第71話 『Thank You!!』

 〇桐生院華音


『Thank You!!』


「……」


 ステージBで待機していた俺達は。

 Deep Redの圧巻なライヴに、少しだけ変に力が入ってた。


「おい。飲まれてんじゃねーぞ。」


 そう声を掛けると。


「はっ…」


 しょうとガクと希世きよが小さく息を飲んだ。

 杉乃井はー…まあ、どっちかっつーと、ミーハー気分で見惚れてたように思う。


 そうは言っても…

 もしかしたら、一番力んでるのは俺かもしんねー。



『クワフォレ、準備はいいか?』


 イヤモニに飛び込んで来たのは、里中さんの声。


「はい。いけます。」


『Deep Redでアドレナリンが出ただろう。お前らはお前らの音で会場を虜にしてみせろ』


「……」


 その言葉に、みんなを見渡す。

 すると、さっきのガチガチな表情は消えてて。

 何なら不敵な笑みが(笑)


「任せて下さい。」


『頼もしい。じゃ、SE入れるぞ』


「よろしくお願いします。」


 俺がそう言うと。


「っしゃ!!」


 被り物をしてないのに、彰が大きな声を上げた。


「ははっ。あいつ、まだやる満モードだ(笑)」


「希世、聞こえてっからな。」


「彰ちゃん、スーツ破んないようにね。」


「ガクうるせー。」


「…彰君のキャラ認識、改めなくちゃ。」


「おぅ……」


 杉乃井の言葉でおとなしくなった彰に小さく笑って。

 俺はギターを持ち直す。


 DANGERを抜けて…ギターヒーローになれとじーさんに言われた。

 第一回のマノンアワードでは惨敗だったけど。

 俺はこのクワフォレで、世界のギターヒーローに成ってみせる。



『開けるぞ』


 里中さんのGoサインと共に、希世のカウント。



 さあ。



 Deep Redの残像すら消し去るぜ。




 〇二階堂紅美


「っ…」


 そのイントロの力強さに。

 あたしは肩を揺らせた。


「…悔しいけど、希世…パワーアップしてる…」


 隣にいる沙也伽さやかが唇を噛んだ。


 …ううん…希世だけじゃないよ。

 クワフォレ、メンバー全員が…凄い。



 Deep Redの登場に色めき立った会場は、その余韻を徐々に消されて行った。

 一気に、じゃないのは…

 明るくノレる曲じゃなかったからかもしれない。

 それと…全員黒づくめのスーツ。

 メンバーが誰か分からなくて、ざわめく客席。



「…玄人には目が離せない展開だけど…」


「…一般受けはしそうにない…曲…だよね…」


 沙也伽とそう呟いてると。

 だんだん…曲調が変わって来た。


 直立不動なのに、やってる事がすご過ぎる…!!



「ねぇ、あれって、DANGERにいたカノンとガクだよね。」


「DEEBEEにいたショウとキヨも。」


「あっ、キーボードってパーソナリティーのサリーじゃない?」


 メンバーの顔がハッキリ分かるようになって。

 客席もじわじわとステージに集中する。


 …ノン君の歌い方、以前と全然違う。

 進化してるんだ。



「なんだろこれ。分かんないけどカッコいい。」


「曲が体に染みつく感じ。」


「えー、あたしは無理だなー…」


「SHE'S-HE'Sのために体力温存しとこ。」



 反応は様々。

 だけど意見が分かれるのは…『どうでもいい』より高評価だ。



「……」


 沙也伽が夢中でステージを見つめる。

 本当…地味に聞こえる曲だけど…これ、耳も目も離せない。


「あれ…この曲いい。」


 二曲目になると、跳びたくなるようなイントロに客席の様子も変わった。

 だけどステージ上は相変わらず直立不動…

 やる満の時のようなシャウトも煽りもない。


 そのギャップもだけど…

 なんて言うか…

 動いてよ!!って。

 何だか焦らされてる感が…


「あ――!!思うツボなのかなあ!?悔しいけどのっちゃう!!」


 とうとう我慢しきれなくなった沙也伽が、両手を振って声を上げた。


 あたしはー…ノン君から目が離せない。



 どこまでカッコいいの!!



 ライバルであり、あたしの最愛の男…!!




 〇二階堂 学


『waiting for…』


 ノン君、すげーな。

 いや、そんなのとっくに知ってたけど。

 でも…やる満で、隠し持ってた引き出しをいくつも開いて見せられた感じっつーか…

 次元の違いを見せ付けられた気がした。


 まさか、あんな声が出るなんて。

 まさか、あんな歌い方が出来るなんて。

 あれじゃノン君だって気付かれない。

 やる満がクワフォレだってバレるとしたら、他のメンバーからだ。


 ったく…俺のイトコ達ときたら。

 モンスターばっかだよ。



「……」


 顔を上げてモニタールームを見る。

 今日はあそこで観るって言ってたチョコも、きっと乃梨子姉と朝子ちゃんとで客席にいるはず。


 …何つーか…


 平和だよな。



 みんなが多くの夢を見てた頃。

 自分の立ち位置と言うか…居場所、在り方…

 何もかもが分からなくなりそうで、思い悩んだ。


 俺は頭がいい。

 だから出来て当たり前。

 だけど実際は…夢も持てないヘタレだった。


 楽しかったはずのDEEBEEも、何となく苦痛になってフェイドアウトした。

 俺は大人に言われる通り、論文でも書いてりゃいーんだよ…って。

 何をやっても満足…て言うか、充実しなかった。

 どんなに気持ちのいい事を繰り返しても。

 俺自身、何を求めてるかが分からなくて。


 だけどチョコの夢を応援して渡英して。

 結婚してchoconを二人で経営して。

 そんな中、DANGERに加入して。

 クワフォレとやる満で、まだまだ自分のスタイルを模索してる今。

 …すげー充実してる気がする。


 今日の衣装はchoconが担当。

 チョコに黒スーツのデザインなんてできっかな…って思ってたけど。

 全員さりげなく、微妙に袖口や裾、襟元やポケットのデザインが違うんだ。

 それに素材もいい!!

