第63話 「Leeちゃん、おめでと。」

 〇前園優里


「Leeちゃん、おめでと。」


 名残惜しいけど…聖君と離れて控室に戻ると、真子さんが斜に構えて言った。


「あ…ありがとうございます…」


 ペコペコと皆さんにお辞儀すると。


「まさか…こんな結末が…」


 弓弦さんが溜息を吐きながらボヤいた。


「ところで…Lee、聞きたい事がある。」


 ふいに、真人さんが真顔で。


「今後、The Darknessはどうなるんだ…?」


 あたしに言った。


「…え?」


 The Darknessはどうなるか…?


「あ、それ気になってた。」


「俺も。」


「……」


 学生さんは無言だったけど、小さく頷いたようにも見えたから…

 全員が、その事を気にしていたらしい…


 …今後…

 え…えーと…


 ……何も考えてなかった……!!


「え…えぇと…」


「……」


 控室に重い空気が流れて。

 さっきまで浮かれてたあたしも、さすがに窮地に立たされている感…

 もっもちろん…何も考えてなかったあたしが悪いんだけど…


 あたしが考える事を止めそうになった、その時。


「お疲れ様。すごく良かった。」


 そう言いながら、男の人が入って来た。


 えー…えぇと…

 そう!!新しく社長になった人!!(名前は覚えてない)


「…ん?どうした?」


 社長さんは、あたし達の空気が重い事に気付いたようで…

 リーダーである真人さんに理由を聞いてる。

 あたしは…こんなにお世話になった皆さんの事も考えず…

 もう、聖君との幸せしか考えてないダメ人間だから…

 クビになっても仕方ないし…


 て言うか…

 あたし、まだ歌うの?


 これから、何のために…?




 〇園部真子


「なるほど。今後の事か。」


 Beat Landの社長を前に、あたしは緊張してた。


 この人…里中健太郎…

 その昔、SAYSってバンドでギターボーカルしてた人よ。

 リアルタイムで観たわけじゃないけど、動画では何度も観た。

 だけど解散後の動画が何も出て来ないじゃん…ってガッカリしてたら…


 まさかの!!

 Beat Landの社長!!


 片桐拓人は唯一の『好き』カテゴリ人物だけど。

 里中健太郎は唯一の『神』カテゴリ人物。


 その神、エンジニアとしても優秀。

 昨日のフェスも、社長なのに一人何役?ってぐらい駆け回ってて。

 親父と同世代だろうけど、お嫁にもらって欲しい~!!って思った。

 あっ、拓人がダメだったら!!



「心配しなくていい。高原さん、その気のある者は全員契約する気でいた。」


「えっ!!本当ですか!?」


「ああ。もし、Leeがバンドはもういいと言っても、どうにかするって(笑)」


「…うっ…」


 Leeちゃんのうめき声が聞こえた気がした。


 まあ…ね。

 この子、何もかも凄かったけど。

 最後まで、打ち解けた感なかったしねえ…

 あたしはそういうドライ…ううん、渇き切った感じがむしろ好きだったりもするけど。

 バンドを長く続かせようとするなら、少しは潤わなきゃダメな部分もあるわよね。

 ま、個人的見解だけど。


 どっちにしても、里中健太郎とお近付きになれるなら…


「契約かー…姉貴、学校どうす」


「辞める。」


 弓弦の問いかけの途中。

 あたしは決心した。


 今まで、結婚になんて興味なかった。

 だけど昨日から「え?そんなに簡単な事?」って思っちゃうぐらい、目の前に幸せが零れ落ちて来た。


 好きと神カテゴリ人物は、何なら雲の上…想像上の人達だったのに。


 Leeちゃんの弟!!

 所属(まだだけど)事務所の社長!!

 手が届くかも!!


 だからあたしは…


 教師辞めてアーティストになる!!

 そして…


 拓人か里中健太郎と結婚する!!





 〇高原さくら


「ふー……」


 時計を見ると、あたしの出番まで一時間半…

 長いようで短い…


「あー、緊張してきたーっ。」


 あたしがそう言いながら前屈すると。


「母さんでも緊張する事あるのね。意外。」


 知花が可愛く首を傾げながら、可愛くない事を言った。


「んまっ。それは失礼じゃない?」


 そう言ってくれたのは、瞳ちゃん。

 だけど続けて。


「いくらさくらさんの心臓に毛が生えてても、何十年ぶりかのソロステージがこんなフェスなら緊張するに決まってるじゃない。」


 って…


「も――!!二人ともひどーい!!」


「あははは。怒った。」


「知花——!!」


 …二人がいてくれて良かった。



 Leeちゃんのステージを見守った後、聖を探したかったけど…無理で。

 そしたら二人が『見た!?』って来てくれた。


 本当は、なっちゃんの控室に行きたくてたまんないのだけど…

 Deep Redは…今日が最後になるかもしれないからー…

 メンバーだけがいいよね…って、色々飲み込んでしまってるあたしがいる。


 一曲だけのシークレット出演。

 それが本当は、どんなに残酷か…

 あたしは分かってるのに…そうしてしまった。


 生きていて欲しいから…

 なっちゃんのボーカリストとしてのプライドを…奪ってしまうような事…


 …これでいいのかな。

 何度も自問自答した。

 そして、ハッキリとした答えが出ないまま…今日を迎えてしまった。


 …いいの。

 これでいいの。


 そう言い聞かせて…



 コンコンコン


 ふいにドアがノックされて。


『さくら、入っていいか?』


 なっちゃんの声。


「あっ、あたし達お邪魔ね。」


「じゃ、後でね。」


 瞳ちゃんと知花が控室を出ようとすると。


「ああ…瞳と知花もいたのか。」


 なっちゃんは少し驚いた後、笑顔になった。


「話がある。二人もここで聞いてくれ。」


 …あれ?

