第70話 『Guitar!!』

 〇高原夏希


『Guitar!!』


 Deep Redのステージも終盤。

 あまり売れなかった新作からの曲も、やってみれば客席は大合唱で。

 俺は夢でも見ているのか…と、不思議な気持ちで会場を眺めた。



 …胸と背中に少しの痛み。

 ほんの少しだ。

 まだ大丈夫。

 最後まで歌える。


 マノンと背中を合わせて。

 すれ違いざまにゼブラとハイタッチをして。

 ショルキーでフロントにやって来たナオトと、一つのマイクで歌い。

 定位置から動けないミツグには…今までで一番名前を呼んだ(笑)


 …これで終わってもいい…

 なんて思うなよ?俺。

 まだまだだ。

 これからも、Deep Redとして新作を世に送り出す。

 そして、さくらともアルバムを発表して…

 那須なす氷魚ひおに見せられたお宝映像を、冬の陣で披露して…


 家族とも、もっと一緒の時間を過ごさなくては。

 まずは、聖が望んだ事を叶えたい。

 高原 聖になる事…

 それから、スプリングとビートランドの合併。

 どういうカタチで進めるのがベストか、みんなに相談しないといけないな。


 秋には咲華と海に子供が生まれる。

 華月と詩生の結婚も近そうだ。

 聖とLeeも…


 …ああ、なんて幸せなんだ。

 ずっと何かに支配されているような気持ちを…どこかしらに抱えていた気がする。

 だけど俺は何にも囚われていないし、自由だ。


 病気とは、今後も上手く付き合っていくしかない。

 しかし、一つ言えるのは…

 何も諦めなくていいって事。


 俺はいつか病気で死ぬ。

 いや、もしかすると今日事故で死ぬ可能性だってある。

 だけど、病気だから早く死ぬとも限らない。

 自分の体や現状と向き合い…受け止めて進む。


 もし歌えなくなっても。

 俺の歌はみんなの記憶の中に。

 その時俺は、今度こそ…その自分を受け止めて。

 新しい自分の道を見出すんだ。


 ただ一つの道だけじゃない。

 いくつもの可能性がある。

 俺にとっても、歌う事だけが…俺の道ではないように。



『Say!!』


 客席にマイクを向けると、笑ってしまうほどの大歓声。

 あの頃のようには動かない身体を思い知ってもいいはずなのに。

 まるで俺達は…あの頃のままじゃないか。と錯覚する。


 いや、あの頃のままだ。


 マノンがいて、ナオトがいて。

 ゼブラがいて、ミツグがいる。


 大きく揉めた事もない俺達。

 活動を休止して、会う事が減っても…

 家族のような気持ちを持ち続けていられた。

 …最高の仲間達。



 ラストの曲を歌い終えて。

 俺は会場を包み込む気持ちで、両腕を大きく広げた。


 マノンのギターが曲のラストを盛り上げる。

 会場は割れんばかりの大歓声。


 ああ…歌い切れた…


『ラスト!!みんな跳ぶで!!』


 マノンの声に、俺は小さく笑いながらミツグを振り返る。


 五回行こう。


 そう手を広げて合図すると。

 それを見ていたマノンとナオトとゼブラも笑顔で頷いた。




 〇東 瞳


『ラスト!!みんな跳ぶで!!』


 マノンさんの言葉に、あたしは内心『ええっ!?』って思った。


 父さんも…跳ぶの!?



