第73話 「あー…クソ…かっけーな…」
〇東 圭司
「あー…クソ…かっけーな…」
「……」
神の呟きに、映と顔を見合わせちゃったよ。
だって!!
神!!
知花ちゃん見て『クソ』って!!
いや、まあ…分かるよ。
知花ちゃん、本当カッコいいもん。
普段ホンワカしてるだけに、ギャップがすごくてさあ…
「…奴らがかっけーのはみんな知ってる。それより俺らだろ…」
「……」
神の呟きとSHE'S-HE'Sを楽しんでると、京介が若干弱気な発言をした。
それにも映と顔を見合わせると。
「今日は朝霧さんとナオトさんも出るんだぜ?最強にプレミアが付くのに、何が不満だ?」
神がモニターに釘付けになったまま言った。
「だから、だろ?レジェンドと…新ヒーローの共演だぜ…」
え?
「世界中が…今まで以上に…注目してっだろ…」
無言の映が俺を見る。
…レジェンドは…朝霧さん。
新ヒーローは…
「あっ、俺の事?」
「のんきだな…お前は…」
京介が額に手を当てると。
「まーまー。いつも通りやろうぜ。」
「ああ?ギターヒーロー新旧揃うのに、いつも通りってもったいないやん~。」
ナオトさんと朝霧さんが衣装を変えてやって来た。
「久しぶりのF's、腕が鳴るぜ。」
「さー、久々に暴れさせてもらうで?」
二人がそう言うと、あれだけモニターに釘付けになってた神が立ち上がって。
「さっき暴れまくってたじゃないですか。」
ジャケットを手にした。
「今日もトップからメインディッシュみたいなやつらばかりだったのに、Deep RedにクワフォレにSHE'S-HE'S…マジで世界は腹いっぱいだろーな。」
ピリッ
あ。
何か今……
わー…
き…緊張して来た――!!
〇里中健太郎
「あー…今日もやべーっすね…SHE'S-HE'S…」
ラストの曲のギターソロ。
ハリーが溜息交じりに言った。
昨日世界に顔を出した事で、SHE'S-HE'Sの歴代音源が飛ぶように売れ始めた。
今までも十分売れていたのに、改めて、だ。
この二日間で、さらに幅広い年齢層から指示される事になるだろう。
ま、俺だってファーストから全曲聴き直したい衝動に駆られてるからな…
奴らに魅了されてる者の一人としては、嬉しい限り。
『七生ブランド、めちゃくちゃステージ映えしますね』
『照明を活かす素材らしい』
『着てる皆さんも全然着られてる感じゃないのが凄い…』
スタッフの声を拾いながら、ステージに目をやる。
本来なら初お披露目である昨日が七生ブランド向きだと思ったが。
ホールイベントで使って欲しいと言われた真意はそこか。と納得。
昨日はラフでありのままのSHE'S-HE'Sで、今日は…
まさに、戦闘態勢なSHE'S-HE'Sに思える。
セトリも全てチェンジ。
今日はハードな曲だけだ。
「…来ますね…」
「…ああ…」
ハリーと『その瞬間』に集中する。
知花ちゃんと瞳ちゃんのロングシャウトだ。
ここだけは少し操作しないと、ステージ前にいる客は失神しかねない。
大サビが終わって、二人のロングシャウト。
客席は興奮状態で泣いてる者もいる。
「ホンマ…この人ら、いくつなん?って思いますわ…」
「ああ、まったく…」
衰えるどころか、進化し続ける。
彼女達だけじゃない。
SHE'S-HE'S全員がそうだ。
…全く、恐ろしいバンドだ。
『また会いましょう!!』
知花ちゃんが高く手をあげて叫ぶと。
客席も、同じように腕を振り上げて歓声で応える。
朝霧のドラムがラストを盛り上げて…
『Thank you!!』
全員が跳んで、SHE'S-HE'Sのステージが終了した。
「よし。Aのスタッフ、お疲れだったな。だけどもうひと踏ん張りしてくれ。手が空いた者は裏のヘルプ頼む。ステージBのF'sはどうなってる?」
『えぇと…神さんもギターを持つとの事で…』
「…言うと思った…」
『さすがです』
朝霧さんが出るなら弾かないと言ってた神も…
きっと、SHE'S-HE'Sに触発されたんだろうな。
