第74話 『Scream!!』

 〇浅香京介


『Scream!!』


 …神の声が、いつもより突き抜けてる。

 何だよこいつ…マジで。


 観客席は、今日のどのアーティストの時よりも沸いてる。と思う。


「……」


 Deep Redじゃない。

 SHE'S-HE'Sでもない。

 俺達F'sが…世界一な気がした。



 昨日、神とアズはTOYSでもステージに立った。

 時代錯誤なド派手な衣装に笑いながらも、どこかそれを羨ましく思う俺がいて。


 …なんでSAYSは再結成しねーんだ…


 なんて…ちょっと胸の奥に妙なざらつきっつーか…苛立ちっつーか…

 とにかく、里中にモヤモヤした。


 もし、一度でもいいから演らないかって言われたら。

 俺は尻尾振る勢いで即OKだし、何ならリハも念入りにする。


 そこまで思ってるのに自分から切り出さないのは…

 やっぱ…

 自分だけ、こんな成功しちまった罪悪感っつーか…

 いや、まあ里中なんてビートランドの社長なわけだから、あいつの方がすげーかもだけど。

 バンドマンとして、ずっと現役で…第一線でやって来れた俺は、マジでサイコーに運がいい。と思ってる。


 SAYSが解散する前に神から『お前と組みたい』って言われた時、何をバカな!!

 じゃなくて…

 ガラにもなく、ときめいた。

 あれが全てだ。


 解散してすぐ業界から姿を消した小野寺と。

 何を思ったのか、それまでのヘヴィメタル寄りなハードロックからポップなフォーク路線に転向して、一人もがいて引退した里中。


 もめた事もあったが、俺は二人が好きだった。

 …初めて出来た仲間だった。


 だから…

 昨日からの再結成オンパレードが羨ましい。

 F'sと言う、何にも代えられないホームバンドがあるからこその気持ちだとしても。

 SAYSも…俺にとっては、かけがえのないバンドだったから。



『最後の曲を、世界中の誰かのために歌う。お前らも歌え。Never gonna be alone』


 神のタイトルコールに客席は熱狂した。

 世界中で売れまくった曲。

 だが、バラードをラストに?って思う奴もいるだろうな。

 今日は違うぜ。


 神の案でラスト用にアレンジした『Never gonna be alone』は、やってる俺らも鳥肌もんだ。

 …なんなら俺は…

 帰って思い出して泣いちまった。

 そんなの、誰にも言えねーけど。


 以前は嫁さんに書いた曲だって言ってたけど。

 今、神は世界中の誰かのためにっつったな。


 …俺も今日は…



 SAYSのために叩きたい。




 〇東 映


『最後の曲を、世界中の誰かのために歌う。お前らも歌え。Never gonna be alone』


 神さんのコールに沸く客席。

 俺は今日…鳥肌が止まらない。


 F's全員の凄さにもそうだけど…自分の意外な一面を知ったと言うか。

 俺、このバンドでもっとやれる事があるんじゃ?って。

 そう思い始めると、ワクワクが止まらなくて。

 今なら…何でも出来る気がした。



 血の繋がりがあるのに、ずっと雲の上に感じて。

 素直に打ち解けられなかった高原さん。

 桐生院で生活を始めてからは、さらに縁遠くなった気がする。


 周子ばーちゃんは、いつも自分を責めてた。

 ガキだった俺には、最初何のことか分からなかったけど…

 だんだん、それが分かるようになった頃。

 それが事実かどうか分からなくても…俺だけは、周子ばーちゃんの味方でいるよ。って。

 だけど、ガキで不器用な俺は。

 そう思えばそう思うほど。

 高原さんを自分の中で悪者にしてしまってた気がする。



 華月やノン君でさえ、祖父として接してるのに。

 俺、何頑なになってたんだろ…


 今、この瞬間。

 俺、素直になれる気がする。


 だって…元々俺は、高原さんの事も、さくら会長のことも。

 大好きなんだからさ…。



「……」


 今日は屋外じゃないから空は見えないけど。

 神さんの声を聴きながら、空を見上げる。


 周子ばーちゃん。

 母さんはますます自分に自信をつけて、俺の自慢で居続けてくれると思う。

 親父は相変わらず変な事言ったりするけど、やっと世界に認められたよ。

 …夏希じーちゃん、今夜不死鳥みたいだった。

 あれって…周子ばーちゃん、少し力を貸したとか?



