第61話 「ちょっ…何これーっ!!」

 〇本川千春


「ちょっ…何これーっ!!」


 あたしが叫ぶと、お姉ちゃんが『しっ』と人差し指を立てた。


 久しぶりの癒し系ミュージックにウットリしてた母さんは、あたしの隣で目を真ん丸にしてる。

 そりゃそうよね。

 だって、気持ちいいな~って聴いてた音楽が、いきなりヘヴィな曲に早変わり。

 後ろに『The Darkness』ってバンド名が出て来たけどさあ…まさか、あのLeeがこんなカッコいいバンドのボーカリストに変身しちゃうなんて!!

 って、顔見たの初めてだけど、ヘヴィなイメージゼロ‼



「…ねえ、あれって…」


 母さんが父さんの腕を引っ張って何か言うと。


「え?あっ…ええっ?」


 父さんがすっとんきょうな声を上げた。


「何よ二人とも変な顔して。」


 ステージを指差して何か言ってる二人に詰め寄ると。


「いや、何って…ドラム…あれ、千尋ちひろだろ?」


「え?」


 父さんと母さんの指先を見ると。


「えっ…えーっ!?」


 あたしより先に、お姉ちゃんが声を上げた。


 The Darknessのドラムを叩いてるのは。

 間違いなく…幼馴染の大古おおこ千尋ちひろ


「千尋!?」


 あたし達の背後で叫んだのは、千尋の親であるタモツおじちゃんと瑞希みずきおばちゃん。


「えっ、なんで?知らなかったの?」


 あたしの問いかけに、二人は目を見開いたまま。


「し…知らない知らない。今日は友達とフェスに行くからって、早くに家を出て…」


「いや…そう言えば最近、夜な夜な出掛けてた…。大野のじいちゃんちに行くって言ってたけど、もしかして…」


 それぞれ、そんな事を言って。

 また、ステージに目を向けた。


 千尋がドラムを叩いてるのは知ってた。

 小さな頃、タモツおじちゃんが教えたってのも聞いた。


 でも‼

 千尋が叩いてたのは木箱なんだよ⁉

 こんな…本格的に…しかもシークレットバンドのドラマーだなんて…‼


「あ~ん!!何だか悔しい~!!」


 つい地団駄踏んで叫んでしまうと、隣にいたお姉ちゃんが吹き出した。


「なんで悔しいのよ。千尋、すごいじゃない。」


 だって!!

 幼馴染がこんなカッコいいバンドでドラム叩いてるなんてさ!!

 それもビートランドのフェスだよ!?

 特別すぎるよ~!!


 あたし、なんで楽器できないのー!?

 父さんのバカー!!





