれたなって事』


「確かに…何なんだよって思った事もあるけど、結局いつも正解だったぜ?」


華音が腕組みをしてそう言うと、隣にいる紅美が目を細めて。


「あ、正解だった…です。」


家じゃないよ。とでも言われたのか、言い直してみんなが笑った。


『ははっ、正解か。しかし…誰かには正解であっても、それが誰かには不正解な事もある。世の常だな』


…壇上でこんなに饒舌ななっちゃんは、とても珍しくて。

だからなのか、みんな必死に耳を傾けてる。


『とにかく今は、すべての事に感謝したい。これに尽きる』


そう言われて、あたしは…当初Deep Redは一曲だけのフェス参加だったのを思い出した。


一曲だけって、あの決断。

ずっと悔やんだ。

だけど…

なっちゃん。

それさえも正解にしてくれようとしてるの?



『欲張りな俺には、大事に想う人がたくさんいる。だが、俺の正解とする事で、どれだけの人を傷付けて来たか…』


ふいになっちゃんが意外な事を話し始めた。


「…バカね…父さん。」


気付いたら、隣に瞳ちゃんと知花、グレイスちゃんもいて。


「父さんが貫いてくれたから、今があるのに。」


瞳ちゃんの言葉に、あたしは何も言えなかった。


なっちゃんの言う通り…

なっちゃんと周子さんとあたし…そして、貴司さん。

それぞれの正解は、違う方向を向いてたと思う。


だけど、なっちゃん。

どれも間違いじゃないんだよ。



両手をギュッと握りしめる。



『だが…今ほど全部正解と思う事は、今までなかった気がする』


「……」


『もちろん、誰かの間違いも含めて、だ。ああ、犯罪については論外だからな』


分かってるし!!と声を上げたのは華音で。

みんなが少し笑いに包まれる。


…なっちゃん…

全部正解って…


『これからも、この城に住み続けてくれるみんなに言いたい。もし迷ったら、仲間に頼れ。それでも上手くいかない時は、現状を受け入れるんだ』


「……」


『正解じゃなくてもいい(笑)』


「結局どっちがいいんすか(笑)」


千里さんの言葉に、会場がどっと沸く。


『歳だな(笑)喋ってるうちに、言いたい事が分からなくなった(笑)』


「退院してえかったんか~?」


『頭以外は無事だ(笑)』


「一番あかんやん。」


『そんな、『あかん』俺だが…年内にさくらとアルバムを作ろうと思う』


「!!」


えー!!

決定事項だったの!?


突然の発表に会場は盛り上がってるけど…あたしは…

足が震えちゃうよー!!


「きゃあ!!母さん!!素敵!!♡」


知花に抱き着かれた。


「え~!!あたしにもハグさせて♡」


瞳ちゃんと、遠慮がちなグレイスちゃんにもハグされて…


あたしは…


涙を我慢して、唇を噛んだ。

笑顔でいたいのに、なっちゃん…いきなりこんなのずるいよ…



『さくら』


壇上から手招きされる。


「いってらっしゃーい!!」


可愛い娘達に背中を押されて、あたしはそこを目指す。


「さくら会長!!楽しみにしてますよ!!」


「あー!!待ち遠しい!!」


なっちゃんの元に向かうまで、大勢の人から嬉しい言葉をかけてもらった。



『もうみんな知ってると思うけど…俺の大事な妻、さくらです』


「や…やだっ…なっちゃん、どうしちゃったの…っ。」


背中に手を添えられて。

みんなに…こんな風に紹介してもらうのは…初めてだ。


嬉しい事なのに。


なのに。


なのに…





胸がざわつくのは、どうして…?





〇神 千里


『もうみんな知ってると思うけど…俺の大事な妻、さくらです』


高原さんのその言葉に、会場中が沸いた。


『さくらと出逢ったのは…』


『えーっ!!なっちゃん!!それここで喋っちゃう!?』


「聞きたいです!!」


「教えてくださーい!!!!」


自伝を出した事はあっても、それはほぼ生い立ちとDeep Redのあゆみやビートランド設立について。

おかげで、壇上で紹介されてる義母さんは引き攣った笑顔。


まあ…唐突過ぎるもんな。



フェスの打ち上げと、高原さんの退院祝いでもある、今日の宴。

いつも多くを語らない高原さんが、心情を吐露して…


もう、そう長く生きられない。


分かってるつもりでも…

あんなステージを見せられた後じゃ、嘘だろ?って言いたくもなる。


実際、薄々感じてたとしても、本人から突き付けられた現状に。

呆然としてる奴、涙を我慢してる奴、それでも前を向く高原さんに賛同して熱い目を向けてる奴…様々だ。



確かに…永遠の命なんてない。

その別れは誰にも訪れる。



これからも、この城に住み続けてくれるみんなに言いたい。

もし迷ったら、仲間に頼れ。

それでも上手くいかない時は、現状を受け入れるんだ



俺が一番苦手としてる事だった。

だが、俺がそうなれたのは、やっぱ…


「……」


辺りを見渡して、知花を探す。

そして、その姿を目に留めて…歩き始める。



「離れてんじゃねーよ。」


そう言いながら知花の腰に手を回すと。


「出たっ。甘えん坊旦那っ。」


ワインを手にした瞳から、大声でからかわれた。


「甘えん坊の何が悪い。それに、俺が甘えたいのは知花にだけだ。」


「わああ…神さん、いつもに増して熱い…」


「俺も言ってみたい…」


周りからは冷やかされたけど。


「あ~はいはい、ごちそうさま。グレイス、あっちで飲み直しましょ。」


瞳にはいつも通りあしらわれた。


「…知花。」


「ん?」


高原さんの言葉を胸に。

俺は知花を見つめる。


「…親二人があんなだし…」


チラ、と壇上の二人に目をやると、知花もそこを見て小さく笑った。


「俺らも、やんねーか?」


「え?」


「…の、コラボアルバム。」


耳元で囁く程度に伝えると。


「…え…ええ…ええええっ?ええええ――!!」


俺の思い付きに、知花は予想以上に驚いて。

普段のんびりな知花が叫んだことで、みんなが俺達を振り返る。



『千里。知花をいじめるなよ』


「いじめてないっすよ。今、スーパーコラボの提案をしてました。」


「えっ、何それ。気になる。」


聖子が肉の乗った皿を手に駆け寄る。

その後ろからは、同じような皿を持った京介も。

相変わらず肉の似合う夫婦だぜ(笑)


「SHE'S-HE'SとF'sのコラボアルバム。ぶつかり過ぎてカオスになる可能性もあ…」


「え――!!いいじゃん!!やろうやろう!!」


全部言い切らない内に、アズが万歳して叫んで。


「いいよね!?ケンちゃん社長!!」


里中に話を振る。


「おま…ケンちゃん社長って…」


「あはは。ええやんケンちゃん。」


「朝霧さんまで…やめてください…」


『楽しみが増えたな。それも早めに実現出来るよう頼むぞ。ケンちゃん社長』


「やめてくださ――い!!」


みんなが笑いに包まれて。

高原さんの隣では、義母さんも笑顔で。


ずっと、こんな時間が。

この城での、仲間達との時間が。




続きますように。


と…






心の中で。





珍しく、祈ってみた。






53rd 完



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ほぼ一年がかりになった53rd

ありがとうございました!!


コメントのお返しが出来なくてすみません。

54thは…誰にしよう。


牛歩更新ですが、お付き合いよろしくお願いします。

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いつか出逢ったあなた 53rd ヒカリ @gogohikari

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