第65話 「ふぁっ!?」

 〇桐生院華音


「ふぁっ!?」


「?」


 しょうの変な声に振り返ると。

 その隣で、彰のスマホを覗き込んでたガクが目を見開いて。


「たっ…大変じゃん…これ…」


 俺と希世きよ、杉乃井を見渡した。


「何が大変なの?」


「緊急LINE来てるんだけど…LADY.Bが出れなくなったって…」


「はあ!?」


 ガクの言葉に、全員がスマホを手にする。


『昨日に引き続き本日も出演予定だったLADY.Bは、メンバー全員体調不良のため出演不可能』


「体調不良…昨日燃え尽きた系?」


 希世が頭をポリポリと掻きながら。


「じゃあ、俺らの出番早くなるのかな。」


 首を傾げて俺を見た…途端。


 #####


 また緊急LINEが入った。


『なお、LADY.Bの枠には、Deep Redが入る』


「……」


「……」


 全員が無言で顔を見合わせる。


 Deep Red…

 Deep Redって…


「い…一曲だけって…」


 杉乃井が声を震わせながら言った。


 ああ…そうだよな。

 震えちまうよな。


 じーさんは、命を懸けて…一曲だけ出演する予定だった。

 なのに…

 LADY.Bの枠を埋めるって事は…


「…ふっ…」


 小さく笑うと、みんなが眉間にしわを寄せて俺を見た。


「いや…だってさ、すげーぜ?」


「何が…」


 物申したそうな杉乃井の冷たい視線を受けながら。

 俺は…三年前のLIVE aliveの圧巻なライヴが、Deep Redの最後のステージだろうと勝手に思ってた。

 それは、じーさんの体調の悪さを目の当たりにしてたせいでもある。


 それに、最後の作品として作り上げたであろうアルバムが、あまり売れなかった事もあってか…Deep Red自体に熱がなくなったようにも思えたからだ。


 …とんでもねーな。

 とんでもねー勘違い野郎だよ、俺は。


 長年染みついてた熱が、そんな事ぐらいで無くなるわけねーもんな。



「Deep Redの登場はシークレット。一曲だけでも十分とんでもないサプライズなのに、一枠分やられちゃー…」


「……」


「俺らクワフォレのデビューステージ、それでなくてもハードル高かったのに。これでまた相当上がったな。」


 ワクワクしながら言うと、瞬時に空気が張り詰めた。


 俺達『Quiet Forest』の出番は、Deep Redの次だ。

 今日のステージはサプライズ三昧で。

 Leeがボーカルを務めたThe Darknessもそうだし、さっきまで客席を湧かしてた『バックリ』ことBad Creaturesって他の事務所からのサプライズゲストもそうだ。(しかもこのために再結成とか)



 …Deep Redの登場には、世界がどよめくだろう。

 そんなステージの後に…俺達かよ。


 まだこのメンバーでのバンドとは明かしてない。

 昨日の『やる満』が誰かもバレてないみたいだしな。

 はー…

 今更だけど、ルーキーな気分だ。



 …いいねえ。

 このプレッシャー。



「…高原さん、大丈夫かな…」


 希世の呟きに、少しだけ胸が痛む。


 じーさんの、この決断…

 ばーちゃん大丈夫かな…



 #####



 ばーちゃんに連絡しようとした所で、スマホが鳴った。


『みんな、すまない。心配かけるが大丈夫だ』


 家族グループに、じーさんから。


「……」


 それになんて返そうと考えてると…


 ばーちゃん『もー!!ビックリだよ!!あたしのプレッシャーやばい!!』


 母さん『父さん、母さん、楽しみにしてる♡』


 咲華さくか『え、何。何が起きてんの?』


 きよし『話見えねー』


 次々とトークが進んで行く。


 華月かづき『なんて言ったらいいか…でも、とにかく応援してる』


 親父『出演出来なくなったLADY.Bの枠をDeep Redが埋める』


 ちかし兄『…色々思う所はあるけど、やるしかないね』


 乃梨子のりこ姉『ちょっと待て!!(スタンプ)』


 ぶはっ。


 乃梨子姉のスタンプに、つい吹き出した。


 乃梨子姉『シェリーもDeep Redも、楽しみです!!』


 聖『俺、最前で観るわ』


 咲華『ああああ…あたし今からでも行っていいかなあ?』


 乃梨子姉『あっ!!SHE'S-HE'SとF'sも!!』


 乃梨子姉『ノン君も~!!』


 華月『乃梨子姉テンパりすぎ(笑)』


 聖『咲華、迎えに行くわ』


 一度しか打って来ない、じーさんとばーちゃんと親父と母さん。

 俺は、四人がどう思ってるか…なんて考えず。


 俺の想いを書いた。



『負けねーからな~!!』




 〇高原さくら


 華音かのん『負けねーからな~!!』


「…ふふっ。」


 桐生院家の愛しいトークに和んでると、華音から頼もしい一言が。


 …うん。

 これ、なっちゃんの励みにもなる。

 もちろん、あたしにも…!!



