第62話 『里中さん、ステージに向かってる客がいます』

 〇里中健太郎


『里中さん、ステージに向かってる客がいます』



 ステージはLeeからThe Darknessに変わり、それももうラストの曲。

 予想以上にLeeの出来が良かった。

 さらには…とんだダークホース。

 The Darkness…これは、高原さんに聴かされたデモ以上のバンドだった。


 Leeの何とも言えない表情に客席が魅了されてる最中。

 その報告はあった。



「柵の前で止められるか?」


 そう指示を出すと…


『待って‼止めないで‼』


 さくらさんの声が飛び込んで来た。


「え?」


『息子なの!!二人は付き合ってるの!!』


「えぇぇぇ…」


『え――!!さくらさんの!?』


『どこどこ!?』


「いや、落ち着けみんな。」


 騒ぎ始めたスタッフをなだめてる間にも、さくらさんの息子さんはステージに近付いていて。


「う…もう、何でもありだ!!彼が柵前に行ったら、少しだけ開けてやれ!!」


『わかりました』


『ありがとう!!里中君!!』


「…いえいえ…」


 …やれやれ…

 この人は…自分も出演するの、分かってるんだろうか。

 いまだにイヤモニつけて会場の様子を張ってるなんて…



『こんなあたしでもいいなら、聖君!!結婚して下さい‼』


 突然、ステージ上のLeeが両手でマイクを持って告白した。


「っ…」


『やだ――!!どうしよう――!!』


『ぷはっ…さくら会長!!落ち付いて!!』


 さくらさんの叫び声に、スタッフの笑い声が混ざる。


 昨日の詩生のプロポーズに続いて…今日もか。


 その時、柵が開いて。


 一人の男性が、ステージを見上げた。




 〇前園優里


 最後の曲を歌ってる最中。

 あたしの目は、聖君を見付けてた。


 ああ…久しぶりだぁ…

 生の聖君…


 華月さんが送ってくれた動画の聖君を、毎日眺めた。


 あたしの事、今でも好きって…

 みんなに紹介したいって…


 あたし、変わりたいって本気で思った。

 聖君と一緒に…幸せになりたいって…。


『こんなあたしでもいいなら、聖君!!結婚して下さい‼』


 曲の終わりに合わせてそう言うと。


「えええええ!!」


 背後から、驚きの声が上がった。


「誰それ!!あ…」


 ステージ下の柵が開いて。

 そこから聖君が入って来て…あたしを見上げる。


「…優里さん、やるね。」


「聖君…」


「俺から言うつもりだったから、返事の方は考えてなかったなあ…」


「はっ…!!」


 あたし――!!


