第72話 「やだ。知花、めちゃくちゃ可愛いんだけど。」

 〇浅香聖子


「やだ。知花、めちゃくちゃ可愛いんだけど。」


 あたしが真顔で言うと。


「聖子はカッコイイ♡」


 知花は首を傾げて笑顔になった。



 フェス二日目。

 今日の衣装は…七生ブランド。

 つまり、うちの実家の衣装。


 ここまで『ザ・衣装』って感じなのは、昔、中世の貴族チックな衣装で事務所のイベントに出て以来かな。

 こんな歳になって…って思いもなくはないけど。

 なんだろうなあ~。

 うちのメンバー達。

 みんな似合っちゃってるんだよ…



「クワフォレ、凄かったね。」


 まこちゃんが右手のストレッチをしながら言った。


「ねー、ほんと。昨日からみんなに刺激もらいっぱなし。ありがたいなあ。」


 その知花の言葉に、それぞれ何かをしてたみんなが顔を上げた。


 いやいやいや…

 まあそうだけどさ…

 今日の出演者がみんなギラギラしてたのは、紛れもなくあんたの影響よ!!


 昨日トリだったあたし達のステージは。

 ラストの曲の知花のロングトーンに、観客だけじゃない。

 あたし達も…度肝を抜かれた。


 だって!!

 いつもより凄かった!!


 なのに知花は、控室に戻って。


「何だか調子に乗っちゃった…ごめんね?」


 なんて、みんなに謝ったのよ!!


 もう、何十年も一緒にやってる。

 なのに、まだまだ新兵器を出して来るなんて…

 そして無自覚なのか、それを『調子に乗った』って謝るなんて…


 …相変わらず、愛しくてたまんない。


 以前は苦しくてたまらなかった、この想い。

 でも、今は少しだけ…緩和されてる。


 なぜかと言うと。


 知花が可愛い事をしたり言ったりすると。


「もー!!何なの!!あたしの妹、可愛過ぎっ!!」


 って。

 瞳さんが騒ぐから。

 便乗しやすい。


 瞳さん!!

 サイコーなイトコだわ!!



「さー、今日もやっちゃうわよ。」


 そのサイコーのイトコは、セクシーな衣装なのに腕をブンブン振ってる。

 頼もしいな。

 まったく。



『スタンバイお願いします』


 イヤモニに指示が来て、あたし達はいつもの掛け声をしようと円陣を組んだ。

 すると。


「みんな。」


 突然、まこちゃんがかしこまった顔で。


「今日もよろしくね。」


 ペコリと頭を下げた。





 〇桐生院知花


『SHE'S-HE'S、準備はいいか?』


 里中さんの声に、みんなを振り返る。

 今日も板付きスタート。

 だけど、昨日と違うのは…ちゃんとした衣装を着てる事と。


 全員に、野望と言う火が点いてる事。


 みんなで楽しくやれるなら…ってスタンスだったあたし達に。

 野望なんて…無縁でしかなかった。

 だけど今は。


 F'sでもクワフォレでもない。

 世界の音楽シーンを牽引するのは、あたし達SHE'S-HE'Sだ。

 そう、強い気持ちを持つ事にした。


 メディアに出る覚悟をした時から、決めていた事。

 平穏な生活と引き換えるなら。

 それだけの物を持つべきじゃないか。

 変わりゆくビートランドを守るためにも。


 あたし達の活動期間も、あとどれぐらいあるか分からない。

 先を考えると、不安になる事もある。


 だけど…

 今日、Deep Redに勇気をもらえた。

 そして、父さん…

 高原夏希に、諦めない事を教わった。



『島沢、オープニングのタイミングは任せる』


 今日はSEなし。

 まこちゃんのピアノでスタート。


 世界中の人に知って欲しい。


 どんなに険しくても、道はある事。



『はい。いきます』



 まこちゃんの声が聞こえて。

 続いて…ポーンと、ピアノの音が響いた。



 …幕が上がる。





 〇邑 真珠美


「ああ…ドキドキする…」


 昨日に引き続き…あたしは今日もフェスに来ている。


 大好きなSHE'S-HE'Sが初の顔出しで…

 昨日は涙が止まらなかった。

 おかげで、モニターに映るまこさんの顔がちゃんと見れなくて。

 今日は絶対泣かない…!!

 そう決めている。


 まこさん…SHE'S-HE'S'M'が事故で左手損傷。

 そのニュースを聞いた時、あたしは神様を呪った。


 あんなに美しい旋律を奏でる手を…どうして…?


 だけど、まこさんはリハビリをして…復活!!

 左手は使われてなかったけど、全然違和感なかった!!



「分かる。あたしも吐きそうなほど緊張。」


 ビートランドの社員である佐和ちゃんが、胸の前で指を組んで言った。


 …あたしの身内には、ビートランド社員が三人もいる。

 だけど規約に忠実な三人は、会社でのアレコレをまったく漏らさない…!!

