第69話 『Are you ready!!』

 〇高原夏希


『Are you ready!!』


 幕が上がると同時に、俺は客席を指差してシャウトした。


 そして、その声に応えるかのように…


 うわああああああ!!


 大歓声がステージに届く。



 ああ…

 ここに立つことが出来た奇跡。

 これを幸運と呼ばずに何と呼べば?



『Here's a song for ya!』


 オープニング曲のキメ台詞に。

 観客席には涙をながしてくれる顔も見える。

 …こんな年老いたロックバンドを待ってくれていたなんて。

 ありがたい限りだ。



 元々一曲だけの予定だった。

 しかし一枠やる事になってセトリを決めなければ…と思った瞬間。


「ニュージャージーライブのセトリ使おうぜ。」


 俺の頭に浮かんだ事を口にしたのは、ナオトでもマノンでもなく。

 ミツグだった。


「マジか!!俺もそれ言おうと思ってた!!」


「俺も!!」


 ナオトとゼブラが嬉しそうにハイタッチをし。


「ぶー…俺かて言お思てたのに…」


 マノンはにやけながら唇を尖らせた。



「一曲でいいって答えた事、ずっと後悔してたんだよなー。さくらちゃんの気持ちを思うと正解だったけど、Deep Redとしてはそうじゃなかったから。」


「ミツグ…」


「あ、いや。もちろん、さくらちゃんの想いは十分尊重してる。彼女はナッキーの妻であり、ビートランドの会長だからな。」



 泣きそうになった。


 俺がビートランドを設立して、Deep Redの活動を休止させたのは事実で。

 まだまだ現役を貫きたかったみんなを、蔑ろにしてしまった。


 なのに…

 今も俺をメンバーとして、友として…

 こんなにも大切にしてくれるなんて…



「…ニュージャージーのセトリでいいが…」


「…キツイか?」


「…枠は30分だぞ?」


「……」


 一瞬の沈黙の後。


「だっははははは!!そりゃそうだ!!今日は俺らのワンマンじゃねーよ!!」


 五人で爆笑した。



 そこから…


「まずはオープニングやろ。で、二曲目と三曲目はショートバージョンで…」


「不評だった新作からもやろうぜ。」


「ナオト、言い方。」


「これから売れる新作からは、六曲目やろうぜ。」


「今日はミツグが本気だ(笑)」


「いつも本気だっつーの。」


 冗談を交えながらも、テキパキとセトリが決まり。


「そこ、もうBメロ端折ってサビいこうで。」


「あーなるほど…」


「ジジイ集団がこれをぶっつけ本番で出来るか…だな。」


「おっ、ナオトはジジイなんやな。俺はやれるで~。」


「ちくしょー…やってやるっ!!」


 さくらのステージに触発されながら。

 簡単なセッション。





『Sing it!!』


 ギターソロに入る前のサビで客席にマイクを向けると。


 wow wow Tell me what you want~!!


 思いがけない大合唱。

 これには、つい…目を丸くしてしまった。


 声を張り上げてくれているのは、どう見ても若い顔ぶれ。

 …俺達の曲は、世代を超えてくれたのか。



 左を見ると、マノンが客席を指差して一緒に歌ってる。

 ははっ。

 本当に、あの時と同じだ。


 …だとすると…こいつ。

 ソロの時…


 ふいに、スタッフの一人がマイクスタンドを端に寄せた。


「……」


 次の瞬間。

 マノンがギターを回した。

 昔よくやっていたアレだ。


 おいおい…おまえいくつだ。と思いながらも。

 楽しくて仕方がない。


 俺は笑いながらマノンに親指を突き出した。

 そして…無言で里中を見る。

 ニュージャージーのステージの映像、熟知か。




 …ふっ。

 今のマノンに触発されたのかー…

 随分と力強い目をしている。



 里中は…本当に、気持ちのいい奴だ。

 ビートランドの全てを分かってくれている。


 里中には…多くの物を押し付けたかもしない。

 だが、その分。

 多くの物を与え残したいと思う。


 千里と圭司に対する期待とは、また違う所で…俺は里中を頼りにしている。

 俺がいなくなった後、里中には多くのものを守ってもらいたい。


 …少し荷が重いか…?