 動きやすい!!


 …まだ直立不動だけど(笑)



 みんなほど確率されてない、俺の夢。

 だけどそんなの…どうでもいいって思った。



 大事な家族と、大好きな仲間と。



 音楽があれば。




 〇朝霧希世


『shout!!』


 ようやく動き始めたフロントの三人。

 ノン君を挟んでガクと彰が腰を落として。

 それを後ろから眺めて…


 絶景だなー…。


 って思った。


 三人の向こうに見えるのは、一気にヒートアップした観客。


 あー!!

 鳥肌!!



 …DEEBEEが解散したのは、俺のせいだと思った。

 沙也伽の産休中、DANGERのリハに参加した。

 リズムマシーンじゃ気分が上らないだろうなと思ってのそれは…


 俺の方が、感化された。


 沙也伽は俺の妻だけど、ドラマーとしてはライバルでもある。

 ノン君がDANGERに加入してからというもの、沙也伽だけじゃなく…当時DANGERにいた沙都もそうだし、紅美も。

 そして、沙都の脱退後に加入したガクも、めちゃくちゃ上達した。

 …一気に差をつけられた気がした。


 DANGERのリハが楽しくなってる自分に気付いた時は…DEEBEEのメンバーと沙也伽に罪悪感が湧いた。


 だけど、それ以上に。


 上手くなりたい。

 もっと自分を高めたい。

 憧れのドラマーである親父に近付きたい。

 そんな思いで…


「……」


 ふいにガクが振り返って。


 サイコー!!


 そう、口パクした。



 …元々はギタリストとしてDEEBEEにいたガク。

 中等部の頃から論文ばかり書かされてて。

 気が付いたら…ミーティングにも顔を出さなくなってた。


 もしかしたら、彰に遠慮して…だったのかもしれないけど。

 今、こうやって不思議なめぐり合わせで同じバンドで演れるなんてさ。

 笑っちゃうよなー。


 …高原さんは、鬼かっ!!て言いたくなる事もあるけど…

 結果、神様みたいに思えちゃうんだよな。

 ほんと。



『サリー!!』


 ノン君が杉乃井さんを指差すと同時に、壮絶なキーボードソロが始まった。


 杉乃井さん、マジですげー…

 客席も唖然としてる。



 あー…楽しい。

 それに、嬉しい。



 何が嬉しいかって…

 やる満とクワフォレが間違いないのもそうだけど。


 …詩生しお君が音楽を辞めないでいてくれた事。




 それが一番かな。





 〇高原夏希


「おー…なんやどれも不思議な構成の曲やな。」


 F'sの打ち合わせに行ってたみんなが控室に戻って来て。

 モニターに映るクワフォレを見て、マノンが珍しく真顔で言った。


「一曲目は組曲的な展開だったな。AメロもBメロはともかく、サビすら繰り返さずに落ちまで行った。」


 さくらの肩を抱き寄せたまま、モニターを見入る。


「二曲目はイントロがBメロ。ギターソロ明けでサビ並みにBメロ繰り返してたな。」


 首をすくめながらも、ナオトもその顔に笑みはない。


「それにしても…みんな上手くなったな。」


「一気に俺らが着けた火を消しやがった(笑)」


 ゼブラとミツグはのん気に笑ってるが…

 マノンとナオトは火が着いたんだろうな。

 この様子だと、冬の陣に向けて…


「冬フェスは新曲で攻めようぜ。」


 そう言ったのは、マノンでもナオトでもなく…ミツグだった。

 みんなが意外そうな顔でミツグを見ると。


「今日、思い知らされた。俺らの熱ってのは冷めないもんだなって。だったら、ジジイだろーが何だろーが、とことんやるしかねーだろ。」


 ぐっと親指を突き出して言った。


「ミツグさんカッコいい!!」


 さくらがそう言って立ち上がって拍手する。


「えっ?あっ、ははっ。マジで?」


「なーに照れてんだよっ。」


「るせっ。」


「もう明日からスタジオ入ろうで。」


「いや、明日は休ませろ。」


「何なん~。お前の熱って週休六日かっ。」


「上手い事言うな(笑)」


 みんなの言葉を聞きながら。

 俺は…生き返った気がしていた。


 まだまだ歌う。

 歌える。



 モニターからは、クワフォレ、ラストの曲。

 スタートこそ直立不動だったが、今はやる満とは全く違うパフォーマンスで観客を虜にしている。


 …よく育ってくれたもんだ。



「ナッキー、こっち。」


「あ?」


 マノンに呼ばれて振り返ると。


 パシャ


 いつの間にか自撮り用のアイテムを駆使して、写真を…


「あー、今のはダメ。撮り直してくれ。」


 そうリクエストして、離れてたさくらの腕を引く。


「えっ…あたしも入っていいの?」


「ええに決まってるやん。ならもう一回。ナオト、もうちょい寄って。」


「ジジイが頬寄せ合うとか…」


「ええやんっ。三、二、一。」


 パシャッ


 その後、マノンが送ってくれたその画像をホーム画面に設定した。



 冬の陣まで。



 生きられるように。

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