第67話 「……」

 〇里中健太郎


「……」


 シェリーのラストの曲は、出演者のほとんどがステージに登場して、とんでもない盛り上がりを見せている。


 …ったく…

 誰だ!!


 こんな…こんな…

 こんな、クソ最高なサプライズ!!


 ま、こういうのを思い付いて、すぐ行動に移すのは神しかいない。


 …フェスを成功させる事だけを考えていた俺は、コンパクトに収まりすぎてた気がする。

 演者も客も楽しむには…時と場合によっては遊びも必要。

 今回はシークレットとサプライズで、それをやった気になってたなんて…


 …ここで満足なんて、すんなよ?俺。



『みんな大好きー!!』


 シェリーこと、さくらさんは…

 ステージの端から端までを縦横無尽に走り回って、誰よりもタフなステージをこなししてる。


 決して簡単な事じゃない。

 シェリーのセトリは、ハードとまでは言わないが…おとなしい曲は皆無。

 そのポップさに、とにかく跳んだ。

 本人も、会場も。



『ありがとー!!また会おうね!!』


 シェリーのステージが終わる。

 スタッフまでもが笑顔になれた。

 …Deep Redを前に緊張してる俺にとって、このステージは…

 何より力になった気がする。



「Aの準備はどうだ?」


『OKです』


『里中さん、SEどうします?最新作か、ヒット曲か。セトリ見た感じでは、ふっるい曲でも良さそや思いますけど』


 Deep Redは一曲のみのサプライズ出演予定だったため、SEは指定されなかった。

 だが、こうなったら…


「そうだな。デビュー曲でいこう。」


『ラジャ。そしたら、ステージサイドからの照明頼むで!!』


『何でもやりまーす!!(笑)』


 Deep Redのデビュー曲は…Flash Of Sword

 剣の閃光。

 当時、イントロでのライティングに大興奮したっけな。

 それをいきなり再現するのは難しいとしても、今ならではの表現が出来る。

 高原さんが築いた城の住人たちは、本当に優秀だ。




『五分後にAステージスタートします』


 スタッフの声が届いた時。

 俺はAステージ袖に待機しているDeep Redメンバーから数メートルの場所に立っていた。


 憧れて…その背中を追い掛けた。

 自分の才能の無さを思い知って、音楽から離れたはずだったのに…


 俺はまた、こうして…ここに。

 ビートランドの一員として、この場所に立っていられる。



「ゼブラ、震えてるやん。緊張してるん?」


「バカ言うな。武者震いだ。」


「武者震いで良かった…」


「おい、ナオト。どういう意味だよ。」


「まーまー、落ち着け。」


「ミツグが一番心配やねん…あのセトリ、ようOKしたなあ。」


「最近の俺は、この30年で一番練習も体力作りもしてたからな。問題ない。」


「いつの間に!!」



 円陣を組む前のひととき。

 五人が輪になって、幕の下りたステージを眺めながら…談笑中。



「…泣きそうです…」


 隣にいたスタッフが、小声で言ってうつむいた。


「……」


 きっとスタッフは高原さんの体調を案じて…の想いだろう。

 そんな気持ちは、恐らくみんなが持ってる。

 だが、今俺達がすべきことは…



「俺だってそうだ。まさか、こんな間近でDeep Redが観れるなんて。」


「……」


「奇跡のステージだ。しっかりやり遂げるぞ。」


「…はいっ!!」



 小さく深呼吸。

 キッと顔を上げて、手を叩きながら五人の背中に声を掛ける。


「さーさー、板に付いたら後戻りはできませんよ。トイレは済ませてますか?」


「おいおいおいおいおい里中。誰に言うた?あ?」


「今の目線からだと、ナオトだな。」


「おい、里中。」


「全員に言ったに決まってるじゃないですか。」


「……」


 俺がそう返すとは思ってなかったのか。

 五人はキョトンとした後、顔を見合わせて。

 そして…


「お前言うようになったな。」


「終わったら覚えてろよ?」


「漏らしても顔には出さないから大丈夫。」


「うわっ。ゼブラには近付かんとこっ。」


「何があっても成功させるさ。Lady.Bのためにもな。」


 高原さんの言葉に、自然と俺を含めて円陣が組まれて。


「え…っ、あの…」


「ええやん。サイコーの音、頼むで。」


「そうだぜ、里中。」


 低い声で放たれた言葉に、一気に緊張が体を駆け巡った。

 この後SEが流れ始めたら、俺はDeep Redと…いわば競演だ。


「…はい。頑張ります。」


「よし。」


「久しぶりだな。こういうの。」


「これ、最後やないで。クリスマスイベントの前哨戦やからな。」


 !!!!