 いや、まあいいんだけど…て言うか、そんな身内が誇りでもあるんだけど。



「あ、始まる。」


 会場の明かりが暗くなって来たのを見て、マサ兄ちゃんが言った。


 あー!!

 ドキドキが増して来た!!


 ポーン


「!!」


 そのピアノの一音に、あたしの背筋が伸びた。

 まこさんから始まるの!?


 ポーン


 続いて鳴った音と共に、幕が上がって。

 客席は大歓声…と思いきや。

 みんな、スポットライトが当たってるまこさんに釘付け。


 その静寂の中。

 まこさんのピアノは一音だけを響かせる。


 今日のSHE'S-HE'S、昨日とは打って変わって、ちゃんとした衣装だ。

 何だかピリッとした空気感…

 …ああ…まこさん…

 昔見たシークレットライブの時の衣装と似てる。



 暗がりの中。

 まこさんだけにライトが当たってて。

 聞こえて来てた単音が、突然右手だけで物凄く複雑な旋律を奏で始めると。

 それを待っていたかのように一気に他の音が重なって。

 それと同時に静寂を破る歓声が会場を埋め尽くした。


「うわあああああ…何とか保持してたDeep Redの余韻が…」


 Deep Red命のマサ兄の奥さん、静香さんが。

 頭を抱えて悶絶する。

 仕方ないよ…!!

 誰がどんな最高のパフォーマンスをしても、SHE'S-HE'Sに勝てる人なんていない!!



『Come on!!』


 ああああああああ!!

 知花さん!!

 めっっっちゃカッコいい――!!

 衣装は全体的に薔薇が着いてる可愛い系なのに…このギャップ!!


「うおおおお!!最高だー!!」


 ヨシ兄の大声に、周りも続いて声を上げる。

 まだ歌も始まってないのに…とは思うけど、本当…SHE'S-HE'Sは存在自体が最高…!!


 ふと隣を見ると、静香さんも佐和ちゃんもマサ兄も泣いてる。

 …社員である三人は、きっとあたし達とは違う思い入れがあるもんね。


 ビートランドのみんなが、どれだけこの日を待ってたか。

 近くで見てた分、ファンであるあたし達より、もどかしさもあったはず。


「泣いてちゃ見えなくなるよっ!!」


 そう言って、あたしは両手を振り上げる。


「そ…そうだ…しっかり観なくちゃ…!!」


「ほんと…うん!!」


 ぶっちゃけ…昨日はあたしも号泣し過ぎて視界がぼやけた。

 だけど今日は絶対泣かない…!!


 遠い昔、あたしのコンプレックスを軽くしてくれた王子様…


 まこさんを、目に焼き付けるために。




 〇島沢真斗


『Come on!!』


 知花がそう言っただけで、会場の景色が大きく変わった。

 ほぼ全員って感じのお客さんが…両手を振り上げてくれてる。


 単音からのピアノイントロ。

 …もう、この曲は弾けないと思ってた。

 なのに、なんでかな。

 今の僕は、出来ない事なんてない気がしてる。



「みんな、今日もよろしくね。」


 そう言って頭を下げると。


「あ?そりゃこっちのセリフだろ。」


 陸ちゃんが目を細めた。


「そーそー。陸ちゃんとセンのツインソロの時は、まこちゃんのバッキングがないとね。」


「聖子の言う通り。まこが弾いてくれないと、俺達は派手な事出来ないんだから。」


「みんな…」


 正直…昨日は少し遠慮してしまってた。

 リハよりほんの少し…音量も控えめにしてたし…

 ソロも最後はアレンジで誤魔化した。


 そんな僕に、最初に気付いたのは…やっぱり知花で。


『自信持って』


 三曲目の途中、振り返って口パクで告げられた。



 僕達は運命共同体。

 …そう自信を持って一番言ってるのは、誰でもない…僕なのに。



「…ありがと。分かった。今日こそ…僕らしくやり遂げるよ。」


 僕の言葉にみんなは笑顔になって。


「ま、これからも続いて行くんだ。俺達は俺達の音を楽しもう。」


 光史君のそれが合図みたいになって。


「SHE'S!!」


「HE'S!!」


 誰もズレる事無く…儀式を終えた。




『Go!!』


 瞳さんのハイトーン。

 いつ聴いてもすごい…!!


 陸ちゃんとセン君、相変わらずカッコいいなあ。


 知花も聖子も光史君も…

 とにかく、みんな…僕の自慢でしかない。


 それに…


「……」


 コーラス隊の立ち位置に並ぶ、僕の娘達。


 本当に…みんなに助けられて、ここに居る。


 僕は…



 ずっと、ここに居ていいんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る