ソロは弾かなくても、世界の十位に選ばれた男だ。
ギタリストとしても評価は高い。
『板付きでSE要らないそうです』
「分かった。他に変更は?」
『えーと…一曲目のソロは神さんが弾くそうです』
「…は?」
ハリーと顔を見合わせる。
「ギターヒーロー新旧ペアを従えて弾くって(笑)ちーさんの心臓、毛ぇ生えてる絶対(笑)」
「間違いない…」
だけど。
俺の胸が高鳴った。
もう歳だ、と…色々諦めつつある俺に。
同じ歳の神は、なんて…
「…やってくれる。」
鼻で笑いながら、小さくつぶやく。
全く…昨日から刺激されっぱなしだ。
「これがフェス最後のステージだ。みんな、宜しく頼む。」
『はい!!』
『ラジャです!!』
客席はまだSHE'S-HE'Sの余韻に浸っている。
小さな音で流れているF'sの曲に勝るほどのそれを。
F'sはどうやって消し去るのか。
さあ。
幕が上がる。
〇東 映
『神、音くれ』
イヤモニに里中さんの声。
さっき、急遽…神さんがギターを持つ事に決めて。
F's、まさかの…
トリプルギター。
セッションでやった事はあっても、まさか…こんなプレッシャーのかかったステージでやるとか…
ねーだろ普通…
「俺もギター弾くわ。」
「わー!!楽しそうだねー!!」
「ああ?三人で弾くんか?」
「最初の曲のソロ、俺弾いてもいいっすか?」
「わー!!楽しそうだねー!!]
「…圭司、緊張しとんのか。」
そんなやりとりで決まるとか。
まあ…F'sらしいのかもだけどさ。
緊張か戸惑いか分からない感情に、若干硬くなってると。
「映、バランスは気にしなくていい。いつも通り、おまえらしくやってくれ。」
俺の何を見て気付いたのか…神さんがギターを担ぎ直しながら俺の元に来て言った。
「あ…はい…」
何となく口ごもってしまう。
やべー…俺、カッコわりー…
「F'sは京介と映が安定してるからこそ、俺らが好き勝手やらせてもらえるからな。」
「……」
いつもなら。
ニヤリと笑いそうな神さんが…
弦に目を落としたまま真顔。
それだけで、今日…これから始まるライヴが神さんにとって特別なんだと思わされた。
「…分かりました。でも…」
胸を張って神さんを見据える。
「せっかくなんで、俺もいつも以上の事やらせてもらいますよ。」
DEEBEEでやって来た事。
F'sで学んだ事。
音楽に触れ始めて培ってきた、今の俺の全てを。
「…ふっ。頼もしい。」
神さんはそう言うと、俺の胸に拳を当てて。
「世界中を震わせてやろーぜ。」
いつもの…不敵な笑みを見せてくれた。
〇神 千里
『F'sスタンバイOKです』
『よし。イントロ中盤で一斉に行くぞ』
『はい!!』
ステージスタッフと里中の声を拾いながら。
俺は小さく深呼吸をした。
一曲目はアズのイントロから。
アイコンタクトでそれが始まると、幕の向こうからとてつもなく大きな歓声が沸き上がった。
あー…快感だぜ…
里中の言った『イントロ中盤』が来て。
幕が落ちると同時に派手な照明がステージと客席を交差した。
ったく…ビートランドは派手好きが多いな。
最近はラフな格好が多かった。
昨日も適当な私服でステージに立ったが、今日は原点に戻るつもりでアズから『神の制服』なんて言われてた黒服にした。
そうする事を誰にも言ってないのに、何となくみんな同じような衣装になってた。
せっかくの照明も映えそうにはない(笑)
歌い始めると、観客の大半から向かって来るようなパワーを感じて。
何とも言えない…初めての感情が、全身を駆け巡った。
長い間、歌って来た。
俺の住む城は居心地が良くて、それに甘えてたとも思う。
昨日今日と、SHE'S-HE'Sのステージを見て。
そして、Deep Redの…高原さんの魂の歌を聴いて。
進化したい。
強く、そう思った。
『Guita!!KAMI!!』
ギターソロに入ると、珍しくアズがアナウンスしてくれた。
ステージギリギリに立って弾いてると、ウズウズした感じの朝霧さんが隣に来た。
…弾きたいんすね?
