第59話 『チェック、チェックワントゥー』

 〇里中健太郎


『チェック、チェックワントゥー』


 フェス二日目。

 今日はB-Lホールでの夏の陣。

 新設されたドーム型の大会場はもちろん、従来のホールも使用。

 ロビーや会場周辺では、昨日よりは小規模だが物販も充実。

 今日も存分に楽しんでもらえるはず。


「里中さん、出演者、もうほぼ集まってます(笑)」


「えぇ…あれだけゆっくり来いって言ったのに…」


 控室の使用状況をタブレットで確認。

 トリのF'sも、終盤のSHE'S-HE'Sも全員集合とか…

 みんな自分が思ってるほど若くないのに、あいつらはいつまで経っても20代ぐらいの感覚でいる。

 まあ…一緒にいると俺までそんな気になってるから、あまり文句も言えないんだけどな…。



「Deep RedとLady.B以外は揃ってるようだな……ん?」


 視線を感じて顔を上げると、そこにさくらさんと知花ちゃんと瞳ちゃんがいた。


「えへへ…おはよう、里中君。」


「おはようございます。里中さん…」


「グッモーニン♪」


「おはようございます…って…これは何か企んでる予感満々で胸がざわつく…。」


 俺が胸に手を当ててそう言うと、そばに居たスタッフは吹き出して。


「わー!!さすが里中君!!いい勘してる!!」


 さくらさんは俺の腕を取って目を輝かせた。


「…なんなんすか…もー…」


 子犬みたいだ。

 そう思いながら、さくらさんに腕を振り回されたままにしてると。


「知花と瞳ちゃんがシェリーのコーラス隊するって、あり?ありだよね?」


 さくらさんは、キラキラした目で俺を見上げた。


 …もう驚きもしない。

 て言うか、これぐらいなら全然問題ない。

 まあ…むしろ、その方が楽曲が派手になっていい。


「…いいですよ。」



 タブレットで『シェリー』のセッティング図を開き、マイクとスタンドを追加する。


 …オイシーモンが病欠は仕方ないとしても。

 本当に寸前まで色々あった。

 このシェリーも、打ち込み音源での出演にはなってるものの…


「え?シェリー出るん?それなら俺弾くで?」


「晋が弾くなら俺も。」


 今回やりたい放題で、昨日も一番多くステージに立ってた浅井さんと臼井さんが名乗りを上げて。


「それなら俺が叩く。」


 ドラムには、まさかの人物が手を挙げた。


 そして、これは…

 本番まで、本人には秘密だ。




「メンバー追加は以上ですか?」


「たぶん…」


「たぶん?」


「あっ、ううん。うん。以上。」


「……」


「本当だよぅ…」


 拗ねたような顔で、俺を見上げるさくらさん。


 ほんと…この人、いくつだ?

 自分の娘みたいな感覚になってしまう。

 高原さんが言う事聞いてしまうのも、無理ないな…



「…とにかく、追加や変更があれば早めに。」


「ラジャ!!」


 ビシッと敬礼を決めたさくらさんは、知花ちゃんと瞳ちゃんの腕を取って。


「楽しみ増えちゃった~。サイコー♡」


 なんて言いながら、弾むような足取りで去って行った。


「ふふっ…さくら会長、本当にいつも楽しそうですよね。」


「ああ…」


 本当は、色々な気持ちを抱えていると思う。

 それでも誰に対しても笑顔で。

 そして、何事にも全力。

 …見習わなきゃなー…



「トップのAngel's Voiceですが…」


「そこは照明で…」


「Leeのスクリーン対策と…」


 会議室で最終確認をして。


「今日もよろしく頼む。」


「お願いします!!」


「成功させましょう!!」


 さあ…


 今日も全力で楽しむぞ…!!




