第68話 「母さん。父さんどこにいんの。」

 〇世良静香


「母さん。父さんどこにいんの。」


 ステージBでのシェリーに心奪われたままのあたしに、息子の弦輝げんきがキョロキョロしながら言った。


「お兄さん達とトイレ。」



 その昔。

 広告代理店で働いていたあたしは。

 ひょんなことから、憧れのビートランドの広報で働く事になった。


 あれから19年。

 色々あったけど、仕事はずっと楽しいまま。

 ビートランドがつまんないわけがない。


 昨日は物販ブースのヘルプに出たけど、今日はお休み。

 朝から家族総出でフェスを楽しんでる。



 元々は両親が愛して止まなかったDeep Red

 我が世良家は両親の英才教育によって、二人の兄と弟と妹…家族全員がDeep Redファンに育った。


 彼氏ができても、熱いDeep Red愛に溢れる我が家族について来れる人は現れず…


『君は俺より家族を大事にした方がいいよ…』


 と、別れを告げられた事、数知れず。

 その内、自分でも彼氏はいらない。結婚もいいや。なんて思うようになったのに。


 まさかの、妊娠…


 ノリで寝てしまった事を後悔したけど。

 相手は…


「俺、いいっすよ。結婚しても。」


 さらりとそう言って。


「何なら静香さんちに住みたいっす。」


 なんて事を言って。


「順番違うけど、子供が出来ました。今日から俺、世良姓になっていーっすか?」


 家族を前に、あっけらかんと婿養子宣言をし…


「静香さん、早く仕事復帰したかったら、俺が育休取りますんで。」


 意外にも…あたしの仕事熱に理解があって、子育てにも超積極的。


「お義母さん!!Deep RedのレアTシャツゲットしましたよ!!」


 社員だからと言って簡単に手に入れる事はできないレア物を、あたしの家族のために睡眠時間を削ってまでオークションで入手してくれたり。


 …結婚してから…彼をすごく好きになった。



「あ、帰って来た。」


 弦輝が振り返った先には、夫とその兄二人。


「静香さん、タフですね。」


 上の兄の慶彦よしひこさんが言った。


 …あたしの夫は、あたしより11歳年下。

 だから夫の兄二人も、あたしより年下。


 昔は少し気になったけど…

 今は全然だ。



「自分達はSHE'S-HE'Sのために余力を…」


 夫の兄二人はそう言って、後ろの方に去って行った。


 ま、そうだよね。

 アラフィフにはキツイわよ。


 ただ、あたしは。

 フェスが決まって、夫と体力作りに励んだ。


 ビートランドを盛り上げるには、体力をつけなくちゃ!!