せっかく初の俺のソロに盛り上がってた客には申し訳ないが。
朝霧さんに向かい合って、意味深な視線を送る。
どーぞ。
すると朝霧さんは。
ああん…?
目を細めて、顎をしゃくった。
〇東 圭司
『Guitar!!KAMI!!』
いつも俺をカッコ良く紹介してくれる神のようにはいかなかったけど、お客さんもまさかの神のギターソロに大興奮!!
その状況に俺も大興奮!!
なのに…
えええええ~!!
朝霧さん!!
なんで一緒に弾いちゃうのーっ!!
突然始まったツインリード。
そりゃカッコいいに決まってる…
決まってるけど…
「俺も混ぜてー!!」
ずるいよー!!
自分達だけー!!
二人に駆け寄って混ざると、視界の隅っこに目を細めてる映とナオトさんが入り込んだ。気がした。気のせい!!
〇里中健太郎
「……」
始まったF'sのステージに、観客席も俺達スタッフも一瞬で興奮状態になったが。
「…カオスですやん(笑)」
神が弾いてたソロに朝霧さんが加わって。
そこに…どう見ても我慢しきれなかったアズまで参加。
やたらと音数の多いギターソロが展開されている。
やがてそこに…
「…映まで触発されよった(笑)」
ハリーが笑いながら卓を操作する。
F'sに加入してからは、徹底して控えめだった映が。
負けじとばかりに最前に出た。
背後で恨めしそうにしてるのは、京介とナオトさんだ。
「…こんな面白いF'sも珍しい。俺達も祭りに乗り遅れないようにしないとな。」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
昨日のF'sにも相当鳥肌を立てたが…
今日のF'sは…何かが違う。
神か?
神の余裕と言うか…
あれだけSHE'S-HE'Sで盛り上がった会場をものともせず。
一瞬にして客席の意識をF'sに持って行った。
神から目が離せない。
今までも尊敬に値する奴だとは思ってたけど…
SHE'S-HE'Sが世界一だと認めてる神。
だけど今日のコレは…
まるで挑戦状だ。
『俺らの方が上だ』と。
「あああ…ちーさん凄すぎ…俺チビリそ…」
どんなに激しい動きをしても、神は音程もピッチも外さない。
その辺は知花ちゃん共々凄いヴォーカリストだ…って尊敬するけど。
今日の神は。
ここまで出来るのか。って域まで達してる。
…ったく。
どこまで刺激してくれるんだよ。
〇高原夏希
「…すごいね。うちのお婿さん達。」
さくらがそう言って感嘆の溜息を吐いた。
モニターに、F's。
そこにはマノンとナオトもいる。
「圭司さんはいつも通りで凄いけど…千里さん、いつもより凄い。」
「…そうだな。昨日のあれを超えるとは。全く…」
「Deep Redとクワフォレ、SHE'S-HE'Sって続いたら触発されちゃったかな。」
「それならいい傾向だ。」
控室でさくらと寄り添って、フェスの最後を見守る。
今日まで生きて来れた事。
今日大歓声を受けながら歌えた事。
まだDeep Redでいられた事。
…もう少し、夢をみていたい。と、強く思えた事。
「…いい時間だ…」
小さく呟いても、さくらは聞いてくれている。
「ほんとだね…」
『Sing it!!』
千里のコールに観客が応えて。
会場がF'sの曲で一つになる。
…なんて心地いいんだ…
「なっちゃん。冬の陣も楽しみだね。」
「……」
「なっちゃん…?」
なんて…
心地いいんだ…。
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