第66話 「こんにちは!!シェリーです!!一緒に楽しもう~!!」

 〇高原さくら


「こんにちは!!シェリーです!!一緒に楽しもう~!!」


 ステージの真ん中に走り出て言うと、お客さんは当然だけど少しキョトンとした。


 まあ、仕方ない。

 あたし、無名だしね。


 だけどそれは想定内っ。



「跳ぶよー!!」


 イントロと共にそう言うと、客席は笑顔になった。


 一曲目は、今でもCMで使われたりする周子しゅうこさんの作品。

 きっと世界中で知られてる曲。


 ずっと打ち込み音源で練習してたから、生演奏って…すっごく贅沢に思えちゃう!!

 振り返ると、サングラスやパーティーグッズで仮装みたいになってる変装隊。


 う~ん!!



 さいっこー!!




 〇高原夏希


『跳ぶよー!!』


 さくらの元気な声に、会場は気持ちいいほど一斉に跳び始めた。


「おいおいおい…さくらちゃん、ホンマはCGかアンドロイドやない?」


「同感。俺は彼女見てると自分も歳を取ってないって錯覚して、現実に戻された時に若干へこむ。」


「あー、ナオトの気持ち、分かるー。」


 マノンとナオトのやり取りを聞きながら、小さく笑う。



 アメリカから、寝たきりのさくらを連れ帰って。

 緑の中の洋館で暮らした。


 俺が普通に歳を取っても、寝たきりのさくらは…不思議なほど変わらなかった。



 長い歳月を経て。

 切れたはずの糸を新たに手繰り寄せる事が出来た。

 正直、その時一番戸惑ったのは…


 さくらの若さだ。



 昔と何一つ変わらない。

 知花と姉妹に間違われる事もある。


 その若さ。と言うより、元気さに。

 時には、嫉妬に似た感情を持つ事もあった。


 だが、誰でもない。

 俺の大切なさくら。

 一瞬の嫉妬の後、やって来るのは…

 俺に『まだ生きる』と希望を持たせてくれる明るさとパワー。


 さくらがいなかったら…俺はもうとっくに色々な事を諦め、死んでいた。



 Deep Redとしてステージに立てるのは…恐らく最後だろう。

 だが、なんて素晴らしい事だ。

 ナオトとマノン、ゼブラとミツグと…また一緒に演れるなんて。

 それも思いがけず…一枠。


 病欠のLADY.Bには申し訳ないが、俺の全てを懸けて最高のステージにしてみせる。



「…なんや…あれ思い出すわ。懐かしいなあ。」


「あー、俺も思ってたとこ。あれだろ?」


「ああ、あれな。そうそう。あれだよ。」


「イベント名出せよ(笑)」


 四人の会話に、俺の気持ちもあの会場に戻る。


「ふっ。プレシズのことか。」


「あー!!やっぱナッキーは覚えてたかー!!」


「当然だ。ったく…みんなで俺を除け者にしやがって…」


 俺に内緒で、みんながさくらのバックアップをしてくれていた事。

 本当は今でも感謝しかない。



「まあまあ、昔の事だろ?」


「昔の事と言えば…今日のギターも晋やない?」


「そう言えば、打ち込みでやると聞いてたのに。」


「…晋も、何かを取り戻そうとしてるのかもな。」


「…そうだな…」



 今日のさくらのステージは…変装していても俺達には分かる面々との豪華なコラボで。

 自然と口ずさみ始めたゼブラには、みんなで笑った。


 周子のヒットナンバー。

 さくらは昔から…周子の曲を愛して大事にしてくれていた。



「…今日は最高だな。」


 小さく呟くと、隣にいたナオトが。


「それ言うのは、俺らのステージが終わってからにしろっ。」


 そう言って、俺の背中に手を当てた。





 〇二階堂咲華


『みんなサイコー!!』


 おばあちゃまが会場中に親指を突き出して言った。

 お客さんと、スタッフと、メンバーの人達への賛辞。

 その笑顔はずっと見て来たおばあちゃまのそれと同じなのに…

 なぜか、すごく遠い人のようにも思えた。


「…息子ながら、母さん宇宙人説を認めざるを得ない…」


 聖の呟きに吹き出しながらも、ちょっと納得もした。

 うん…

 おばあちゃまは宇宙人だ。きっと。

 だって…


 どう見ても二十代だよ!!