 神さんが客席にマイクを向ける。

 帰って来る声は今まで聴いたどのライヴよりも大きい気がした。


 ふと、振り返った神さんが。

 そのまま俺の隣に来て、肩をガシッと抱き寄せた。


 えっ!?


 内心スゲー驚いたけど、顔に出さないようにしてると。


 なぜか神さんは、俺の頬を親指でなぞった。


「……」


 あ…あれ?

 俺…



 泣いてた…!?




 〇島沢尚斗


 千里が映の顔を触ってんなーと思ったら。

 どうも泣いてるらしい映。


 自分でも気付いてなかったのか、千里に涙を拭われた後、俺と京介を振り返って。


 やべー。

 恥ずかしいー…


 なんて口パクして、さらに泣くという…


 どうした?って笑いながら京介に同意を求めようとすると…


「……」


 京介も号泣中。


 おいおいおいおい!!

 どーしたんだよ!!


 …とは言っても。


 このー…観客からの盛大なレスポンスにはグッと来る。

 Deep Redでも凄かったが、やっぱ現役…F'sには勝てない。


 でもナッキー…凄かったな。

 よく最後まで耐えてくれた。

 あんな熱のあるナッキーの歌声…久しぶりだった。


 身体を心配するあまり、ナッキーの意志を無視してしまってた。

 今日、思いがけず一枠が空いたと知った時の…ナッキーの決意の目。

 …そうだよな。

 俺達、まだまだ。

 一緒にやってけるさ。



『Never gonna be alone』


 千里と観客の声が響き渡る。

 これはF'sなのに、俺は遠い昔のDeep Redのライヴを思い出して。


 映と京介の事、笑えないな…。

 あー…

 泣けるぜ…。





 〇朝霧真音


「ここで観てる。」


 ナオトとF'sのステージに向かう前。

 ナッキーは青白い顔で、けど笑顔で言うた。


「あまり調子に乗るなよ?分かってると思うが、二人とももう若くない。」


「マノン、ジジイが何か言ってる。」


「俺は明日もやれるで。」


「ったく…」


 さくらちゃんにもたれるような体勢で、ソファーに座ってるナッキーは。

 当然なんやろけど…今にも倒れそうや。


 ステージ終わった時は、アドレナリンで立ってられたんや思うけど。

 俺らがF'sの打ち合わせから戻った時は、もう…だいぶ辛そうやった。



「ま、ナッキーは冬の陣のセトリでも考えながら休んどけっ。」


「気が早いな。」


「四ヶ月しかないねんで?ゼブラとミツグには、明日にでも伝えんと間に合う気がせぇへん…」


「なるほど。一理ある…」


「ナッキーとマノンがそう言ってたって伝えといてやる。」


「ナーオートー。」




『Never gonna be alone』


 千里と観客の大合唱。

 今までやって来たのとは違うヴァージョン。

 充分壮大な曲やったのに、もっと増し増しで壮大や。

 …そら、映も京介も、ついでにナオトまで泣いてまう威力あるっちゅーねん。



 今日は朝霧家、全員集合。

 アメリカの病院で働いてる渉も、一昨日ぶらっと帰国して、今は客席のどこかに。


 Deep Redを見せる事が出来て、ホンマえかったなー…

 もう無理やろ思うてたし。


 ナッキー、観てるんかな。

 疲れて寝るんちゃうかな。


 ま、寝てたとしても…

 俺は、今日この曲を。



 ナッキーのために弾きたい思った。




『Never gonna be alone』


 雲の流れほどゆっくりじゃない

 共に生きて来た時間は足音も消えて

 心の奥底に灯る大切なこと

 消えるはずもないからと言葉にできないまま


 躓く日も一人にはしないから

 どうか信じて欲しい

 永遠に

 決して一人じゃないから