 〇大古千尋


 誰も知らない空から舞い降りた大王が

 掴んで行ったのは少女の夢と少年の感情

 かろうじて動く足が向かう事を許されるのは暗闇にだけ


 人を人とも思わない私の内側が

 生きるために息を止めろと叫び続ける


 歩きたくない生きていたくない もう眠ってしまいたい

 なのに目を閉じても終わらない まぶたの裏にこびりつく悪夢

 信じられない自分の事さえも 夢なら醒めてと願ってみても


 悪夢は夢じゃない

 リアルな地獄




 …今までは、弓弦ゆづるさんに求められてるレベルに達する事に必死で。

 あまり歌詞を気にしてなかったけど…

 一昨日、弓弦さんがコーラス用に作ってた歌詞の裏に訳詞があって。

 ふーん…って感じで読んだ。


 で。

 今、気付いた。

 これって、Leeさんと…今朝『腹違いの弟』って紹介された、俳優の片桐拓人の歌なんだろうな。


 リアルな地獄。


 まだ17年しか生きてない俺には、想像もつかない。




「君!!バンド組んでる!?」


 ある日、スタジオで突然声を掛けられた。

 あの時の衝撃は…たぶん一生忘れない。


 キラキラした目の、美人。

 だけど、服に飯粒がついてた。

 少し潔癖な所がある俺は、顔には出さなかったけど…だいぶ引いてた。


 歌もピアノもすげーのに。

 普段は天然で。

 頼りなくて。

 儚げで。

 何なんだ…このギャップ。

 …ちょっと好きになりかけた。

 服に飯粒つけてても。


 だけど…踏みとどまった。


 この人は、俺の手に負えるような女じゃない。


 踏み止まって良かった。

 ほんと…

 スケールデカすぎる。


 ビートランドのシンガーで。

 片桐拓人の姉貴だなんて。



 昨日見たどのアーティストも、メンバー達と目を合わせて楽しそうに笑ってたのに。

 歌ってる時のLeeさんは、誰とも目を合わせない。

 自分の世界で、そこに登場する誰かだけを見てる。

 きっと…その世界は俺なんかが想像できるわけもないほど、絶望的に残酷なんだ。

 だって、この歌の時…Leeさんの目は輝いてない。



 そんな事を考えてると、ベースの弓弦さんが振り返った。


 すげーな!!


 口パクで、そう言われた。


「……」


 何て言うか…

 これは俺が初めて組んだバンドで…

 メンバーはみんな俺よりずっと年上の人達で。

 しかもすごくレベルが高い。


 歌の雰囲気からして、他のバンドみたいに笑ったりしちゃいけないと思ってたけど…

 弓弦さんは笑ってる。

 て言うか、すげーカッコ良く笑ってる。

 不敵の笑み。ってやつ?


 キーボードの真子まこさんを見ると…これまたカッコ良く自分の世界をキメてる感じ。

 この姉弟…すげー不思議なんだよな…

 そして、その父親であるギターの真人さんも…

 楽器店の店主なんだけど、プレイヤーとしても凄い人。

 なんで今まで世に出て来なかったんだろう?


 そんなすごい四人と。

 ペーペーな俺。

 かなうわけない。って内心ジタバタしてたけど。


 かなわなくていい。


 俺は…


 この人達を、追いかける…!!