 聖が迎えに来るって言ってくれて。

 リズを連れて行って大丈夫か悩んでた所に。


『来賓室が丸空きだから使え』


 って、父さんから連絡が。

 どうも、来賓として招待された方々も客席で楽しむ方を選ばれたらしい。


 そうして、やって来たフェス会場。

 到着してすぐに始まった『シェリー』に。

 あたしと聖は圧倒されている。



『大好きー!!』



「ぶはっ…母さん、家の中と変わんねー…」


 聖は吹き出したけど。


「だいしゅきよー!!」


 それまでウトウトしてたリズが、おばあちゃまの声に反応して大声を上げて。


「もう…ほんと、家にいるみたいよ…ふふっ。」


 Deep Redの出演を聞いて、ずっと張り詰めてた気持ちが。

 ふっと和らいだ。


 …うん。

 あたしに出来る事は、この瞬間を楽しむ事。



 みんなの魂を…感じる事よ。




 〇神 千里


『大好き―!!』


 ぶっ。


 変装した状態でコーラス位置に並んでる、俺と知花とアズと瞳は。

 義母さんのシャウトのたびに、心の中で吹き出した。


 …ぶっちゃけー…

 この後の事を考えると、吐きそうになるほど心配でたまらねー…

 でもそんな事言ってらんねーんだ。

 誰でもない。

 俺達の…世界の高原夏希が望む事。

 …下向いてらんねーよ。



『毎日色んな事と闘ってるみんな。お疲れ様!!』


 次が最後の曲。

『シェリー』のセトリについては、前もって里中から入手してた。

 まさかバンドまで仕込んでたとは知らなかったが…

 ラストの曲には、急遽俺らからもサプライズを仕込み済み。



『…生きてると、ホント…色んな事があるよね』


 その言葉に、みんなが義母さんに注目する。


『楽しい事、嬉しい事ばかりじゃない。辛い事、悲しい事、起きて欲しくない事…心が折れちゃいそうな事もあると思う』


 隣にいる知花を見ると、少しだけ食いしばった後…小さく息を吐いて上を向いた。


『だけど、そんな時こそ気付かなきゃいけない事ってあるよね。心地いいなって思う風や、元気を与えてくれそうな景色、周りにある優しさ。自分に与えられたものじゃないとしても、それを受け入れる事で元気になれるんだよ』


 …だな。

 俺たちみんな…

 そうして上を向いて来たんだ。


『あたしは今日、ここでたくさんの元気をもらえたよ!!みんなありがとう!!』


 客席はきっとシェリーの事なんて知らない輩ばかり。

 だが、藤堂周子の楽曲は世界で知られている。

 耳あたりのいい曲と、シェリーのハツラツとした声とパフォーマンス。

 会場が盛り上がらないわけがない。


 さっき打ち合わせた浅井さんと目を合わせて、俺は合図をする。


 すると…




 〇高原さくら


『最後の曲です!!みんなー!!一緒に歌おー!!』


 ラストの曲。

 あー、楽しい時間って…あっという間だなあ。


 …これが終わったら…次は…


 って、ダメダメ!!

 今はみんなと…


「えっ…」


 つい、マイク持ったまま声を上げてしまって。

 お客さんも、あたしの視線に…


「きゃー!!カノンよー!!」


「映もいるー!!」


「華月ちゃーん!!」


 振り返ると…今まで変装してたみんなもそれを取り払って。


「ぎゃー!!神 千里だったのー!?」


「わー!!SHE'S-HE'Sのボーカルも!!」


 客席は騒然、あたしは呆然。

 だって…

 だって、それでなくても晋ちゃん達にサプライズされたのに…


 華音と華月はあたしにハグして通り過ぎて。

 笑顔の沙都ちゃんが隣に来て…


『Let's sing』


 呆然としたままのあたしに代わって、出だしを歌ってくれた。


 はっ…そっ…そうだよ!!

 歌わなきゃ!!


 ステージ上には、大勢のビートランド人。

 素敵な仲間達。

 みんな、踊りながら…腕を組んだり肩を組んだり。


 隅っこで恥ずかしそうにしてたLeeちゃんと目が合って、おいでおいでってすると…


「!!」


 Leeちゃんは思いがけずダッシュで来て、そのままあたしに抱き着いた!!


「あははっ!!ソロ中で良かったっ。」


「はっ…すすすいませんっ…あたし…」


 慌てて離れたものの、なぜか涙目のLeeちゃんをギュッと抱きしめ返す。


「…聖をよろしくね…ちゃん。」


「……」


 あたしの言葉に、優里ちゃんは…とんでもなく優しく美しい笑顔を見せてくれた。


 …あー!!


 あたし、幸せだ――!!





 Sunshine Moonlight


 歌おうよ!!


 嫌な事があっても 光を浴びて笑おう

 心が死にそうならなおさら

 お日様に助けてもらうの


 頭の天辺から爪先まで

 ねえ 感じるでしょ

 まだ戦える力があるって


 歌って踊って笑って吹き飛ばそう

 今日のネガティブ

 明日に持って行きたくない物 全部捨てて

 だってみんな裸で生まれて来る

 何も持ってなくても 人は愛せるから



 どん底な気分 今夜は膝を抱えて眠ろう

 止まらない涙はそのまま

 月明かりに晒してしまおう


 落ちて転んで傷付いてどうしようもなくても

 明日のポジティブ

 掴みに行こうよ 意外と出来るもんだよ

 だってきっと明日の朝には

 新しい自分が生まれてるから



 信じていようよ

 まだ戦えるって


 光を浴びて

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