 あたし達SHE'S-HE'Sの出番は、次の次。

 メンバーのみんなは控室にいるけど…

 あたしは居ても立っても居られなくて、コッソリ客席から観てる。



 ああ…

 跳ぶのかな…

 体力残ってるのかな…


 ヒヤヒヤしながら見つめてると。


「一緒に跳ばないの?」


 ふいに話しかけられた。


「えっ!?」


 振り返ると、知花ちゃん。


「ほら、カウント入る。」


「えっ…ええっ?」


 知花ちゃんに腕を掴まれて。


『one!!』


 ナオトさんの掛け声で、知花ちゃんと一緒に跳ぶ。


『two!!』


 次はミツグさん。

 戸惑って飛ばない人もいた客席も。


『three!!』


 ゼブラさんの掛け声では、ほぼ全員が跳んで。


『four!!』


 マノンさんのカウント後、マノンさんとゼブラさんは父さんの隣に立って。


『ラスト!!』


 父さんが叫んだ瞬間、会場中の全員が綺麗に跳んだ。


『Thank You!!』


 その笑顔に…あたしと知花ちゃんも笑顔になった…けどー…


「…いつからここに?」


 恐る恐る問いかける。


「最初からよ?」


「えぇ…気付かなかった…」


「一緒に観たかったから。」


「……」


 あっと言う間の30分だった。

 もし一緒に来てたとしても…あたしは自分の世界に入り込んでたと思う。


「…歌えたね。父さん。」


 あたしはそうつぶやきながら、知花ちゃんの肩を抱き寄せる。


「うん。さすがだな…って感激したし、刺激になった。」


「そうね…あたし達も、ずっと歌い続けたい。」


「もちろんよ。これからもよろしくね、姉さん。」


「…もー…こんな時だけ。可愛い妹。」


「ふふっ。」



 ステージでは、Deep Redがフロントに並んでお辞儀してて。

 客席から熱い歓声が沸き上がってる。

 あたし達も盛大に拍手を送って…


「顔見に行く?」


 知花ちゃんに聞かれたけど。


「あたし達の準備をしましょ。」


 あたしは背筋を伸ばして答えた。



 次は、事務所期待のクワフォレ。

 相当な実力者揃いだけど…



 今日もあたし達は、あたし達の最高のパフォーマンスを魅せるだけ。




 〇高原さくら


『Thank You!!』


 もう…

 拭いても拭いても涙が止まらなくて。


「ナッキー!!」


「マノーン!!」


 客席から送られる熱いコールに便乗して。


「Deep Redサイコー!!」


 大声を張り上げた。


 もっと…

 これじゃ足りない…!!


「サイコー過ぎー!!」


 周りからクスクス笑われてる気もするけど。

 いいの!!


「世界い…」


「義母さん、控室。」


 叫ぼうとしたところで、千里さんに腕を引かれる。


「今の…シェリーじゃない?」


「神 千里もいなかった?」


 あっ…


「えへへ…ごめん…千里さん…」


「大丈夫。慣れてます。」


「ぶー…」


「さ、早く。」


 なっちゃんに…会いたいような会いたくないような…

 何だか複雑な気持ちなのは、どうしてなんだろ。


 一曲だけ参加って決めてしまったバツの悪さ?

 え?今頃?


 うーん…


 あれこれ考えてる間に、千里さんに腕を引かれてDeep Redの控室に着いてしまった。

 その前には…大勢の人だかり。

 その向こう側からDeep Redのみんなが戻ってくると、わっ!!と歓声が上がった。


「おっお疲れさまでしたっ!!」


「サイコーでしたっ…ああ…こんな言葉じゃ足りない…っ!!」


「鳥肌っ!!止まんないですぅ!!」


「おっおお俺は涙が…っ…!!」


 スタッフのみんなからそんな声が飛んで、隣にいる千里さんが少しだけ俯いて小さく笑って。


「俺も似たような言葉しか出て来ないっすよ。」


 チラリとあたしを見てそう言った千里さんが、なんだかすごく愛おしく思えた。


「…うん。あたしも。」


 千里さんを見上げてそう言うと。


「さくら。」


 大好きな声が聞こえて。

 みんなが一斉にこちらを振り返る。


 そして、自然と道が開いて。


「さくら。」


 もう一度名前を呼ばれた。


 トン…と、千里さんに優しく背中を押されて。

 あたしは、そこに笑顔で立ってる愛しい人に駆け寄った。


「…なっちゃん…っ!!」


 ギュッ


 あたしがなっちゃんに届くかどうかの所で。

 なっちゃんがあたしの手を取って引き寄せた。


「えっ…」


「ただいま、さくら。」


「…お…おかえり…」


「……」


「…おかえり…なっちゃ…えっ…」


 背中に手を回すと、ぎゅうって強く抱きしめられた!!


 え――!!

 みんないるのに!!


「ったく。帰ってやれや。」


 案の定、聞こえて来たマノンさんの声に首をすくめると。


「俺はいいと思いますよ。人間、もっと大っぴらに愛情表現するべきっすよねー。」


 千里さんがニヤニヤしながら言った。



「お前、自分がしてるからって。」


「まあまあ。ところで、朝霧さんとナオトさん、今日のF'sどうします?」


「あ。」


「あれ。まさか忘れてたとか?『明日はド派手にやるで!!』って言ってませんでしたっけ?」


「わっ忘れるわけないやん~。」


「そそそーそー。あ、打ち合わせしなきゃな。うん。ミツグ、ゼブラ、お前ら疲れただろ。帰って寝ろ。」


「おいおい。そりゃねーだろ。」


「よし。打ち合わせに付き合ってやる。」



 みんなが賑やかに喋ってる最中も。

 なっちゃんはあたしを抱きしめたままで。


 こうしてると…何だか、あの頃に戻ったみたいだった。


「…何笑ってる?」


「ん?んー…何だか昔に戻ったみたいと思って。」


 小さく笑って言ったあたしに。

 なっちゃんはそっと目を閉じて。


「愛してるよ、さくら。」


 優しく…あたしの額に唇を落とした。

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