 何だろう。

 なっちゃん…

 なんだか…今朝までの笑顔と違う…



 なっちゃんに促された二人は顔を見合わせた後、あたしの隣に椅子を並べて座った。


 なっちゃんは、あたしの前に座ると。


「今日…Lady.Bが出演出来なくなった。」


 あたしの目を、ジッと見つめながら言った。


「えっ…どうして?」


 瞳ちゃんの問いかけに、なっちゃんは理由を答えてるけど。

 あたしは…なっちゃんがその先何を言いたいのかが分かってしまった。


 …そっか。

 彼女たちの枠を…埋める気かあ…


 ホッとする気持ちもあるけど…

 泣きたくもなった。


 きっと、誰がなんて言っても。

 なっちゃんの気持ちは…て言うか、Deep Redの気持ちは、もう変わらない。


 これが、事実上Deep Red最後のステージになるとしても。



「…母さん?」


 知花が不思議そうな顔で、あたしを覗き込む。

 …なーんだ…

 あたし、笑ってるはずなのに…

 涙こぼれちゃってるよぅ…



「あはっ…な…なっちゃん……」


「…さくら…すまない…」


「…ううん…いいの…いいのよ…だって……なっちゃんは、ボーカリストだもん…」


 あたしのその言葉で、Deep RedがLady.Bの枠で出演しようとしてる事を察した二人は。

 驚いた顔で、なっちゃんとあたしを見比べた。

 そして…


「…正直、心配。だけど…父さん、今いい顔してる。」


 そう言って笑ったのは瞳ちゃんで、

 知花は一瞬唇を噛んだけど。


「…うん…ボーカリストは…やっぱり歌わなきゃ…その心が死んじゃうのは辛いもの…」


 あたしに気を使ってか…安堵してるくせに、それを隠すような表情で言った。


「……」


 あたしは涙を拭って顔を上げると。


「なっちゃん。」


 なっちゃんの目を真っ直ぐに見て言った。


「サイコーのDeep Red、期待してる。」


「…ああ。楽しみにしててくれ。」


 ニッと笑ったなっちゃんは、まるであの頃のような…Deep Redのナッキーで。

 それを見た知花と瞳ちゃんは。

 なっちゃんにハグすると、ヒラヒラと手を振りながら控室を出て行った。


「…大丈夫かな…」


 それでも小さくこぼしてしまうと。


「大丈夫だ。今日のために体調管理は万全だった。」


 なっちゃん手を取ってあたしを立ち上がらせて。

 そして…ゆっくりと、あたしを胸の中に包み込んだ。


「…違うよ…」


「何が。」


「…ミツグさんとゼブラさん。急な事でサポートないんじゃ?」


 腕の中から見上げて言うと、なっちゃんは一瞬の沈黙の後クスクスと笑い始めた。


「ははっ…ああ、今日はあいつらもサポートなしでやるってさ。」


「持つかなぁ~?」


「あいつらも今日のために、それなりに体力作りをしてくれてた。」


「…そっか…」


 なっちゃんの声を聴きながら、胸に顔を埋める。


 心臓の音…

 聞こえる…




 〇高原夏希


「昔の俺達を知ってる奴らには、情けないDeep Redと思われるかもしれない。」


 近年のイベントを思い返す。

 ミツグにもゼブラにも、サポートが着いていた。

 本人から、体力が持たない。と、申し出があったからだ。



「情けないって、どうして?Deep RedはDeep Redだよ。」


「…そうだな。」


 15の時、母が死んで…日本にやって来た。

 16の時、ナオトに出会って…ミツグとゼブラとのバンドに加入させてもらった。

 17の時、マノンに出会って…プロになる夢を持った。


 あれから61年…色々な事があった。

 アメリカで売れ、世界に出た。

 事務所を設立し、活動を休止し…俺が病気になり…

 Deep Redは、もう終わったと思った。


 しかし最近、俺抜きでのリハが数回行われていた。

 その音源を、ナオトに聴かされた時。

 俺は…泣きそうになったんだ。


 先月発表したアルバムは、あまり売れなかった。

 だけどそれがなんだ?


 …自分で終わらせてどうする。

 老いぼれのDeep Redでも、今出来る最高のパフォーマンスを…届けるだけだ。


 …命を懸けてでも。



「…きよしが公衆の面前でキス出来る奴とは思わなかった。」


 小さく笑いながら言うと。


「親子だね。」


 さくらは…トレーラーハウスを思い出せる笑顔で俺を見上げた。


「…そうか。それもそうだ(笑)」


「忘れられないフェスだね。」


「ああ。」


 さくらの髪の毛に唇を落として。


 …もっと歌う…もっと生きる…




 そう、決意した。

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