第64話 「聖!!」

 〇桐生院華月


「聖!!」


 その姿を見付けて、あたしは背中にタックルした。


「うおっ!!」


「何なのよ何なのよ――!!」


 嬉しくて、頭をグシャグシャにしてしまう。


 だって!!

 聖が…!!


「……」


「…あれ…どうしたの?せっかく優里さんと…」


 あたしにいじられまくってるのに、無反応な顔を覗き込むと。


「…公衆の面前で…やっちまった…」


 聖は頭を抱えてしゃがみこんだ。


「えぇ…今更。って言うか、全然大した事じゃないわよ。」


「お花畑のお前には分からないと思うけど、俺はまだスプリングの社長なの。」


 ん?

 って何。



「ちょっと。今の何よ。」


 あたしが首を傾げて問いかけると。


「何って、実際お花畑だろ?」


 聖はぶーたれた顔で言った。


「そこじゃないっ。まだ社長って。」


「はっ…いや…まあ、いつか…」


 明らかに動揺…!!

 怪しいー!!


「いつかっていつ。」


「いつかはいつか。」


「今でいいじゃない。」


「今じゃなくていい。」


「……」


 、スプリングの社長。

 て事は…きっと、その内社長じゃなくなるって事。


「…ま、いいわ。」


 小さな溜息と共に、気になる事も吹き飛ばす。

 聖がここまで言うんだから…今じゃないんだろう。



「その内教えて。」


 手をヒラヒラさせながら、聖に背中を向ける。


 本当は「お花畑」にも物申したかったけど。

 絶対聖もそうなるはずだし?

 その時、存分に冷やかしてやろっと。



「さてと…」


 この後、おばあちゃまのステージを神席で観るために、詩生と落ち合う予定。

 あー、今日も色々楽しみだなあ。



 夕べは…早乙女家でお祝いをしてもらった。

 SHE'S-HE'Sは今日もあるからって事で、早めのお開きだったけど…

 詩生のご両親は、あたしの憧れ。

 そんなお二人にすごく喜んでもらえて…幸せだったな。


 もちろん、うちの両親も素敵だけどさ。


 …うちの両親と言えば…


 昨日、あんな事したのに。

 父さんが何も言って来ない。

 恐る恐る『早乙女家でお祝いして帰ります』って家族のLINEにも、父さんからだけリアクションがなかった。


 …父さんがおとなしいのが、ちょっと怖い…。




 〇神 千里


「もー!!神!!聞いてよー!!」


「……」


 昨日…華月が詩生にプロポーズされて、華月はそれを受けた。


 …いや、いずれ結婚するのは分かってた事。

 娘の幸せだ。

 俺にとっても幸せな……


「……」


 昨日はあの後、TOYSが控えてたおかげで…何とか自分を保てた。

 その後も、F'sに向けて切り替えと集中のため、特に考える事はなかったが…


 夜遅くに家に帰ると。


「あ、華月?今日は早乙女家でお祝いしてもらうってLINEあったじゃない。」


「……」


 咲華にそう言われて、全然見てなかったスマホを開いて。

 急に寂しさが押し寄せた。


 が…


「ただいま~。」


 !!!!!!!!


「知花。最高だったぜ。」


 ギュッ。


 裏口から帰って来た知花を、すかさず抱きしめる。

 腕の中で赤くなってる知華と、俺に刺激を与えまくってくれたステージでの知花。

 このギャップ…萌えるぜ!!


「千里だって…」


「俺はお前が誇らしい。世界一のシンガーだ。」


「千里…」


「あーあー、もうっ。部屋でやってよっ。」


 いいところで、背中に刺々しい声が突き刺さった。


 ちっ…


 海と離れてるせいか、俺のスキンシップに咲華が厳しい。


 それでも、知花の帰宅で寂しさが飛んだ。

 そうだ。

 今夜はステージの話をしながら眠ればいい。



 …そんなわけで。

 夕べは知花と楽しく語りながら眠りについて。

 今朝は大はしゃぎのリズに付き合っていて、寂しい思いなんて湧くはずもなかった。


 が…


『こんなあたしでもいいなら、キヨシ君!!結婚して下さい‼』


 Leeがステージでそう叫ぶと。

 まさかの…まさかの、聖が現れた。


 聖は俺の義弟。

 息子じゃないが…華月と同じ歳で、誕生日も一緒。

 まるで双子のように育った二人…


 昨日の華月に続いて、今日、聖まで…



 いや、いいんだ。

 幸せな事だ。

 幸せな…



「神ってばー!!聞いてる――!?」


 バチン!!


 アズに背中を叩かれて、少し大げさに反応した。


「いってぇな!!」


「だって!!京介が!!」


「は…?」


 言われて京介を見ると…

 ヘッドフォンをして集中してる。


「…何がダメなんだ?」


「だって!!抜け駆けだよー!!シェリーのバックで叩くんだってさ!!」


「……」


 シェリー。

 それは…


「義母さんのバックか?」


「そうだよ!!」


「…他は?」


「ギターは浅井さんで、ベースは臼井さん。はっ…俺、サイドで入れてもらえないか聞いてこよっ。」


「待て待て待て待て。」


 駆け出しそうなアズの首根っこを捕まえて引き留める。


「義母さん、そんな事一言も言ってなかったぜ?」


「…シークレットとか?」


「だとしても。義母さん、このメンツなら、はしゃいで漏らしそうだけどな。」


「あー…言えてるー…京介なんてめっちゃレアだしねー…」


「て事は…知ってるのは…」


「ケンちゃんだね!!」


「…よし。行くぞ。」


「えっ、神は何で参加する気ー?」


 ごちゃごちゃ言ってるアズを引き連れて、動き回ってる里中を探す。

 今から入るとすると…




「…コーラス?」


 やっと見つけた里中に、コーラス参加の申し出をすると。


「…はあ…」


 里中は溜息を吐いた後。


 パンパン!!