 〇園部そのべ真人まさと


 露草の下で待ってた

 来ないあなたを

 あたしは一人ぼっち

 疲れた脚を投げ出して


 もう動けない 動けないよ

 瞬きする間にさらわれてしまうから

 ここに置いて行って ううん連れて逃げて

 一人は寂しいから


 どうしてあの時手を離したの

 見えない物は信じられないって

 何かを変えたいならもっと強く

 望めばよかった


 あなたが欲しいって




 Leeの世界が徐々に浮上していく。

 暗闇から、外の世界へと。


 …バンドを組もうと言われた時は面食らったけどー…

 すぐに、彼女のわけの分からない才能とセンスのトリコになった。


 とんでもないアーティストだ。

 まさか、こんな子が近くにいたなんて。



 細々とソロを弾いてると、弓弦がやって来て背中を合わせた。

 って…

 いやいやいやいや‼

 この曲、そんなイメージじゃないだろ‼


 俺が若干慌ててると、真子が笑顔で指差して来た。


 おおおおおーい‼

 指を差すな‼指を‼



 Leeは相変わらず自分の世界。

 だが…少し変わってきたようにも思える。


 練習の時にも見せなかったような…表情…


 隣を見ると、弓弦も何かを感じ取っていたようで。

 さらには、高校生も…少しソワソワした顔でLeeを見ている。



 そんな感じで四曲目が終わって。

 ラストの曲を始めようとすると…


『生まれて初めて、誰かのために変わりたいと思った』


 突然…Leeが喋り始めた。





 〇桐生院きりゅういん きよし


『生まれて初めて、誰かのために変わりたいと思った』


 ここにいるのに、どこか異世界にいるんじゃないかと思わせられてた優里ゆうりさんが。

 遠くの空を見つめながら喋り始めた。


「わっ…Leeが喋った…」


「なんて言うか…ギャップすごくて追い付けねー…」


 周りの声も拾いながら、優里さんの次の声を待つ。



『…変わるって…勇気要る…』


 優里さんが呟くように言うと。


『だな。簡単なことじゃねーし』


 ベースの男がそう言って。


『こらっ‼Leeちゃんのステージよ⁉』


 鍵盤の女性に突っ込まれた。


 すると…


『ふふ…ふふふ…』


 優里さんは何がツボだったのか…不気味にも思える声で笑った。


『…簡単な事じゃないけど、変われなくても…まずは変わりたいって思えた事が…あたしにはとてつもなく大きくて…』


 ステージの上も客席も。

 静まり返って優里さんの声に耳を傾けてる。


『何をすれば変われるのか…全然分からなかったけど………苦手な事、やってみようかなって……』


『………ん?』


 ギターの男性が、首を傾げて優里さんを見る。

 そして…


『もしかして、バンド組んだのって…苦手克服の一つ?』


『…一人が好きなので…バンドはあり得ないって思ってた…』


 あはは、と笑いが起きたけど、俺は笑えなかった。


 …そうだよ。

 優里さんがバンドなんて…ビックリだよ。

 時間守れない、協調性ゼロ、すぐ飽きる…

 絶対無理だろ。


『だけど…人と関わる事で…たくさんの感情に出会えた…』


 今にも眠ってしまうんじゃないかと思うほど。

 優里さんはゆっくりと、小声で喋る。

 そして、その声を拾おうと会場は静まり返る。


『…今朝…新井田町の千本橋で…片桐拓人に抱き着いてる写真を撮られました…』


「え――‼あれってLeeだったの⁉」


「わっ…今日も公開プロポーズ⁉」


 昨日の華月かづき詩生しおの件があったせいか、会場中が騒ぎ始めた。


「拓人とLee?お似合いじゃない?」


「えー…ショック…」


『拓人は、あたしの弟です』


「‼!!!!!」


 その告白に、全員が驚いて声を失った後。


「マジかー‼」


「美形姉弟‼」


「えー…弟と抱き合うとか…」


 色んな声が飛び交った。


『外国で生まれ育ったあたし達には、普通の事。拓人には…ずっと心配かけてたから…幸せになって欲しい…』


 両手でマイクを持って、ゆらゆらと揺れている優里さん。

 それに合わせてなのか…自然と軽いリズムが刻まれ始めて。

 続いて、優しい音色の鍵盤…


『拓人。お姉ちゃんは…もう平気だよ。ありがとう』


 優里さんが、今日初めて…しっかりと会場を見渡して言った。

 どこかで見てるはずの…片桐拓人に届けるかのように。



『みんなで、幸せに、なりたい。今、あたしが一番望んでいる事』


 それは…涙が出るほど優しい声で。

 瞬きが惜しいほど、美しい微笑みだった。


「…きれい…」


 そばにいた女性のつぶやきに、小さく頷く。



 みんなが優里さんに見惚れたまま、ラストの曲が始まった。






 〇片桐拓人


 カーテンの隙間から こぼれる眩しい夢

 幸せって目に見えないと思ってたけど 違うね

 慣れない事には臆病だから すぐに疑ってごめん

 だけど信じる事にも慣れていないのよ


 触れる指先から 気持ちが伝わればいいのに

「好き」って「大好き」って「大大大好き」って


 幸せになっていいの? こんなあたしでも

 何も出来なくてすぐに落ち込んで 面倒な性格だけど

 あなたのそばにいる時は 少しだけ頑張るから

 見てて…それで出来なくても…笑ってキスして…くれたらいいな…



「ぷっ。」


 つい、最後のフレーズで吹き出した。

 せっかく素直な歌詞なのに…何だよ。

 …ま、これも優里か…。



『拓人。お姉ちゃんは…もう平気だよ。ありがとう』



 …お役御免か。

 それはそれで…寂しい気もするけど。


 社長となら…優里も幸せになれるだろ…



 曲は明るく盛り上がって。

 照明の力もあるが…

 優里は、本当に…最高に美しいと思った。


 …何日も風呂に入らなかった優里。

 あのズボラな優里も良かったけどな…



『幸せになっていいの? こんなあたしでも…』


 ラスト、演奏が止まって、優里がゆっくり息を吸う。

 そして…


『こんなあたしでもいいなら、聖君!!結婚して下さい‼』


 !!!!!!


 会場だけじゃない。

 バンドメンバーからも驚きの声や悲鳴が上がって。


 そんな中…


「えっ、あれ誰?」


「わっ、もしかして…『キヨシ』君?」





 社長がステージに向かっていた。

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