「静香さん、シェリー見た?サイコーだったね。」


 スポーツドリンクを差し出されて、あたしはそれを笑顔で受け取る。


「本当…世界に出て欲しい人の一人。あたし達の自慢の人…」


「うんうん。マジそうだ。俺、いつも元気もらってる。」


 そう。

 夫の将彦まさひこもまた、ビートランドの社員。



 高校生の頃、なぜだかシークレットライヴに招待されて。

 SHE'S-HE'Sを生で体験して以来…兄妹全員がSHE'S-HE'Sのトリコらしい。

 羨まし過ぎて、何度細かく話せと言った事か。


 だけど夫は…


「シークレットだからダメ。」


 と。

 社員としての規約も守っている。

 …見た目チャラいのに、ビートランドに入るために色々修業したそうだ。



「お義姉さん、マサ兄ちゃん、弦輝も。保冷剤どうぞ。」


 声を掛けられて三人で振り返ると、夫の妹の真珠美ますみちゃん。

 彼女も、バキバキのSHE'S-HE'Sファンだ。


 なんでもキーボードのまこさんが初恋だったとか。

 そして、その初恋を今も大事にしてて。

 独身のままSHE'S-HE'Sを熱烈に応援中。


 ま、分かるわ。

 まこさんはいつまでも皆の王子様みたいな人だもんね。



「真珠美ちゃん、どうする?ヨシ君もタケ君も休みに行ったけど。」


「休むわけないですよっ。」


「ふふっ。だよね~。」



 真珠美ちゃんもあたし達同様。

 ビートランド愛を貫くために体力作りをした。


 そしてもう一人…


「ねえ、Lady.Bが出れないって。」


「えっ。」


 スマホを手に駆け寄って来たのは。


「えぇ…佐和ちゃん、その情報どこから…」


 夫の二番目の兄、剛彦たけひこさんの嫁の佐和ちゃん。


「Fes Info来た。」


「あ、ホントだ。」


 Fes Info

 それはステージの合間にFes用アプリに回って来る情報。

 タイムテーブルから物販まで。


 だけど…Lady.Bって次だよね。

 こんなに急に…



「今日スタッフとして入ってないと、詳細は知らされないもんね…ああ…気になる…」


 佐和ちゃんが悔しそうな顔で言った。

 彼女もビートランドの社員。

 さらには…まこさんの奥さん(めちゃくちゃ美人)の友人でもある。



「いや、入っててもシークレットやサプライズはステージ上のスタッフしか分かんねーし。」


「だよね…ま、この後誰が出るかはお楽しみって事で…」


 あたしと夫がそう話してると。


「えっ。」


 弦輝が驚きの声を上げた。


「ん?どうした?」


「…あれ…」


「……え?」


 弦輝の指先は、ステージBの前に降りてる幕。


 そこにうっすらと…


「…ま…まさか…」


 そこに、ある文字を見付けたあたし達は…

 五人で身体を震わせた。

(佐和ちゃんも真珠美ちゃんもDeep Red洗脳済み)


 ♪~…


「あああああああああ!!」


 SEが耳に飛び込んで来た瞬間。

 あたし達は、同時に雄叫びを上げた。


「こ…こ…これっ…」


 Deep Red!!


 えっ!?

 これって…

 Lady.Bの代わりがDeep Redなの!?


 ええええ――!!




 〇里中健太郎


『Are You Ready —!?』


 高原さんのいきなりのシャウトに、隣にいるハリーとハッと顔を上げた。

 声が…!!


「うわー…もしかして、何かやってはったんですかね…」


「そうだな…」


 Deep Redが出演するのは一曲だけの予定だった。

 高原さんは、それのために…きっと体力作りも、ボイトレもしたはず。


「あー、鳥肌。客席、号泣ですやん(笑)」


 突然のDeep Redの登場に。

 客席は歓喜の涙。

 そして周囲のスタッフも、涙。


 俺は…必死に耐えている。

 出演に反対してた俺が泣くなんて…おこがましい。

 俺は、俺の仕事をやり遂げるだけだ。



『Sing it!!』


 高原さんにマイクを向けられた客席は、そのヒット曲を大声で歌い始めた。

 Deep Red世代だけじゃない。

 どう見ても世代じゃない若者達の熱狂ぶりには高原さんも驚いたのか、少しキョトンとした後、照れ臭そうな笑顔を見せた。


 朝霧さんがステージの最前で客を煽る。

 ああ…何度も映像で観たシーンと同じだ。

 あれは、ニュージャージーでの野外ライヴの映像だったか。

 この後のソロで、朝霧さんはギターを…


「……」


 もしかして、やる気か…?


「朝霧さん側のマイクスタンド、すぐに左後ろに下げてくれ。ソロが終わったら戻していい。」


『ラジャです』


 俺の指示を聞いてたハリーが。


「何ですのん?」


 首を傾げる。


「俺の記憶が確かなら、朝霧さん、この曲のソロ中に…」


 俺がそう言った瞬間。


 わあっ!!


 歓声が上がった。


 朝霧さんは、俺でも重いと感じるレスポールを。

 ソロの最中に、背中に回して一回転させたんだ。


 盛り上がったのは客席だけじゃない。

 高原さんは楽しそうに笑顔で親指を突き出し。

 ゼブラさんは、真似をしかけて…やめて、ミツグさんに笑われた。


 そんな中、ソロを弾き終えた朝霧さんは少しだけ斜に構えて俺を見ると。


『どうや!!』と、口パク。



 まだオープニングだと言うのに…大丈夫なのか?と心配させられるとともに。


「………負けませんよ。」


 俺の迷いを、吹っ切ってくれた。




 さすが。


 世界の…


 そして、俺の…





 ギターヒーロー。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 懐かしい名前がたくさん出て来たぞ~。

 分かるかな?(;'∀')

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