 大きな音を立てて顔を叩いた。


「……」


 その剣幕に、アズと無言で顔を見合わせる。


「盛大に盛り上げてくれ。」


「えっ、いいの?ケンちゃん。」


「さっき、嫁さん達もコーラス参加に名乗り出て来た。」


「わー!!マジで!?楽しみだね~!!神!!」


 アズははしゃいだが、俺は里中の様子が気になった。


「何かトラブルか?」


 アズが『曲覚えなきゃね!!』と控室に戻るのを見届けて、里中に声を掛けると。


「…Lady.Bが出演出来なくなった。」


 里中は伏し目がちに言った。


「は?だったら…その枠に沙都かDANGERでも入れるか?」


 確か、みんな会場に来てる。

 何があってもどうにでも…


「Deep Redが出る。」


「……一曲、な。」


「いや、Lady.Bの枠は…Deep Redが埋める。」


「……」


 色んな感情が頭を駆け巡った。


 危険だ。

 いや、でも高原さんはシンガーだ。

 しかし…


「あの人達の気持ちは、もう…揺るがない。」


「……」


「俺が出来る事は…Deep Redのために最高の音を出すだけだ。」


「…誰にも出来る事じゃねーな。」


 ポンポンと里中の背中を叩く。


 …恐らくDeep Redの面々から申し出があったのだろう。

 だとすると…断れるわけがない。


 もし…高原さんが命を落とすような事になっても。

 きっと、本望だ。



「Deep Red、オリジナルメンバーでのLIVEがまた観れるなんてな。」


 俺がにやりと笑うと、里中も少しだけ表情を緩めた。


「楽しみだ。」


「…そうだな。」


「ちなみに…義母さんはこの事は?」


「…さっき高原さんが。」


「そっか。」


 大きく息を吐いて…気合を入れ直す。


「ただの祭りじゃなくなったな。」


「ははっ。ただの祭りだと思ってたのかよ。」


「今日もサイコーの音を頼むぜ。」


「任せとけ。」


 里中と拳を合わせて別れる。


 まずは…




 シェリーのステージに向けて、打ち合わせだな。




 〇浅井 晋


「はーい、ストップ。みんな硬いで。」


 さくらが「シェリー」としてステージに立つ。

 そんなん、俺と臼井が出ぇへんわけないやん?

 生きてたら、廉も絶対出るやつやし。


 ドラムはタモツに頼もかなー思うてたとこに。


「俺、出ます。」


 手ぇ挙げてくれたんは、F'sのドラマー浅香京介やった。



 打ち込みで出る気になっとるさくらには、まだ内緒のまま。

 そんなこんなで本番当日の今日、どっから話を聞きつけたんか…


「コーラスで参加します♡」


 知花と瞳が来た。


「おー、こりゃ豪華やん!!」て喜んでたとこに…


「俺らも加勢させてくださーい。」


 圭司と千里も来た。


 ははっ。

 マジかー。

 めっちゃ豪華やん!!

 あー、楽しみや。



 …楽しいなー思えば思うほど。

 ぽっかりと空いた穴が顔をのぞかせる。

 今更やけど。


 …ホンマ、今更やっちゅーの。




 〇神 千里


「それにしても、まさか京介が叩くとはな。」


 俺がマイクの音量を調整しながら言うと。


「………からな…」


 京介はボソボソと呟いて。


「あ?なんて?」


 案の定、浅井さんと臼井さん、瞳とアズにまでツッコまれてる。


「……」


 知花を見ると、目が合った。

 …そうか。

 ま、離れてても地獄耳のおまえには聞こえるか。



『SAYSは復活しなかったからな』



 DEEBEEもTOYSも、さらにFACEは最先端の技術を使ってまで復活した。


 普段京介は何に対しても意見しない。

 だから今回のこれに挙手したのは意外だったが…

 …なるほど。



 俺は一応、里中には打診した。

 SAYSの枠は取らないのか?と。

 すると。


「あー……スタジオに入る時間を取るとすると、睡眠時間が無くなるなー…」


 ヨレヨレの里中は、目を閉じたまま答えた。


「お前らなら、一度ぐらいでどうにかなんだろ。マノンアワード特別」


「だー!!それを言うなっ!!」


「ははっ。何だよ。」


「…無理だな。小野寺も現役じゃねーし…」


「……」


「無理だ。」




 あの時の里中…

 ちょっと辛そうだったな。


 京介をF'sに引っ張ったのは俺だ。

 いくら限界に来てたとは言え、SAYSの解散に拍車をかけたと言ってもいい。


 責任を感じる事はないが、お節介は焼きたくなる。


 …やれやれ。

 俺は誰に影響されてるんだ?

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