 朝霧さんの言葉に驚いて顔を上げた瞬間。


「おう!!」


「あっ…おうっ!!」


「あー里中遅れたー。」


「カッコわるっ。」


「すすすいません…」


「ふっ…頼んだぞ。」


 高原さんに拳を出されて…それに自分の拳をぶつける。

 先にステージに向かった他のメンバーからも、振り返って拳を上げてもらえた。


「行って来る。」


「…楽しみましょう!!」


 俺の言葉に、高原さんは小さく笑って。


「よろしくな。」


 周りにいたスタッフにも、そう声を掛けて…



 一歩、踏み出した。





 〇高原さくら


 は…はっ…はっ…


 シェリーのステージが終わって。

 あたしは控室に駆け戻って。


「母さん!!Tシャツめくれてる!!」


 知花に注意されながらも…高速着替えをして、客席に向かった。



「あ~…すっっっごく楽しかった~…」


「シオと華月ちゃん、手繋いで歌ってたの可愛かったね。」


「ショウとキヨが肩組んで笑ってたの、意外だったな~。」


「ビートランドって最高だね。全員参加って楽し過ぎる。めっちゃアガった。」


 ベストポジションに向かう途中、そんな声が聞こえて嬉しくなった。

 でしょー!?って言いたくなったけど、グッと我慢。



「それにしても、あれだけのメンツを従えるって、シェリー何者?」


「ビートランドのサイトには載ってなかったけど、アメリカで実績があるって。」


「シェリーのライブ情報ないのかな。また観たいな。」


「可愛かったね。ずっと跳んでたし、いくつぐらいの子だろ。」


 え――!!

 嬉しい!!


 でも…実は還暦過ぎてます…




「はっ…はあ…」


 きっと、ここがベストポジション。

 なっちゃんの声が、一番響く位置。



「次、誰?」


「Lady.Bは欠席だってね。」


「残念~。昨日のライヴ、すごく良かったから観たかったなあ。」


 Lady.B、確かに昨日は圧巻だった。


「……」


 今、自分がすべきことを冷静に考えると…ちょっぴり下を向いてしまった。


 ああ…あたし…


「Lady.Bの事を気にしてるなら、大丈夫っすよ。」


「!?」


 突然背後からささやかれて、ピョンっと飛び跳ねた。


 ビックリ顔のまま振り返ると、そこには…変装してるけど、うちの娘婿殿…

 つまり、千里さん。


「病院で処置してもらって、もうホテルに戻ったそうです。一応安静って事でベッドで配信観てるそうっすよ。」


「そ…そうなんだ…そっか…」


「マネージャーが土下座する勢いで謝罪に来ました。」


「えっ、来たの?」


「彼女たちに、Tシャツ買って来て欲しいって言われたそうで。」


「…Tシャツ…」


「そう。全種類。」


「…相当あるよね…」


 確か、今回は…ビートランド所属アーティスト全員分のTシャツが販売されてる。

 それを全部なんて…!!


「謝罪の気持ちもあるのかもしれませんね。」


「謝罪……そっか……」


 そうだとすると、そんなの気にしなくていいのに…って思うけど…


「…お見舞い、終わってからでもいいよね…?」


「ふっ…そんな事気にしてたんすか?会長は好き勝手やっていいんすよ。」


「だって…なっちゃんならそうするよね…って思って…」


 唇を尖らせて千里さんを見上げると。


「あの人と同じようにやる必要ないでしょ。そもそも、キャンセル理由が自業自得なアーティストに、そこまでしなくていいです。」


 腕組みをして、見下ろされた。


「う…」


「高原夏希のコピーじゃない会長になって下さい。」


「千里さん…」


「フォローはしますから。」


 あー…

 本当に素敵な人…!!

 頼もしい!!


「ありがとう!!」


 嬉しくて跳び付くと。


「うぉっ……ったく…あ、始まりますよ。」





 〇高原夏希


「よろしくな。」


 スタッフのみんなにそう言って、俺はステージの中央に向かう。


 …いよいよだ。

 諦めていた夢の瞬間が…現実になる。


 どれだけ心配をかけるか、分かっているつもりだ。

 だが…

 これだけは、許して欲しい。



『SE入ります』


 イヤモニに里中の声。

 強制的に社長にされたわりに、俺以上に動く。

 頼もしい奴だ…


「そういや、SE忘れてたな。何の曲やろ。」


 マノンがギターを担ぎ直して笑う。


 次の瞬間…聴こえて来たのは、Flash Of Sword…

 俺達のデビュー曲だ。


 イントロと同時に、幕の前でレーザー光線が交差する演出。

 これはまさに…デビュー当時のままだ…



 うわああ――!!



 幕に『Deep Red』の文字が映し出され。

 会場に、大歓声が生まれた。


「うっわー!!めっちゃ昔のままやん!!粋な事しよんな!!」


「気合入った!!やってやろうぜ!!」


 マノンとゼブラが声を張って。

 ああ…本当に。と、気持ちがあの頃に戻った。


 俺は客席に背中を向けて立ち、みんなを見渡す。


 みんな。ありがとう。


 声に出さずに伝えると。


「礼を言うのは終わってからだろ。」


 さすが…分かり合えた仲間達。



「さあ、久しぶりにキメるぜ。」


 ナオトが指を動かしながら、ミツグとアイコンタクトを取る。


 SEの音量が下がって来た。




 幕が…



 開く。

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