 〇桐生院 聖


「きーちゃん、ねんね。」


 大部屋で寝転がってると、耳元でリズの声がして。


「ママっ。きーちゃんっ、ねんねっ。」


 咲華にそう叫んだかと思うと…


「あしゃよっ!!きーちゃんっ!!」


 ビッタンビッタンと頬を叩かれた。


「いてっ。いてててっ…起きてるっ。リズ、起きてるって!!」


「きゃあ~っ!!」


 悲鳴を上げながらキッチンにいる咲華の元に走るリズの背中を見届けて、起こした身体をもう一度横にする。



「ふー…」


 …昨日は、ステージを隈なく回って楽しんだ。

 トップの沙都から、興奮してたように思う。

 身内が大勢出るフェスって久しぶりだし、野外なんて初めてだし。


 代打で出たDEEBEEが思いの外良くて、泣きそうになったなー…

 あいつらとは…幼馴染みたいなもんだし。

 特に…詩生があんなに楽しそうに歌ってるの、初めて見たしな。


 歌う事が好きなのに、その、歌う事で苦しんで来た詩生。

 まさか、ギタリストとして華月とユニット組むなんて思わなかったけど…スッキリした顔してた。

 ほんと、良かった。


 ド派手なプロポーズもなー…

 まったく…どこまで泣かせんだよっ。


 思い出すだけでも、胸が熱くなる。

 俺の片割れ(本当は姪だけど)の華月が、あんなに幸せそうに…


「……」


 まいったな…ほんと。

 俺、どーやら…すげー緊張してるらしい。


『Leeは変わろうとしてる』


 父さんが言ってたアレが…緊張に拍車をかけてるんだよな…きっと。



 俺としては…優里さんは優里さんのままでいいんだけど。

 いや、でも…まあ、確かに…

 ちゃんと、優里さんの事知りたいから…


 もし、今日。

 優里さんが俺を受け入れてくれるなら。

 俺は…


「きーちゃん、いいことあゆよ。」


「……」


 リズが身体を斜めにして、俺の顔を覗き込む。


「…へー、俺、いい事あんのか。」


「うん。あゆよ。きーちゃん、いいこしてゆから、いいことあゆよ。」


 グシャグシャ。と、頭をかき混ぜられた。


 …ったく。

 これだけで『いい事あったな』なんて思えるって。

 リズはほんと…天使みたいな存在だ。



「ママ~、きーちゃんにおしゃとうあげていい~?」


「お砂糖じゃなくて、朝ご飯をあげてくれる?」


「おしゃとうのほうがいいよ~。」


「じゃあ、お砂糖にしようか。」


「うん!!」



 …おい!!




 〇東 瞳


「えー、そうなんだ。瞳にもそういうとこあるよ。やっぱ姉妹だなあ。」


「…そ…そうですか…」


「……」


 フェス二日目。

 あたしは圭司と早めに会場入りした。

 と言うのも…

 B-Lホールの近くに出来たクレープ専門店のモーニングが最高に美味しい。って聖子に聞いて。

 圭司とフェス二日目も楽しもうね!!って早起きして。


 二人でウキウキしながら店に入ると。


 いたのよ。

 グレイスが。



 歩み寄るって決めた。

 昨日は照れ臭いけど…昔買ったまま渡せなかった、お揃いのバレッタも渡した。

 だけど…


「……」


 いざ、それを着けられてると…なんて言うか…


 モゾモゾする。



「瞳、どしたの?」


 圭司があたしの顔を覗き込む。

 ほんっと、この男…空気読めない…

 て言うか、読まない!!読む気ない!!


「いつもはこんな大きさペロリなのに、今日はおしとやかだねっ。」


「なっ…誰がペロリよ!!」


「えー?だってワンプレートなんて、知花ちゃんが半分も食べてないのに完食しちゃうじゃん?」


「あっあれは!!どれも少しずつだったのに、知花ちゃんがっ…!!」


「……ふふっ…」


 …はっ。


 気付いたら、目の前のグレイスが笑顔になってて。

 それを見てると何だか…


「…言っとくけど、一気に姉妹が増えるんだからね?覚えるの大変よ。」


 フルーツにグサッとフォークを刺して言うと、隣で圭司がケラケラと笑った。


「そうだよー!!高原家、大変だよ!?俺もいまだに悩んじゃってさあ!!」


「え…ええと…でも、あたしは高原さんとは血の繋がりはないので…」


「えー?そういうの関係なくない?」


 …ああ。

 圭司のこういう所、好きだなって思う。

 口では色々言えるとしても…圭司のそれは、本心だって信じられるから。



「…そうよ。関係ないわよ。」


 最後の楽しみに取ってたイチゴを、グレイスの前に差し出す。


「……」


「好きだったわよね。」


 あの頃は…母さんを取られる気がして、グレイスを嫌った。

 やがて、グレイスを思うとジェフを思い出して怖くなった。

 だけど違う。

 グレイスはグレイスで、あたしの妹で…


「…覚えててくれたんだ。」


「今思い出した。」


「あたしはー…何も思い出せない。」


「仕方ないわ。チビだったし。」


「チビって(笑)」


 あたしとグレイスのやりとりを聞きながら、圭司は楽しそうに紅茶を飲む。

 その横顔を見つめてると。


「…いい旦那さんね。姉さん。」


 グレイスがサラリとそう言った。

 あたしはそれに笑顔を返して。


「意外にも世界一よ。」


 圭司の頬に、軽くキスをした。



 ボッ



 え。


「ふふっ。真っ赤。」


 真っ赤になった圭司を、グレイスが笑う。

 あたしは…こんな圭司が初めてで…

 ちょっと、唖然。


「うわっわわわわ…だっだって、瞳、唐突すぎぃ…!!」


「……」


「もー、ダメだよー…恥ずかしいー…」


「……」



 や…やだ!!

 圭司が可愛い!!


 いつもやられてる感あるから、これは…いいわ。



 圭司の弱点、見ーっけ♡


 うふ♡





 〇本川真志


「ねえ、お父さん。本当に今日は出ないの?」


 ビートランドフェス、夏の陣二日目。

 初日の昨日、俺は思いがけずMOON SOUL・FACE・TOYSと…三つのステージに立った。

 元々TOYSにだけ出演するはずが、あれよあれよと増えて…三つも。


 だけど、その結果…


「今日は客席で一緒に楽しめるんでしょ?」


 妻の凛々子が…とても可愛い!!