 聖君は小さく笑うと。


「ん。」


 両手を広げた。


「…え?」


「おかえり。優里さん。」


「……」


「シロとクロも待ってる。」


「…………聖君…!!」


 わあっ!!と歓声があがった。

 真子さんが、たぶんお祝いのピアノを弾いてくれて。

 みんなもそれに合わせて弾いてくれて。

 あたしはそれを、聖君の腕の中という…贅沢過ぎる場所で聴いた。


「…ただいま…聖君…」


「もう絶対離さないけど、覚悟出来る?」


「…それは、あたしのセリフ。絶対離れない。覚悟して?」


「望むところだよ。」


 額を合わせて、それから…キスをした。

 冷やかしの声がこんなに気持ちいいなんて、あたし…どうしちゃったんだろう。



「でも…俺、社長じゃなくなるけど…いい?」


「え?会社…潰れたの?」


「違う(笑)そろそろ自分の道を探そうかなと思って。」


「……」


「何も持ってない俺でもいい?隣に居てくれる?」


 優しい、大好きな声。

 あたしはギュッと聖君に抱き着いて言った。



「望むところよ。」




 〇高原夏希


「昨日に引き続き、今日も幸せ満タンやな。」


 ステージを見守っていたマノンが、俺の背中をポンポンと叩きながら言った。


 …ああ、本当に…

 大切な家族の幸せに、俺の胸はいっぱいになっていた。


 正直…今日、Deep Redが一曲だけの出演は…生殺しだなと思っていたが。

 昨日、華月かづき詩生しおの幸せを目の当たりにして、心が軽くなった。

 さらには…今、目の前で繰り広げられた我が息子の幸せの瞬間。


 もう、俺に残された時間は少ない。

 だとしたら…

 自分の欲よりも、周りのみんなの愛で満たされたい。



 きよしが、自分の意志でスプリングの代表の座を降りたいと言った。

 そして、高原 聖として…これから自分の道を探したい、とも。


 …貴司は怒るだろうか。


「………いや、そんなわけないか。」


 つい小さく呟くと。


「ジジイは独り言が多くて困る。」


 右隣にいるナオトが笑った。


「…何とでも言え。そう言うお前もジジイだからな。」


「おっ、言い返したな?」


「どういう意味だ。」


「最近こっちが何を言っても上の空だったくせに。」


「…そうか?」


 ナオトの言葉に周りを見渡すと。


「あー、やっぱ気付いてなかった(笑)」


「耳もやられてんのかと思って諦めてたぜ。」


 ミツグとゼブラがそう言った。


「…それはすまない。一人の世界に入り込んでたらしい。」


 軽く頭を下げて言うと。


「そんなんもう分かってるし。ナッキーにとって、俺らは空気やもん。」


 マノンがそう言ってギターを磨き始めた。


「空気って(笑)」


「空気やん。そこにいて当たり前。ないと困るもん。」


「………」


「俺らにとってのナッキーかて、そうやで?」


 マノンの視線はモニター。

 そこに映ってるのはBeat Landのアーティストではないが、LIVE aliveにゲストとして出演してもらったバックリことBad Creatures。

 すでに解散しているが、この日のために再結成してくれた。



「マノン坊やが可愛い(笑)」


 ミツグがそう言って。


「誰が坊ややねん!!きっしょ!!」


 マノンが大声を出したその時。


「失礼します。」


 里中が入って来た。


「もう、あったまってそうですね(笑)」


「…里中にまでいじられる日が来るとか…ショックや…」


「えっ!!いっいじってなんかいませんよ!!」


 みんなで笑った。

 そして、それがとてつもなく…心地良かった。


 この気持ちは何なのか…

 もしかしたら、ステージが終わったら…俺も終わってしまうのかもしれない。

 そう思うと…

 無性にみんなに礼が言いたくなった。



「…みんな…」


「ん?」


 みんなが俺に注目した瞬間。


「里中さん!!大変です!!」


 スタッフの一人が、青い顔をして入って来た。


「どうした?」


 里中が、俺を気にしながらもスタッフに駆け寄る。


「…Lady.Bが…出演不可能です…」


「…え?」


「…全員、食中毒で病院に搬送されたそうです。」


「………」


 Lady.Bはアメリカ事務所所属の女性バンド。

 平均年齢22歳。

 向こうで行ったオーディションでは、SHE'S-HE'Sを完璧にコピ―していた。


 昨日も出演していたが、キャッチーなオリジナル楽曲にCDが飛ぶように売れたと聞いた。


「食中毒って…」


「…自分達で買った刺身を…冷蔵庫に入れないままフェスに出て…」


「……」


「夕べ、全員で食べたそうです…」


「容態は?」


「命に別状はないとの事ですが、ステージに立つのは…」


「……」



 命に別状はないと聞いて安堵した。

 そして、次の瞬間…違う気持ちが湧いた。


「ナッキー。」


 ギターを手にしたマノンが、小さく笑って俺を見る。


「……」


 …そうだな。

 Lady.Bには申し訳ないが…

 これは、俺に与えられた最後のプレゼントだ。



「…その枠、俺達がいただくとしよう。」


 俺の言葉に…ナオトもミツグもゼブラも。


「任せとけ。」


 声を揃えて言った。



「……もう、俺が何を言っても…ですよね…」


 里中が溜息交じりに言う。


「すまない。」


「…いえ…ただ…」


 里中の言いたい事は、すぐに分かった。

 出演順は、シェリー・Lady.B・Deep Redだった。

 シェリー…さくらに、この事を…


「俺から話す。」


 出演前のさくらを動揺させるかもしれない。

 それでも…俺の最愛の人であるさくらに、何も言わずに歌う事は出来ないと思った。


「行って来るよ。」


 みんなにそう告げて部屋を出る。


 …心配をかけてしまう申し訳なさより…

 歌える喜びが勝ってしまってる事に、若干の罪悪感を覚えながら。



 俺は、さくらの元に向かった。

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