 一曲目が終わって。

 暗転してる間に、念のための酸素を吸ってると。


『久しぶり!!今日の俺ら、Lady.Bの代打やねん!!』


 マノンがそう叫んだ。


「えー!!」


「代打が豪華!!」


「会いたかったー!!」


「Lady.Bどうしたー!?」


 客席から、どよめきと歓声が起きた。



『彼女たちは病欠』


『みんな、ナマモノには気を付けて』


『俺らにはラッキーだったけど、昨日のライブが良かっただけに惜しいな』


『いや、自己管理甘過ぎやろ』


『マノンが言うか?』


『俺、ナマモノにはめっちゃ気ぃ遣うで』


『いや、アルコールの方は…』


『あーあー聞こえへんなー。てか、みんな酒癖酷いやん!!』


『あーあー聞こえなーい』


『ま、Lady.Bには次の来日の時に…』


『特別ライブか?』


『反省文やろ』


 ええ~!!と笑いが起きて、ナオトが「ないない」と手を振った。


 俺を休ませようとしてくれてるのか、みんな饒舌だ(笑)



『一曲終わるたびにやるのか?』


 マイクを手にして言うと。


『おお~、一番ヤバい奴がよう言うわ!!』


 マノンがエフェクターを踏んで、二曲目が始まった。


 その突然のスタートに、里中が肩を揺らして笑っている。


 ああ…そうだ。

 俺達はいつも…イントロがギターだけの曲は、マノンの気まぐれで始まるんだ。


『Come on!!』


 不思議と…

 最後まで歌える気がした。

 倒れる事無く歌い終えて…

 みんなと打ち上げで乾杯する予感がした。


 …なんだ。


 俺は…


 まだまだ生きれるじゃないか…。





 〇神 千里


『Here's a song for ya!』


 高原さんの声に応えるかのように。

 会場中が飛び跳ねる。


 これは、F'sでもSHE'S-HE'Sでもない。

 とっくの昔に活動を終えたと言ってもいい、Deep Redと言うバンドだ。


 もう現役じゃないのに。

 全くそれを感じさせないのはなぜだろう。


 先月発表された新作は、ヒットどころか酷評され。

 俺達全員が唇を噛む結果となった。


 だから…正直、この状況には…驚いている。


 Deep Red

 まだまだやれるじゃねーかよ…!!



「……」


 隣を見ると、お義母さんが唇を噛んで泣くのを我慢してる。

 …ま、色々よぎるよな。

 だけど…


「義母さん、楽しまなきゃ置いてかれますよ。」


 耳元でそう言うと。

 義母さんはハッとして。


「ほ…本当だ!!ありがとう!!」


 そう言ったかと思うと…


『Sing it!!』


「wow wow Tell me what you want~!!」


 高原さんのコールに、早速大声で歌い始めた。


 …マジ、楽しまなきゃ置いてかれるよな。

 今日の俺達はトリ。


 よーし。

 俺も楽しむぞ。


「wow wow Tell me what you need~!!」


 大声を張り上げる。


「えーっ、千里さん大丈夫!?本番までにつぶれないでよー!?」


「そんなヤワじゃないっすよ。」


「それもそっか。」


 あー…

 不安も大きいけど。


 Deep Red

 ワクワクが止まんねーぜ!!




 〇朝霧瑠音


「るー、大丈夫?」


「うん…うんっ…」


 心配してくれてる頼子の隣では、宇野君が泣きながら両手を振り上げてる。

 昨日、FACEで力を使い果たしたらしい宇野君は。

 今日は私達と一緒にボックス席で観る事にしてたのだけど…

 きっと、頼子も宇野君も後悔してるはず。


 客席の最前は無理でも…

 あの歓喜の渦の中で、ライブを楽しみたいって思ってるはずだから。



 その昔、宇野君のお兄さんが経営されてたライブハウス・ダリア。

 頼子と宇野君と瀬崎君は、よくそこで音楽を楽しんでた。

 高校生になって、私もそこに連れて行ってもらって…真音と出逢った。


 三年前。

 Deep Redがすごく久しぶりにステージに立った。

 私は、何となく…きっとナッキーさんはこのステージでDeep Redを終わらせるんじゃないか…って勝手に思ってしまってた。


 その後、ナッキーさんの病状が良くないと知って…その憶測は確信に変わった。

 さくらちゃんと結ばれて、余生は静かに過ごすのだろうって…


 だから。

 今回、一曲だけって聞いた時は…

 本当に?って疑問でしかなかった。

 ナッキーさん…歌えるの?って…



「るーも誠司も泣き過ぎ(笑)」


 そう言う頼子も涙目。


 きっと…Deep Red最後のステージだ。


 あの、ダリアから始まった…Deep Redの…




 これが、集大成…。


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 なかなか進まなくて、まことにすみまめーん!!

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