 今まで、男一人の我が家では、俺の存在はとても希薄だった。

 ステージ自体、めちゃくちゃ楽しかったけど…

 家族がこんなに喜んでくれるなんて。

 とんでもないオマケつき。


 あー…

 思い切って参加決めて良かった…



「昨日はどのバンドもすごかったぁ。」


 コーヒーを飲みながら、千夏が宙を見つめた。

 こういうのを口に出して言うのは千春だけだと思ってたが…

 千夏の意外な一面を知れて、嬉しい。

 何より…


「あら、これ美味しい。」


「あっ、本当。お父さんも食べたら?」


「え…ええっ、いいのか…?」


「ふふっ。何遠慮してるのよー。」


 …じーん…


 こんな美味しいクレープを切り分けてもらえるなんて…



 俺が感動に浸ってると。


「あっ、マサシだー。」


 聞き慣れた声が背後から聞こえて。


「はっ…あっあああアズさんだっ。」


 凛々子と娘二人が少し浮足立った。


 振り返ると、アズの隣には…SHE'S-HE'Sのバックボーカル…。

 はっ、そうか。

 アズ、ずっと狙ってたベースの『七生ちゃん』には振り向いてもらえず…だったっけ。

 で、当時…神と噂のあった…高原さんの娘と…


 最近懐かしい面々に会ってたせいか、青春の一ページが二ページも三ページも開かれていく。

 ただ懐かしいだけ。

 本当に。



「昨日は大活躍でしたね。」


 俺が言おうとしたのに、言われてしまった。

 たぶん言葉を交わすのは初めて。


「いや、SHE'S-HE'Sこそ…本当に圧巻で。」


 そう言いながら、昨日のステージを思い返す。


 神の嫁さんがすごいのは…遠い昔に観たオーディションで覚えてたけど。

 あのキーの上をいけるボーカリストって貴重だ。

 おまけにサウンドも最高なバンド。

 あの頃もすごかったけど、今は…とにかく、とんでもないバンドだと思う。


「あっああっあのっ、すごくカッコ良かったですっ!!」


 そう言ってアズに手を差し出したのは、長女の千夏だった。

 んんんん?

 前に神とアズがうちに来た時、猫とばかり遊んでるアズにシラケてなかったか?


「えー、本当?嬉しいなあ。あっ、ミーコちゃん元気?」


「きゃーっ!!うちの猫の名前覚えてくれてるー!!嬉しい!!」


 そう叫んだのは千春で…

 なぜか、その隣で少し照れくさそうな顔をしてる凛々子がいた。


 …いや、うん…まあ、いいんだけどさ…


「昨日、あの衣装のTOYSと写真撮ったんですって?圭司に見せられて超ジェラシー。」


 アズの嫁さんが、うちの娘達にそう言うと。


「え…ええ~、瞳、今日どうしちゃったんだよ~。」


 アズが真っ赤になって、可愛い声を出した。


「何それ。だって、あんな貴重な衣装。あたしだってツーショット撮りたかったなー。」


 自分もあの衣装着てたんだよな…しかもステージに立って、短いけどトーク番組にも出た…

 俺は思い返すと恥ずかしいけど…


「確かにー。お母さんはらしくないピースサインなんてして、父さんと写真撮ったもんねっ?」


 千春がそう言うと、凛々子が拗ねたような唇をして。


「だっだって、本当…貴重な姿だったし…いいでしょっ別にっ。」


 う…うわー…

 何だよコレ!!

 俺、一生分の幸せを使い果たしてる気が…


 顔には出さず、心の中で小躍りする。

 ふと目が合ったアズと、お互い少し照れ笑いなんかして…

 この歳で、こんな甘酸っぱい気持ちになるとか…本当、まいったなあ…



「それ誰が撮ったの?ちょっと見せて?」


「あたしのスマホで撮りましたっ!!」


 アズの嫁さんの問いかけに、千春が挙手して。


「わ~、いい写真。」


「え…ええ…あの…握手していただけますか…?」


「あははっ!!母さん!!この流れで!?」


「だって、昨日のSHE'S-HE'Sすごったでしょう?もう、圧倒されて何度も意識を失いかけました。」


 アズの嫁さんを囲んで、みんながはしゃいだ。


「マサシ、良かったねー。」


 ふいに、アズが俺の肩に手を掛ける。


「ああ…アズと神に感謝だよ。」


「え?なんで?」


「二人が声掛けてくれなかったら…こんな事にはならなかったと思うから。」


 心からの気持ちをこめて、そう言うと。


「だったら、俺と神もマサシとタモツに感謝だよ。二人にフラれてたら、こんな楽しい事出来なかったもん。」


 アズは昔から変わらない人懐っこい笑顔で、俺の背中をポンポンと叩いたんだ。

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