 灼熱の行方は誰も知らない

 それでもここにいる事を誇りに思う

 大事にしたい物は意外と

 指の隙間から漏れる光ほど儚かったりもするんだぜ


 諦めた日も一人にはしないから

 どうか顔を上げて

 永遠に

 決して一人じゃないから



 明日が来るなんて分からないけど

 思うままに行けばいいんだ

 振り返りたければそれもいい

 今日が最後の日でも ありのままで居ればいい


 躓く日も一人にはしないから

 どうか信じて欲しい

 未来を

『明日も分からないクセに』って笑うか?


 躓く日も一人にはしないから

 どうか信じて欲しい

 永遠に

 決して一人じゃないから





 〇桐生院咲華


「なっちゃん!!」


 モニタールームでF'sを観てたのだけど…

 リズの異変に何となく胸がざわついて、Deep Redの控室に来てみると…


「なっちゃん…っ!!」


 おばあちゃまが、慌てた様子で声を掛けてる。


「え…っ…」


「なちゅじー、ねんね…」


「咲華…リズちゃん…」


 あたし達に気付いたおばあちゃまは、涙目で。


「ど…どうしよう…なっちゃん…」


 おじいちゃまの頬に触れたまま、すごく…動揺してる。


「…あっ、そうだ…」


 あたしはポケットからスマホを取り出すと。


「もしもし、咲華です。すみません、今…」


 ある人に電話をした。


 モニターでは父さんが最後のサビを歌ってて。

 リズがそれを真似る。


「…ふっ…ふふっ…リズちゃん…ありがとう…」


「おばあちゃま…」


 あたしはおばあちゃまの肩を抱き寄せて。


「…大丈夫…おじいちゃま、まだあんなに歌えるんだもん。」


 腕を擦りながら呟いた。


 …いつも強気なおばあちゃまが…

 ううん、仕方ないよね…


 おじいちゃまの顔は真っ青で。

 呼吸も浅い気がする。


 聖と母さんに連絡をした。

 あの二人に伝えれば、あとは回してくれるはず。



「容態は。」


 電話して三分ぐらいだと思うけど、30分ぐらい待った気がした。

 ドアを開けて入って来た渉さんは。


「意識はいつまでありましたか?」


 おばあちゃまに問いかけながら、おじいちゃまの脈を計ってる。

 かと思うと、カバンから小型の血圧計を出して、おじいちゃまの腕に巻いた。


「高原さん、聞こえますか?高原さん。」


 …ピクリとも動かない…おじいちゃま…


「ステージが終わった後の様子は?」


「……」


 問いかけられたことにも答えられないおばあちゃま…

 あたしは、おばあちゃまの手をギュッと握って。


「おばあちゃま。大丈夫。さっきまで歌ってたんだもん。疲れて眠ってるだけだよ。」


 出来るだけ…声が震えないよう、気を付けて言った。


「…確かに、これは眠ってるだけでしょう。」


「えっ。」


 渉さんの言葉に、二人で同時に声を上げる。


「バイタルは安定してます。でも…普通の体ではないのでー…」


「……」


「サイレンは鳴らさず、救急車で病院へ。」


 それからー…渉さんはテキパキと電話をしたりスタッフに指示を出したり…

 駆け付けた聖がおばあちゃまを支えるようにして、到着した救急車まで付き添った。



「…大丈夫よ。ああ見えて、父さんはしぶといから。」


 瞳さんが腕組みをして言って。


「…うん。あたしも、そう思う。」


 母さんがそう答えて…


「なちゅじー、ねんねしたら、なおゆよー。」


「……」


「おうた、うたえゆよー。」


 リズが笑顔で言った言葉に。


「…うん。ありがとう。リズちゃん…」


 瞳さんも母さんも…泣き笑いした。

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