「よーし…頑張っちゃうぞ~!!」


 歌詞は完璧に入ってるし、ボイトレは里中君に指導してもらったんだから…間違いない。

 ストレッチもした。

 これでステージの端から端まで、うーんと走ったり跳んだりできちゃう!!はず!!



『…シェリーさん、そろそろお願いします』


 ドアの外から声を掛けられて。


「はーい!!」


 誰も見てないのに、手を挙げて立ち上がる。


 相棒のアコギも、手入れは万全。

 ひとみちゃんと知花のコーラスで歌えるなんて…楽しみでしかなーい!!



 …って…


 あたし、不安に気付かないフリするために…はしゃぎ過ぎてるよね…

 …うん。

 不安だ。

 シェリーじゃなくて…


「……」


 ドアの前、立ち止まってしまった。


「…なっちゃん…」


 小さく呟いて、頭をコツンとドアにぶつける。


 …もし、なっちゃんが…


「……」


 あ、だめだ…

 だめだよ、あたし…



 嫌な気持ちに支配されそうになって。

 ドアから離れて大きく深呼吸。


 大丈夫…!!

 あたしも、なっちゃんも…!!


『…何やってんすか』


「…え?」


 ドアの外から聞こえて来たのは、千里さんの声。


『シェリーさん、そろそろお願いします。って言ったじゃないっすか』


「……え――!!千里さんだったの!?」


 全然気付かなかった!!


「も~、さっきのって、誰かの物真似……え?」


 笑顔でドアを開けて…固まった。

 そこには、千里さんだけじゃなく…

 圭司さん、瞳ちゃん、知花、しんちゃん、臼井うすいさん、京介君…


「え…っと…応援?」


 パチパチと瞬きしながら問いかけると。


「さ、存分に遊ぼやないか。」


 晋ちゃんが、ギターを持ち上げて言った。


「え…?」


「…恐縮ですが、花を添えさせてください…」


 京介君の小声に。


「京介は花を添えるって感じじゃないなあ~。」


 圭司さんが笑った。


「…ええと…これは…」


 あ、何だろ…

 足元が…ムズムズしちゃう。


 これ…絶対楽しいやつだよ…


「母さん、全力で楽しもう。」


 そう言った知花は、何だかすごく優しい笑顔で。

 ああ…そうか。

 みんな、なっちゃんのために出来る事は何か…分かってるんだなって感じた。


「…もー…とんでもないサプライズ…」


 あたしの尖った唇に、みんなはご満悦。


「見てる方もワクワクが止まらないステージ、やっちゃうよー!!」


 あたしが大声で言うと、通りすがりのスタッフさん達が集まって来て。


「おー!!」


「うおー!!」


「っしゃー!!」



 何だか…スポーツの試合前みたいになってしまった(笑)





 〇里中健太郎


「シャッチョサン。」


「え。」


 カタコトの日本語で呼ばれて振り向くと。


 どぐぅっ。


「おぇっ…おほっ…」


 鳩尾に軽く突きを入れられて、むせた。


「…もー…こんなサプライズ…要らないんだけど…」


 そう言って唇を尖らせてるさくらさんは、ちっとも嫌そうじゃなくて。

 照れてるのか、俺の顔は見ないまま…体を揺らしている。

 …ったく。

 いくつですか(笑)



「本当は、ステージに立ってからのお楽しみだったんですけどね」


「そんなことされたら仕返ししちゃうからねー!?」


「し…仕返し…?」


 物騒な言葉に首をすくませると。


「なーんてね……」


 さくらさんは、一度うつむいた後。


「ありがと、里中君。」


 とびきりの笑顔を見せてくれた。


「……最高のステージ、期待してます。」


「任せといて!!いってきまーす!!」


 いい意味でプレッシャーを掛けようとしたのに、軽く飛び越えられてしまった。

 …あの人には敵わないな。



 元気な後姿を見送って。


「よし、次はシェリー。みんな、よろしく頼む。」


 スタッフに話しかける。


『ラジャです!!』


『了解っ!!』


『バッチリです!!』


 何とも頼もしい仲間達。



 Beat Land Fess 夏の陣、二日目。



 さあ。

 引き続き楽しむぞ。

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